第5話 食料はどこから来るのか
拠点設立から十日が経った朝、ハナが帳簿を持ってきた。
「食料の在庫を確認しました」
全員に見えるように開きながら続ける。
「現在の消費ペースだと、持ち込んだ分は十日から二週間で尽きます」
三十人が黙った。朝食の椀をまだ手に持っている者もいた。
「十日で尽きる、とは」
「各集落から持ち込んだ分を合計して計算しました。一日あたり三十人分の食事に必要な量と比較すると、そうなります」
「それはもっと早くに確認しておくべきだったのでは」
「おっしゃる通りです。一月分はあるはずだったのですが、ここに来て二日目の夜に草毛獣に荒らされた時、思いのほか失ったようです」
あの夜の混乱を覚えていない者はいなかった。
「ただ現実として、そうなっています」
※
話し合いが始まった。
最初に出たのは「集落に戻って食料を取ってくる」案だったが、往復で六日から八日かかる。荷馬車もない。解決策としては弱い。
「罠を仕掛ける」
ガンが腕を組んだ。罠師の顔になっていた。
「罠師の仕事として、今日から周辺に仕掛ける。草毛獣なら一頭で、三十人の数食分になる」
スズが少し間を置いた。荷物の脇で草を食んでいるミルクを、ちらりと見る。
「外にいる普通のやつだ」
視線に気づいて、先回りするガン。
「ミルクじゃない。あいつは別だ」
「……わかりました」
納得したような、していないような顔だった。
「川魚はどうですか。ナル川に魚がいます。籠罠を沈めておけば、毎朝回収するだけで捕れます」
「ドンがいる」
即答である。
「籠の設置場所をドンから離せばいいんじゃないですか。あの鰐はだいたい同じ石の上にいますし」
「だいたい、というのが問題だ。いない時がある」
「……確かに。でも試してみる価値はあると思う」
「やってみろ。俺が籠の設計をする。ただし一人で川には行くな。必ず誰かと一緒に」
「わかりました」
「周辺で採集できるものはないか」
全員がリュウを見た。誰に聞けばいいかは、もう全員が知っていた。
「昨日の時点で食べられると確認したのが七種類あります」
ノートを開く。
「根菜系が三種、葉物が二種、実がなる低木が一種、キノコ類が一種です」
「なぜ最初から言わなかったんですか」
「食べられるかどうかの確認が終わっていなかったので。まだ試していないものを『食べられます』と言うと、ハナさんが使ってしまいます。使ってから問題が出ると困るので」
「つまり今、確認が終わったから言いに来たということですか」
「はい」
「……それはそれで、筋が通っていますね」
「ありがとうございます」
「でもリュウさん、一人でこっそり試してましたよね」
スズが横から言った。にやり、ではなく、いつもの淡々とした口調。
「試していません。詳細に観察していただけです」
「食べてみましたよね、沼葦」
「あれは昨日の話で、今の話とは——」
「カイさん、リュウさんが一人で試してましたよね」
「聞こえていました」
カイが証言に応じる。
「少量だったそうです」
「なぜカイさんまで……」
ハナは表情を変えずに仕分けを続けた。
「でも危ないと判断した段階で言ってください。食べる前に止められます」
「……なるほど」
ノートに「危険なものは先に報告」と書く。書きながら、納得した顔をしていた。この男、反省と学習の速度だけは異様に速い。
※
翌朝から採集班が出た。リュウが案内役、カイとスズが同行した。拠点の外に出ると空が広くなる。北の標塔の線が、いつものように空へ伸びていた。
「これは沼葦の一種です。根を茹でると解熱に使えます。食用にもなります。ただし生のままだと少し渋い」
「それは食べられますか」
「はい。私は昨日試しました」
「試しましたか」
「少量でしたが問題なかったです。おそらく食べられます」
「おそらく、というのが少し気になります」
「たぶん大丈夫ということです」
「たぶんと おそらく、どちらが確かですか」
真面目な顔で答えた。
「同じくらいです」
カイは「わかった」とだけ言って、その根菜をかごに入れた。食べる前にセリに確認しよう、と決めていた。
※
昼前に帰ると、リュウはかごを調理場に持ち込んだ。
「食べられるものと食べられないものを分けました」
「これは?」
「これは試してないけど食べられると思います」
「試してないんですか」
「まだ人間での試験は——」
「セリさん!」
調理場の入り口に向かって、ハナの大声が飛んだ。呼び出しの速さ、拠点で一番。
セリが来た。四十歳の薬師、ハラダ出身。リュウの師匠的な存在だと本人は思っているが、セリはそう思っていない雰囲気がある。
「また試していないものを持ってきたんですか」
「試している最中です」
「試している最中というのは試し終わっていないということです」
「でも試す予定はあります」
「だからダメなんです」
かごを確認して、何点かをよける。手の動きに迷いがない。
「これとこれとこれは今の時期は毒がある。これは食べても害はないが栄養もない。これは食べられる」
「なぜご存知なんですか」
「ハラダの薬師は全員知っています。あなたも知っているはずですが?」
「知ってはいますが、確認のために試そうとしていました」
「知っているなら試す必要はありません」
「でも知識と実際は異なる場合があって……」と言いかけて、視線を受けて黙った。十年の経験差が、目force一つで決着する。
※
選び抜かれた食材で昼食を作った。根菜と葉物の煮込みに、塩漬け肉を少量。野菜が多く、味はまずまずだった。
「まあ食えるな」
タケオ評。この状況における最大の褒め言葉である。
「本当は米と一緒に炊いた雑炊が一番なんですが。カネヅカの方たちは味が薄いとおっしゃいますし、ハラダの方たちは香草を入れてくださいとおっしゃいますし、全員を満足させる食事は難しいです」
「一度に全員は無理ですね」
「どうしましょう」
「順番に、でどうですか。今日はこれ、明日はあれ、という感じで」
「それだと不満が出るかもしれません」
「出た不満を聞けばいいと思います。全部に対応する必要はないですが、聞くのはできます」
「……そうですね。聞くだけなら、私でもできます」
※
その日の夕方、食料保管庫の基礎工事が始まった頃、ガンが草毛獣を一頭担いで戻ってきた。罠にかかっていたものだ。解体した肉をハナに持ってきた。
「一頭分だ。明日の分まではある」
「助かります」
手の中の肉を確認して、ハナが付け加える。
「今夜の汁に入れます」
ガンは何も言わずに手を洗いに行った。無口な男の労働報告は、いつも背中で完結する。
湿気と獣から守るため床を地面より高く作る高床構造は、ハナが「こうしないと腐る」と強く主張したものだった。クワが設計し、全員で丸太を運んだ。
作業しながら、カイは塩のことを考えていた。持ち込んだ塩はどのくらいあるか。塩がなければ保存食が作れない。保存食が作れなければ冬は越せない。
「塩が足りなくなりそうです」
「そうですね。次の物資が来るまでに、どのくらい使えるか計算します」
「ありがとうございます」
「カイさんはいつも急に大事なことを言う」
スズが笑った。汁を飲む手が止まる。
「急ですか」
「さっきからずっと考えてる顔してた。眉間にしわが」
「そんな顔がありましたか」
「ありましたよ。ガンさん、カイさんってああいう顔するとき何考えてますか」
「塩のこととか」
汁から顔を上げないガン。的中率、百パーセント。
「当たりでしたね」
「……少し考えていました。食料の次は塩。塩の次は保存食の量。それが決まれば冬を越せるかどうかが見えます」
「多分ずっとだよ。顔に出てる」
「そういうことは早めに言って」
「今言いましたよ」
「まあそうだけど」
話題が一周したような顔で、煮込みの汁を飲んだ。
「明日、残っている塩の量を全部量ります。隊商が来たら、最初に頼む品目に入れます」
「罠肉の保存にも要る」
「では、塩の使い道も分けて書きます。食事用、保存用、交換用。どこに使うかで、どこを削れるかが変わります」
問題は解けていなかったが、次に何を数えればいいかは決まった。
その夜、食料保管庫の骨格が立ち上がった。高床の柱の上に、床板が渡された。まだ壁はなかったが、地面から離れた棚として機能した。食料の一部をそこに移した。
ミルクが高床の下で草を食んでいた。高い場所には上がれなかったので、ここは安全だった。




