↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/110

第47話 誰かに話すということ

 帰ってきたのは、夜遅かった。


 食堂にまだ灯りがついていた。ガンが一人で座っていた。茶を飲みながら、特に何もしていなかった。夏の夜の虫の声が、外から聞こえた。


「遅かったな」


 ガンが声をかけた。


「ナルセさんの話が長かったので」


「ナルセさんの話が長いのはいつものことだが」


「今日は特別長かったです」


「何があった」


 ガンが静かに確かめた。声が変わっていた。いつもの怒鳴り口調ではなく、待っている口調だった。


「今日は特に長かったです。でも、全部聞きました」


「そうか」


 カイが椅子を引いて座った。ミコトも座った。ハナが台所から出てきて、「遅かったので、何か温めますか」と聞いた。カイが「お願いします」と返すと、ハナが鍋を火にかけた。スープの匂いが食堂に広がった。


「今日のことを話してもいいですか。ガンさんだけでなく、全員に。でも今夜はまず、ガンさんに聞いてほしい」


「なぜ俺が最初なんだ」


「一番長く三ツ辻にいる人だから。私が話す前に、一回ガンさんのそばで、声に出して整理したい」


 ガンが少し間を置いた。何も言わずに、茶を一口飲んだ。ミコトが手帳を開いて、膝の上に置いた。


「……言え」


 ガンが、茶碗を卓に置いてから短く促した。



 カイが話した。


 B番号の石柱のこと。父がそれを四か所記録していたこと。B-6とB-7は自分たちで見つけた。B-5はカネヅカの廃坑の近くにある可能性がある。B-4は南南西——暗い森の方向にある。父が記録していたこと。記録が途切れたこと。その後に父が死んだこと。ナルセが事故と呼んでいいのか迷っていること。


 ガンは最後まで黙って聞いた。一度も止めなかった。茶を飲みながら聞いた。ハナが壁際でスープをかき混ぜながら聞いていた。ミコトが手帳を開いて、時々何かを書き込んでいた。


「お前、ずっとそれを持ちながら、拠点の仕事をしていたのか」


「はい」


「……そうか」


 少し間があった。外で何かが鳴いた。草毛獣の声かもしれなかった。


「拠点の仕事は別の話なので」


「別じゃないだろ」


 ガンが遮った。


「そうですか」


「拠点の仕事をしながら、父親の件が頭にある。それが分けられると思うか」


「思っていました」


「思っていたのか」


「……今は少し違うと思っています。別じゃなかったかもしれない。ずっと持っていたことで、何かが影響していたかもしれない」


「影響は出ていなかったが」ガンが続けた。「知らなかっただけで、お前の中にそれがあったということは、知っておきたかった」


「知っておきたかった、というのは」


「お前が何を持って動いているのかを知っていた方が、俺が一緒に動く時に判断が正確になる。それだけだ」



 しばらくして、スズが食堂に来た。


 水を取りに来たらしかったが、カイとガンとミコトの三人が座っているのを見て、止まった。


「何かあったんですか」


「話があります。みんなに話したいことがある。今から呼んでいいですか」


「今夜ですか?」


「はい。今夜話したい」


「もっと早く言えば良かったんじゃないですか」


「言えなかった時がありました」


「じゃあ今がいいタイミングです」


 スズが受け、水を取るのを忘れて「呼んでくる」と出ていった。


「スズさんは行動が早い」


 カイがつぶやいた。


「お前のために呼ぶとなると、なおさらだ」


 ガンが返した。


「私のために?」


「俺が言ったわけじゃない。お前が気づけ」


「……わかりました」


「本当にわかったのか」


「半分くらいは」


「正直なところだけは認める」


 半分しかわからない男のために、拠点じゅうが夜中に叩き起こされる。それでも誰も、文句を言わない。



 十分後、全員が食堂に集まった。


「こんな時間に全員が集まることは珍しいですね」リュウが口にした。「何かありましたか」


「話があります」


 また話した。今度は全員に向けて、最初から。B-7の石柱を見つけたこと。父のことを考え続けていたこと。B-6を見つけたこと。ナルセのもとに行って父の記録を見たこと。四か所の位置がわかったこと。記録が途切れたこと。父が死んだこと。


 全員が黙って聞いた。ハナがスープを一杯ずつ置いていった。アサがカゴの修繕の手を止めた。


 ハナは最後の一杯をカイの前に置いてから、「温かいうちに食べてください」と声をかけた。声はいつもと同じだったが、椀を置く手が、少しだけゆっくりだった。


 セリは薬草束を膝に置いたまま、「眠れない日が続くようなら言いなさい」と短く添えた。


「わかった」


 ガンが締めた。


「俺たちも一緒に調べる。拠点の仕事の一部として」


「拠点の仕事の一部として、というのは」


「拠点の周辺を安全にする仕事がある。B番号の石柱が何かのシステムだとすれば、それが安全かどうかを知ることも、野廻り隊の仕事に入る。そういう解釈にする」


「解釈ですか」


「実際にそうだろ。地脈発熱点が増えているのは現実の問題だ。原因を調べることは、拠点の安全に繋がる」


 カイが少し黙った。


「……ありがとうございます」


「じゃあ、何から調べますか」


 リュウが前のめりになった。すでに準備ができている顔をしていた。紙も出ていた。


「まず情報を整理します。わかっていることと、わからないことを分ける。ツキさんが言っていた方法で」


「わかっていること」


 リュウが繰り返した。紙にすぐ書き始めた。


「B-6、B-7の位置。B-5はカネヅカ廃坑入口付近の可能性がある。B-4は南南西の方向。父が記録していた。記録が途切れた後に、父が死んだ」


「わからないこと」


「B番号が何のシステムか。なぜ地脈発熱点が増えているのか。父の死の経緯」


「調べられること」


「B-5の確認——カネヅカのナガノさんに協力を求める。B-4の方向の地形——ただし暗い森に近い。父の古代文字の記録の解読——続ける」


「記録します」


 ミコトが手帳に書き込む。


「もう書いていたん?」


 スズがミコトの手元を覗き込んだ。


「カイが話している間に」


「ミコトさんって、泣きながらでも書けますか」


 ミコトが少し止まった。


「泣いていない」


「でも泣きそうな顔でした、一瞬」


「……書ける」ミコトが続けた。「書くことで、手が動く」


「さすがです」


 スズが少し柔らかく返した。重い話の最中でも、記録魔の手だけは震えない。



 ガンが茶碗を置いた。


「一つ確認したい」


「はい」


「お前の父親の件を調べることは、危険が伴う可能性がある。父親が何かを知って、それが原因で死んだかもしれないなら——お前が同じことをすれば、同じ危険に近づくかもしれない」


「……はい」


「それでも調べるか」


「調べます」カイが迷いなく返した。「でも今日から、一人では調べません。みんなと一緒に」


「それでいい」


 スズが割り込んだ。


「私は最初から一緒に行くつもりでいましたよ。言ってくれなかっただけで」


「知っていました」


「知っていたなら、言ってくれれば良かったじゃないですか」


「言うタイミングが——」


「今日がいいタイミングでした。今がいいタイミングだったでしょう?」


「……そうでした」


「なんで今日まで、一人で持っていたんですか」


「一人でどこまで確認できるかを、見ていたかったので」


「それが終わった、ということですか」


「一人ではわからないことが増えてきました。みんなで考えた方がいい」


「それを言ってほしかったです」


 スズが静かに続けた。怒っている顔ではなかった。ただ、少し長く待たされた顔だった。


 カイは、すぐに返せなかった。謝ればいいのか、ありがとうと言えばいいのか、どちらも足りない気がした。


「……次は、もう少し早く言います」


「もう少しじゃなくて、ちゃんと早くです」


「はい」



「ミルクが来ています」


 リュウが声を上げた。


 食堂の戸口のところに、ミルクが顔を出していた。夜中に食堂に入ろうとしているらしい。評議会で「調理場への立ち入り禁止」と決まったが、食堂の入口は調理場ではなかった。ミルクが禁止区域ではないことを確認するような顔をして、一歩入ってきた。


「……今入ってくるのか」


 ガンがつぶやいた。


「ミルクは空気を読まない」


 スズが受ける。


「それがミルクのいいところです」


 アサが続けた。


 ミルクがゆっくり歩いてきて、テーブルの端で止まった。全員を順番に見た。それから床に座って、草を食べ始めた。床に草はなかったが、何かを食んでいる動作をしていた。


「どこにも草ないですが」


 スズが首をかしげた。


「気にしない方がいいと思います」


 アサが静かに返した。


 全員が笑った。重かったはずの話の後で、食堂に笑い声があった。ハナが「スープ、熱いうちに飲んでください」と促し、全員が椀に手を伸ばした。夏の夜の草地の匂いと、スープの香りが食堂に満ちた。


 空気を読まない除草係が、一番いい時に一番いらないことをする。三ツ辻の夜は、そうやって重さを一つずつ下ろしていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。