第47話 誰かに話すということ
帰ってきたのは、夜遅かった。
食堂にまだ灯りがついていた。ガンが一人で座っていた。茶を飲みながら、特に何もしていなかった。夏の夜の虫の声が、外から聞こえた。
「遅かったな」
ガンが声をかけた。
「ナルセさんの話が長かったので」
「ナルセさんの話が長いのはいつものことだが」
「今日は特別長かったです」
「何があった」
ガンが静かに確かめた。声が変わっていた。いつもの怒鳴り口調ではなく、待っている口調だった。
「今日は特に長かったです。でも、全部聞きました」
「そうか」
カイが椅子を引いて座った。ミコトも座った。ハナが台所から出てきて、「遅かったので、何か温めますか」と聞いた。カイが「お願いします」と返すと、ハナが鍋を火にかけた。スープの匂いが食堂に広がった。
「今日のことを話してもいいですか。ガンさんだけでなく、全員に。でも今夜はまず、ガンさんに聞いてほしい」
「なぜ俺が最初なんだ」
「一番長く三ツ辻にいる人だから。私が話す前に、一回ガンさんのそばで、声に出して整理したい」
ガンが少し間を置いた。何も言わずに、茶を一口飲んだ。ミコトが手帳を開いて、膝の上に置いた。
「……言え」
ガンが、茶碗を卓に置いてから短く促した。
カイが話した。
B番号の石柱のこと。父がそれを四か所記録していたこと。B-6とB-7は自分たちで見つけた。B-5はカネヅカの廃坑の近くにある可能性がある。B-4は南南西——暗い森の方向にある。父が記録していたこと。記録が途切れたこと。その後に父が死んだこと。ナルセが事故と呼んでいいのか迷っていること。
ガンは最後まで黙って聞いた。一度も止めなかった。茶を飲みながら聞いた。ハナが壁際でスープをかき混ぜながら聞いていた。ミコトが手帳を開いて、時々何かを書き込んでいた。
「お前、ずっとそれを持ちながら、拠点の仕事をしていたのか」
「はい」
「……そうか」
少し間があった。外で何かが鳴いた。草毛獣の声かもしれなかった。
「拠点の仕事は別の話なので」
「別じゃないだろ」
ガンが遮った。
「そうですか」
「拠点の仕事をしながら、父親の件が頭にある。それが分けられると思うか」
「思っていました」
「思っていたのか」
「……今は少し違うと思っています。別じゃなかったかもしれない。ずっと持っていたことで、何かが影響していたかもしれない」
「影響は出ていなかったが」ガンが続けた。「知らなかっただけで、お前の中にそれがあったということは、知っておきたかった」
「知っておきたかった、というのは」
「お前が何を持って動いているのかを知っていた方が、俺が一緒に動く時に判断が正確になる。それだけだ」
しばらくして、スズが食堂に来た。
水を取りに来たらしかったが、カイとガンとミコトの三人が座っているのを見て、止まった。
「何かあったんですか」
「話があります。みんなに話したいことがある。今から呼んでいいですか」
「今夜ですか?」
「はい。今夜話したい」
「もっと早く言えば良かったんじゃないですか」
「言えなかった時がありました」
「じゃあ今がいいタイミングです」
スズが受け、水を取るのを忘れて「呼んでくる」と出ていった。
「スズさんは行動が早い」
カイがつぶやいた。
「お前のために呼ぶとなると、なおさらだ」
ガンが返した。
「私のために?」
「俺が言ったわけじゃない。お前が気づけ」
「……わかりました」
「本当にわかったのか」
「半分くらいは」
「正直なところだけは認める」
半分しかわからない男のために、拠点じゅうが夜中に叩き起こされる。それでも誰も、文句を言わない。
十分後、全員が食堂に集まった。
「こんな時間に全員が集まることは珍しいですね」リュウが口にした。「何かありましたか」
「話があります」
また話した。今度は全員に向けて、最初から。B-7の石柱を見つけたこと。父のことを考え続けていたこと。B-6を見つけたこと。ナルセのもとに行って父の記録を見たこと。四か所の位置がわかったこと。記録が途切れたこと。父が死んだこと。
全員が黙って聞いた。ハナがスープを一杯ずつ置いていった。アサがカゴの修繕の手を止めた。
ハナは最後の一杯をカイの前に置いてから、「温かいうちに食べてください」と声をかけた。声はいつもと同じだったが、椀を置く手が、少しだけゆっくりだった。
セリは薬草束を膝に置いたまま、「眠れない日が続くようなら言いなさい」と短く添えた。
「わかった」
ガンが締めた。
「俺たちも一緒に調べる。拠点の仕事の一部として」
「拠点の仕事の一部として、というのは」
「拠点の周辺を安全にする仕事がある。B番号の石柱が何かのシステムだとすれば、それが安全かどうかを知ることも、野廻り隊の仕事に入る。そういう解釈にする」
「解釈ですか」
「実際にそうだろ。地脈発熱点が増えているのは現実の問題だ。原因を調べることは、拠点の安全に繋がる」
カイが少し黙った。
「……ありがとうございます」
「じゃあ、何から調べますか」
リュウが前のめりになった。すでに準備ができている顔をしていた。紙も出ていた。
「まず情報を整理します。わかっていることと、わからないことを分ける。ツキさんが言っていた方法で」
「わかっていること」
リュウが繰り返した。紙にすぐ書き始めた。
「B-6、B-7の位置。B-5はカネヅカ廃坑入口付近の可能性がある。B-4は南南西の方向。父が記録していた。記録が途切れた後に、父が死んだ」
「わからないこと」
「B番号が何のシステムか。なぜ地脈発熱点が増えているのか。父の死の経緯」
「調べられること」
「B-5の確認——カネヅカのナガノさんに協力を求める。B-4の方向の地形——ただし暗い森に近い。父の古代文字の記録の解読——続ける」
「記録します」
ミコトが手帳に書き込む。
「もう書いていたん?」
スズがミコトの手元を覗き込んだ。
「カイが話している間に」
「ミコトさんって、泣きながらでも書けますか」
ミコトが少し止まった。
「泣いていない」
「でも泣きそうな顔でした、一瞬」
「……書ける」ミコトが続けた。「書くことで、手が動く」
「さすがです」
スズが少し柔らかく返した。重い話の最中でも、記録魔の手だけは震えない。
ガンが茶碗を置いた。
「一つ確認したい」
「はい」
「お前の父親の件を調べることは、危険が伴う可能性がある。父親が何かを知って、それが原因で死んだかもしれないなら——お前が同じことをすれば、同じ危険に近づくかもしれない」
「……はい」
「それでも調べるか」
「調べます」カイが迷いなく返した。「でも今日から、一人では調べません。みんなと一緒に」
「それでいい」
スズが割り込んだ。
「私は最初から一緒に行くつもりでいましたよ。言ってくれなかっただけで」
「知っていました」
「知っていたなら、言ってくれれば良かったじゃないですか」
「言うタイミングが——」
「今日がいいタイミングでした。今がいいタイミングだったでしょう?」
「……そうでした」
「なんで今日まで、一人で持っていたんですか」
「一人でどこまで確認できるかを、見ていたかったので」
「それが終わった、ということですか」
「一人ではわからないことが増えてきました。みんなで考えた方がいい」
「それを言ってほしかったです」
スズが静かに続けた。怒っている顔ではなかった。ただ、少し長く待たされた顔だった。
カイは、すぐに返せなかった。謝ればいいのか、ありがとうと言えばいいのか、どちらも足りない気がした。
「……次は、もう少し早く言います」
「もう少しじゃなくて、ちゃんと早くです」
「はい」
「ミルクが来ています」
リュウが声を上げた。
食堂の戸口のところに、ミルクが顔を出していた。夜中に食堂に入ろうとしているらしい。評議会で「調理場への立ち入り禁止」と決まったが、食堂の入口は調理場ではなかった。ミルクが禁止区域ではないことを確認するような顔をして、一歩入ってきた。
「……今入ってくるのか」
ガンがつぶやいた。
「ミルクは空気を読まない」
スズが受ける。
「それがミルクのいいところです」
アサが続けた。
ミルクがゆっくり歩いてきて、テーブルの端で止まった。全員を順番に見た。それから床に座って、草を食べ始めた。床に草はなかったが、何かを食んでいる動作をしていた。
「どこにも草ないですが」
スズが首をかしげた。
「気にしない方がいいと思います」
アサが静かに返した。
全員が笑った。重かったはずの話の後で、食堂に笑い声があった。ハナが「スープ、熱いうちに飲んでください」と促し、全員が椀に手を伸ばした。夏の夜の草地の匂いと、スープの香りが食堂に満ちた。
空気を読まない除草係が、一番いい時に一番いらないことをする。三ツ辻の夜は、そうやって重さを一つずつ下ろしていく。




