第48話 評議会の初仕事:移住者をどう受け入れるか
秋が近づいてきた頃、三集落から「三ツ辻に住みたい」という話が、三件届いた。
ドウが夕食後に帳簿を持ってきて、全員に説明した。
「一件目。カネヅカの若者、二十歳。鍛冶の技術があります。カジキさんからの推薦付きです」
ガンが顔を上げた。
「カジキさんの推薦がついているのか」
「そうです。カジキさんが推薦する人間は仕事ができる、という前提でいいと思いますが」
「前提にしていい。あの方は、仕事のできない人間を推薦しない」
ドウが手紙の一部を読んだ。
「『炉の前で黙って三時間立てる。指示がなくても火を見ている。三ツ辻なら役に立つ』とあります」
「それはカジキさんの最大級の推薦ですね」
クワが静かに受けた。
「三時間黙って立てる、というのはクワさんのこと?」
スズが横から聞いた。
「違います」
「でもクワさんも似ている気がします」
「違います」クワが繰り返した。表情は変わらなかったが、わずかに間があった。「ただ、炉の前に立てるかどうかは、会ってみないとわかりません」
「クワさんが来るのを楽しみにしているということですか」
「……そうかもしれない」
珍しく認めた。
「クワが楽しみにしているのは珍しいな」
ガンがつぶやいた。
「聞こえています」
クワが返した。この拠点では、無口な人間ほど地獄耳である。
「二件目。ミナシロの農夫の息子、二十五歳。農地は長男が継ぐので、次の仕事を探しています」
「ミナシロですか」アサが声を上げた。「知っている人かもしれない」
「名前は——」ドウが帳簿を見た。「クロ、という名前です」
「……クロ? クロさんが来るんですか」
アサが驚いた顔をした。
「知っているんですか」
「小さい頃から近所で、一緒に農作業をしていた人です。まさか、ここに来るとは」
「嬉しくない?」
スズが聞いた。
「……嬉しいです。でも、ここで一緒になるとは」アサが少し笑った。「何を伝えればいいか、悩みます」
「三件目」ドウが帳簿をめくる。「ハラダの薬草採取者、三十代。女性です。リュウさんとツキさんの計測の仕事に興味を持って、手伝いたいと自分から来た」
「自分から来た、ということは」
リュウが確かめた。
「そうです。依頼があったわけではなく、本人が希望して」
「それは——嬉しい」
リュウが少し照れた顔で漏らした。
「計測の仕事を面白いと思ってくれる人が来るとは」
「リュウさんって、紹介を聞いた時の顔、今だけ全然違うね」
スズが観察した。
「そうですか」
「七つの要点の話をしている時の顔とは、別人です」
「計測の仕事は、七つの要点より重要です」
「言いましたよ今、それ」
「……聞かなかったことにしてください」
「では第二回三ツ辻評議会の議題として扱いましょう。移住者の受け入れ基準が必要です」
評議会の前日、ドウがカイに相談に来た。
「受け入れ基準って、どうやって決めるんでしょうか」
「難しいですね」
「来たい人間を全員受け入れるのか、条件を設けるのか。条件を設けるなら、何を基準にするのか」
「全員それぞれ事情が違います」
「そうなんです。一人一人話を聞いて決めるのが一番正確ですが、それだと時間がかかる。でも一律の基準を作ると、その基準に合わない人間が来た時に困る」
「評議会で話し合って決めるしかないですね」
「そうなんですが……全員が違う意見を持っていたら」
「持っていると思います。それが評議会の意味ではないですか」
「……そうですね」
ドウが帳簿に書き留めた。
「では、やってみます」
第二回評議会が始まった。
秋の始まりの朝で、評議会室に柔らかい光が入っていた。第一回の議決が壁に貼ってあった。ミルクの行動範囲について、と書いてある紙が。全員がそれを一瞬見て、微妙な顔をしてから席についた。
「本日の議題は、移住者の受け入れ基準についてです」ドウが切り出した。「まず三件の状況を共有しました。意見がある方は」
「来たい人間は来ればいい」
スズが即座に返した。全員が少し驚いた。
「早い」
「考えていました、前日から」
「基準なしに受け入れると問題が起きます」
ミコトが遮るように続ける。
「仕事があれば来ていい」
ガンが短く添えた。
「来た人間が決めることだと思います」
カイが締めた。
四人が全員、違うことを口にした。卓を囲んだ全員が、それぞれの方向を向いた。ドウが「……なるほど」と、一人一人の言葉を書き留めた。四つの意見が四つの方角に散らばるのが、評議会というものらしい。
「スズさんから聞かせてください。来たい人間は来ればいい、というのは」
「三ツ辻って、来たいと思った人が来られる場所だと思うんです。最初から私たちが選別すると、その人が来たいという気持ちを否定することになる」
「でも来てみたら合わない場合は」
「合わなければ帰ればいい。でも来る前に『あなたはダメ』とは言いたくない」
「ミコトさんは」
「基準がないと、誰が来ても受け入れることになります。拠点の規模には限界があります。食事を出せる人数、寝る場所の数、仕事の種類——全部に上限がある。上限を決めないと、どこかで破綻します」
「ガンさんは」
「仕事ができれば来ていい。仕事の種類は問わない。ただし仕事がない人間がここに来ても、互いに不幸になる。それを最初に確認する」
「カイさんの『来た人間が決める』というのは」
「三ツ辻に来て、三ヶ月働いて、ここが合っているかどうかを自分で判断する。アサさんがそうだったように。ヤエさんが判断を三ツ辻に預けたのではなく、アサさんが自分で選んだ結果として残っている——そうだと私は思っています」
「……そうだったんですか」
アサが受けた。
「カイさんの解釈ではそうです」ドウが整理した。「アサさんはどう思っていますか」
「私は……来て、三ヶ月いて、ここにいていいとわかって、残ることにした、というのが近いです。最初は使えるか確かめる、という条件つきでしたが」
「その経験が、今回の基準になりますか」
「……なるかもしれないです」
「試用期間という考え方を採用しますか」
ドウが議論を進めた。
「賛成です」
スズが応じた。
「その場合、試用期間はどのくらいにしますか」
「三ヶ月でいいんじゃないですか。アサさんと同じで」
「三ヶ月で何を確認しますか」
「仕事ができているかどうか。それから——ここに合っているかどうか。その人間が」
「合っているかどうかの判断は誰がしますか」
「評議会ですか」
「全員で決める、ということですね。では、評議会で判断することにしましょう」
ドウが帳簿に書き込んだ。
「では今回の三件については、それぞれ三ヶ月の試用期間として受け入れる、という案はいかがですか」
「賛成」スズが即答した。「全員一致にしましょう」
「全員に確認します。賛成の方は」
全員が手を挙げた。マタが、少し遅れて挙げた。
「議決しました。三件、それぞれ三ヶ月の試用期間で受け入れる。その間に評議会が状況を確認し、問題があれば再議論する」
「記録しましたか」
カイが確かめた。
「今書きます」ドウが帳簿に書き込んだ。「受け入れ基準については、今後も新しい案件が来るたびに確認する、という一文を追加してもいいですか」
「いいと思います」
ドウがさらに一行足した。
「基準は、人を拒むためではなく、来た人と三ツ辻の双方が困らないために使う」
「猫の前に、それを書けてよかったです」
スズが漏らした。
まだ誰も、猫の話などしていなかった。だが、スズには予感があった。
議題が終わったところで、リュウが「一つ聞いていいですか」と手を挙げた。
「何ですか」
「三ヶ月の試用期間の間に、猫を連れてきた人がいたら、猫は受け入れますか」
「……猫ですか」
ドウが少し間を置いた。予感が、的中していた。
「猫が拠点にいれば、鼠が減ります。農地の種を食べる鼠は前から問題で、先日も穀物の袋が齧られたと聞きました。猫がいれば解決します」
「それは確かに」
「でも猫はいないです。誰かが連れてこないと来ません」
「猫を連れてきてくれる移住者を優先しますか?」
「優先すべきかどうかは議論が必要ですが」リュウが続けた。「ミルクが猫の代わりになれないでしょうか」
「草毛獣は猫ではないです」
セリが静かに返した。
「でも鼠を捕まえる行動を見せたことが、一度あると聞きました」
「偶然だと思います」
「偶然ではなく、訓練できるかもしれない。食べ物で動かす習慣がついているなら、鼠の匂いに反応するよう——」
「ミルクは草毛獣です」
セリが繰り返した。
「草毛獣であることと、鼠を捕まえることは、両立できる可能性があります」
「リュウさん」
ガンが遮った。
「はい」
「今日の議題ではない」
「猫の話は重要です。鼠の被害は実際に起きていて——」
「今日の議題ではない」
「……わかりました」
リュウが引き下がった。しかし諦めていない顔をしていた。
「では次回の議題に」
「……書きます」ドウが帳簿に記した。「次回議題候補——猫の導入について(リュウ提案)。関連——ミルクによる鼠対策の可能性」
「書いてもらいました」
リュウが満足そうに頷いた。
「ミルクは無関係です」
セリが静かに押した。
「一応書きました。関連、という言葉にしておいたので」
「関連なくてもです」
ドウが帳簿を閉じる前に、もう一度最初の議決文を指で押さえた。
「今日決まった本題は移住者の受け入れです。猫は次回候補。そこは分けておきます」
「分けるのは大事です」
ミコトが短く受けた。除草係を狩猟係に転職させようとする薬師と、それを断固拒む薬草係。次回の評議会には、早くも火種が一つ持ち越された。
評議会が終わった後、カイとガンが二人になった。
評議会室の白木の壁に、二回分の記録が貼ってあった。第一回——ミルクの行動範囲。第二回——移住者の受け入れ基準。二枚の紙が、秋の光の中に並んでいた。
カイが、貼られた紙を眺めた。
「評議会って、案外うまくいきますね」
「ミルクの話と猫の話が出るまでは」
ガンが返す。
「あれはリュウさんらしい」
「らしい」ガンが短く受けた。「ミルクを鼠対策に使えるかどうかを、七つの要点で説明し始める前に止めて正解だった」
「止める準備をしていたんですか」
「リュウがあの顔をしていたら止める準備をする。二年の実績だ」
「ガンさん、リュウさんの顔を把握しているんですね」
「把握しなければ止められない」
「……それが面倒見がいいということですよ」
「違う。被害を防いでいるだけだ」
「同じことですよ」
カイが微笑んだ。ガンが「違う」と繰り返したが、口調には力がなかった。少し間があった。
「移住者の件、三人が来るとすると拠点の人口が増える。仕事の割り振りも変わる」
「そうです」
「それを評議会で調整していくということか」
「そうなると思います」
「……最初に三十人いたのが、一度減って、また増えてきた」
「はい」
「今いる人間とは、全員名前を知っている。次に来る人間は——しばらくしたら、知らない顔が増えてくる」
「寂しいですか」
「寂しくはない」ガンが答えた。「でも変わる。それを今から覚えておこうと思った」
「覚えておきましょう。変わっていく拠点を」
窓の外で、秋の草地に風が渡った。夏よりすこし涼しくなった風だった。評議室の記録の紙が、風で少し揺れた。
次に来る人間が、いつかこれを読む。過去の判断を知る。それが積み重なって、三ツ辻になる。




