第45話 石柱が、二つ目も見つかった
アサが昨日行った窪地に、カイとミコトとリュウの三人で向かったのは、翌週のことだった。
「私も行けますか」
アサが聞いた。
「一緒に来てください。先に確認した人が同行する方が、効率がいいので」
カイの返事に、アサは「……はい(一拍)」と頷いて、かごを持ってついてきた。
「アサさんって今日はかごが少ないね」
スズが見送りながら声をかけた。
「採集目的じゃないので」
「当たり前ですね、今日は調査だね」スズが続けた。「あ、私も行け?」
「今日は四人で十分です」
カイが返した。
「わかりました」スズが少し残念そうな顔をした。「何かあったら呼んでください。見張り台で待っています」
「何もないことを祈っていてください」
「そっちで祈ります」
「スズさんが来ると賑やかになりすぎますから」
リュウが補足した。
「賑やか、というのは」
「調査に集中できなくなります。実績があります」
「……いつですか」
「第1部を思い出してください」
「いくつもあるのか」
スズが少し落ち込んだ。
「わかりました。今日はおとなしく待ちます」
実績、と言われて反論できないあたり、心当たりが多すぎるのである。
前回より深く調べる予定だった。ミナシロ郊外に見つかった構造物——地下に埋まった金属プレート——の範囲を特定するためだった。リュウが計測道具を多めに持ってきていた。
窪地に着くと、霧はすでに消えていた。夏の朝の強い光の中で、草が茂っていた。あの朝の美しさとは全然違う、普通の草むらだった。前回に掘った穴は、埋め直してあった。
「もう少し広い範囲を掘ってみます」
リュウが準備を始めた。
「どのくらいの範囲を想定していますか」
「前回のデータから、プレートは半径三メートル程度と推定しましたが……確認が必要です。広げながら見ます」
ミコトが地面を観察した。
「地面の沈み方が均一ではない。北側に向かって地形が変わっている」
「どういう意味ですか」
アサが尋ねた。
「地下に空洞があると、地面の固さが変わります。音が違う」ミコトが地面を踏んだ。「聴いてみてください」
全員が踏んでみた。南側と北側で、かすかに音が違った。北側の方が、少し軽い音がした。
「……確かに違います」アサが耳を澄ました。「草を採りに来た時に、踏み心地が変わるなと思っていました。地形が違うからかと思っていたんですが」
「気づいていたんですか」
リュウが目を向けた。
「気になっていた、という程度で。それが重要とは思っていなかったです」
「それが重要です。ツキさんに同じことを言われました。地形の違和感は情報です」
「では北側から掘ってみます」
ミコトがスコップを手に取った。
三十分後、石柱が出てきた。
前回と同じ素材——MTMアロイの光沢。前回は板状だったが、今度は積み石の形をしていた。表面の字が見えた。
カイが地面に膝をついて確認した。文字が刻まれていた。見慣れた字体だった。読めた。
「制御区画B-6」
全員が黙った。夏の草地に、蝉の声だけがした。誰の手も、止まったままだった。
「B-6」
カイが低くつぶやいた。指先で、その文字を一度なぞる。
「三ツ辻南の石柱はB-7でした」ミコトが続けた。「B-6が存在するということは——」
「B-1からB-8まで、少なくとも存在する可能性がある」リュウが受けた。「これは単独の遺物ではなくて、システムの構成要素だということです」
リュウはすぐに膝をついて、刻まれた文字の深さと角度を見始めた。
「刻みの幅がB-7とほぼ同じです。劣化の差も見えない。別の時代に作られたものではなく、同一規格の可能性が高い」
「規格」
アサが繰り返した。
「誰かが同じ基準で作った、という意味です」
リュウの声は、いつもより低かった。
「一つながりの仕掛け」アサがもう一度繰り返した。「それってどういうことですか。B番号が続いているということは」
「誰かが設計したということです」カイが答えた。「一つずつ別々に作ったのではなく、最初から複数を組み合わせて使う前提で作った」
「それが神代から」
「それが神代から」
アサが、しばらく考えた。
「……怖いですか、それ」
「怖い」カイは正直に返した。「でも知りたい」
「知りたいが怖い、というのは両方あってもいいんですね」
「あっていいと思います」
距離を測った。
ミコトが三ツ辻南の石柱(B-7)の位置と、今日発見したB-6の位置の距離を計算した。メモを取りながら、数字を確認する。
「約二十キロ。誤差があるので正確には言えないが、おおよそ」
「方向は」
「B-7が三ツ辻の南、B-6がミナシロ方向の北西……つまり二つを繋ぐ線は」ミコトが紙に書いた。「南東から北西に向かっています」
「一定の間隔で並んでいる可能性がある」
「B-5がさらに北西にあるとすれば、カネヅカ方向になります」
全員が地図を見た。
「ナガノさんが言っていた」カイが口を開いた。「廃坑の深い入口に石柱があった。読めない文字が刻まれていた」
焚き火の夜に、ナガノが短く話してくれた声を思い出した。あの時は廃坑の暗さの話だった。今は地図の線の上で、その暗さがB-5という番号に近づいている。
「それがB-5かもしれない」
ミコトが続けた。
「行けますか」
「廃坑の深い坑道は——」
リュウが言いかけた。
「入れない」カイが遮った。「でも入口の近くにあると言っていた。入口まで行けば、確認できるかもしれない」
「ナガノさんに聞いてみます」
カイが帳簿に書き始めた。
「カイさんって今でも書きますね」
アサが眺めた。
「忘れると困るので」
「ここで今書くんですか」
「後で書こうとすると必ず忘れます。ミコトさんも書いている」
「もう書いた」
ミコトの手帳は、すでに記入が終わっていた。
「早い」
アサが感嘆する。
「言いながら書いた」
「二人とも書きながら会話できるんですか」
「カイは少し遅れます」
ミコトが淡々と評価した。
「遅れます」
カイも認めた。
「私は書きながらは無理です」アサが言った。「どっちかしかできない」
「スズさんは」
「スズさんは、まだ二行目の途中で諦める印象があります」
ミコトが続けた。
「合ってますか」
アサがカイを見た。
「だいたい合っています」
ここにいない斥候の記録能力まで、正確に査定されている。
リュウが「僕も書きます。三つにまとめます」と紙を取り出した。
「一つ目、B-6発見、場所と状態。二つ目、B-5の可能性とカネヅカへの確認依頼。三つ目——」リュウが少し考えた。「三つ目、B番号がシステムである可能性について、ツキさんへ報告が必要」
「三つにまとまりましたね」
アサが受けた。
「まとまりました」
リュウが、少し嬉しそうに頷いた。七つが三つになるまでに、生態師一人分の滞在を要した。
帰り際に、カイはもう一度、石柱を見た。
夏の草地の中に、神代から埋まっていた石が、静かにそこにあった。農夫が毎日その上を歩いていた。霧が出ていた。誰も知らないまま、気の遠くなるような年月が過ぎた。
「ナルセさんに会いに行く必要があります」
カイは帰り道でミコトに話しかけた。
「カツオさんの記録を見るためか」
「父がどこまで調べていたか、知りたい。ナルセさんが断片を持っていると聞いています」
「いつ行く」
「来週。ハラダへの定期便に合わせます。日帰りは無理なので、数日かけて行くことになります」
「同行する」
ミコトが短く返した。
「ありがとうございます」
「記録が必要だから。カイだけでは追いつかない可能性がある」
「助かります」
夏の草地を歩きながら、東の平野の向こうに南東の塔がかすかに見えた。南東の方向——ミナシロへの道の先。その農地の下に、B-6が埋まっている。石柱の並びを延長すると、どこかにB-1がある。それはどこにあるのか。標高か。地下か。あるいは——森の中か。
カイにはまだわからないことだらけだったが、少しずつ地図が形を持ち始めていた。




