第43話 拠点の評議会、始まる
ドウが言い出したのは、ツキが帰って三日後のことだった。
「話し合いの場所が要ると思います」
夕食の後、全員がまだ食堂にいた。ハナが後片付けをしながら聞いていた。
「最近、色々なことが立て続けに起きて——草毛獣のこと、生態師の来訪、石柱の調査、宿泊棟の建設——それぞれ誰かが判断して誰かが動いていますが、全員が全部を把握できていない」
「そうだな」
ガンが認めた。
「誰かが決めることもあれば、自然に決まることもある。それで今まで動いてきましたが、常駐している人間が増えてきたので、もう少し形を作った方がいい」
「形というのは」
カイが顔を上げた。
「みんなで話し合って決める仕組みです。三集落がやっているような評議会を、三ツ辻でもやってみようと思って」
全員が、少し黙った。
「評議会……」スズがつぶやいた。「なんか急に大きくなったね」
「急ではないです。ずっと必要だと思っていました」
「じゃあなぜ今まで言わなかったんですか」
「言うタイミングを考えていました」ドウが少し間を置いた。「それから……正直に言うと、私が全部決めている方が楽な部分があって。話し合いにすると、全員の意見を聞いて、調整して、記録して、というのが増えるので」
「ドウさんが全部やっていたのが、一番大変だったと思うよ」スズが返した。「そのわりに全然顔に出さないのがすごくて」
「出していましたよ、時々」
「気づかなかったです」
「気づいていました」
ミコトが静かに割り込んだ。
「え」スズが振り返った。「なんで黙っていたん?」
「ドウが言わないなら、俺が言う必要はないと思ったので」
「……それは優しいのか鈍感なのか、どっちですか」
「前者です」
自分で前者と言い切る。記録魔は謙遜も省略する。
「ドウさんに全部決めてもらっていた方が楽でした」
カイが素直に返した。
「私も思っています」
ドウがうなずく。
「それを正直に言えるのがドウさんだよね」スズが受けた。「楽だったけど変えることにした、って」
「楽だけど変えなければいけない状況が来た、という感じです。三ツ辻は大きくなっていくので」
「大きくなっていく方がいいん?」
スズが純粋な問いを投げた。
「……いいかどうかは判断できません」ドウが答えた。「ただ、今来ている人間が来たいと思った場所であり続けるためには、決め方も変わっていく必要があると思っています」
楽な道を自分から手放す男の、これが理由だった。
評議会室の場所は、すぐ決まった。
マタが「作ります」と申し出て、クワが「(うなずき)」をした。倉庫の隣の空きスペースを仕切る形で、小さな部屋を作ることになった。テーブルが一つと、椅子が六脚入るくらいの広さ。
「名前はどうしますか」
「三ツ辻評議会、でいいじゃない?」
スズが提案した。
「それだと会の名前で、部屋の名前が別に必要かもしれない」
「評議会室、でいいんじゃないですか」
「そのまますぎますかね」
「わかりやすい方がいいと思います」
「評議室でいい」
ガンが切り上げた。
「余計な言葉は要らない」
「評議室か評議会室か、どちらにしますか」
「どちらでもいい」
「どちらでもいい、と書きますか」
「どちらかに決めろ」
「では評議会室にします」
ドウが帳簿に書き留めた。名前を決める会議で、団長が最初に折れた。
「決まりました。来週末に第一回を開きます。それまでに議題を一つ考えておいてください」
「一つですか」
「最初は一つで十分です。大事なことは、時間をかけて少しずつ決める」
評議会室は六日後に完成した。
マタとクワが板を張り、窓を小さく切り出し、テーブルと椅子を入れた。完成した翌朝、全員で覗きに来た。六畳ほどのスペースで、白木の壁が新しい匂いを放っていた。
「思ったより狭い」
ガンが感想を漏らした。
「全員入れます」
マタが答えた。珍しく、言葉で答えた。全員が少し驚いた。
「マタさんが言葉で言った」
スズが反応した。
「言えます、普通に」マタが続けた。「必要な時は言います」
「必要な時の基準は何ですか」
「伝えるべき情報がある時です」
「じゃあ普段は、伝えるべき情報がないから言わないんですか」
「そうです」
「私と逆だね」スズが受け入れた。「私は不要な情報も全部言ってしまうから」
「わかっています」
マタが返した。
「……それを言う必要がありましたか」
「あると思いました」
「マタさんに記録されてた人類」
スズがガンに耳打ちした。
「お前だけな」
ガンが返した。全員が笑った。マタが少し照れた顔をした。無口な男の言葉が一つ出ると、それだけで場が回る。
第一回の三ツ辻評議会が開かれた。
参加者はカイ、ガン、ミコト、リュウ、スズ、ドウ、ハナ、セリ、クワ、マタ、アサの十一人。評議会室に椅子を持ち込んで、全員がテーブルを囲んだ。少し窮屈だったが、全員が入れた。窓から夏の光が差し込んでいた。
「では第一回三ツ辻評議会を始めます」
ドウが切り出した。
「議題を確認します。みなさんから出た議題は——」
紙に目を落とす。
「七件ありました」
「一つじゃなかったんですか」
カイが返した。
「一つ決めてきてください、と言ったら七件提案が来たので……今日は一つを選んで話し合います。残りは次回以降に回します」
「七件のうち一番重要なのはどれですか」
リュウが尋ねた。
「それを今から選びます」
「選ぶことも議題ですか」
「……そういうことになりますね」
全員が少し考えた。会議が始まる前から、議題の数え方で躓いている。
「一番重要な議題は私が決めます」ドウが仕切った。「評議会を始めるにあたって、まず全員の認識を揃えることが大事なので」
「それは評議ではなく、ドウさんが決めることですね」
ミコトが指摘した。
「……最初の議題の選び方を含めて評議する、というのは時間がかかりすぎるので、今回だけ私が決めます。次回から選ぶ方法も議論しましょう」
「了解です」
「では今日の議題は——」
ドウが紙を見た。
「『ミルクの行動範囲を制限するか否か』です」
しばらく沈黙があった。夏の外で蝉が鳴いていた。誰も、最初に口を開かなかった。
「七件の中から選んで、これか」
ガンが、卓に肘をついて低く言った。
「一番、生活への影響が具体的な問題です」
ドウが応じた。
「……そうか」ガンがため息をついた。「続けろ」
「ミルク、というのは草毛獣ですよね」
滞在中のツキが確かめた。
「除草係兼マスコットです」
スズが答えた。
「なぜその問題が一番重要な議題として提案されたんですか」
「提案したのは……誰ですか」ドウが紙を見た。「ハナさんです」
全員がハナを見た。
「調理場に入るので」ハナが説明した。「昨日また入ってきたので、対処が必要だと思いまして」
「二度目ですか」
カイが確かめた。
「四度目です」
「……記録しておらず申し訳ありませんでした」
「いいえ。今日ここで決めれば記録に残ります」ハナが静かに返した。「それが評議会の意味だと思うので」
三ツ辻の歴史ある第一議題は、こうして草毛獣の一頭に捧げられた。
議論は、真剣に行われた。
「制限すべき」派——ハナ(調理場への侵入)、セリ(薬草の被害)、クワ(資材を踏み荒らされた)。
「制限しなくていい」派——スズ(ミルクの行動の自由)、アサ(草地の管理に必要)、マタ(うなずきのみ)。
「保留」派——カイ、ガン、ミコト、リュウ、ドウ。
「マタさんは制限しなくていい派ですか」
ドウが確かめた。マタがうなずいた。
「理由を聞いていいですか」
マタが少し考えた。
「ミルクは仕事をしています。仕事をしている人間の行動を制限するのは、理由がなければしない方がいい」
「仕事をしている人間の、という部分がミルクに当てはまるかどうかが——」
「当てはまります」
マタが押した。
「……了解です」
ドウが書き留めた。草毛獣を「仕事をしている人間」と言い張る無口な建設係に、誰も逆らえなかった。
「保留が多すぎます」ドウが整理した。「カイさん、意見は」
「条件付き制限でどうですか。調理場と薬草栽培の区域には入れない。それ以外は自由。ただし問題が起きたら見直す」
「その案に賛成の方は」
全員が手を挙げた。マタも、少しだけ手を挙げた。
「全員賛成です」ドウが帳簿に書き込んだ。「議決内容——ミルクの行動範囲について。調理場・薬草栽培区域は禁止。それ以外は自由。問題が生じた場合は再議論する」
「記録に残るんだね」
スズがつぶやいた。
「残ります。後で読み返せるように」
「……ミルクが帳簿に登場するとは思っていなかった」
「三ツ辻の重要案件なので」
「将来、誰かがこの記録を読んで笑うかもしれない」
「笑っていいと思います」ドウが返した。「この日に、三ツ辻が初めて評議会を開いて、最初の議題がミルクの行動範囲だった——それは事実として残した方がいい気がします」
後世の笑いまで含めて、議事録に残った。
評議会が終わった後、カイとドウが二人残った。
夏の夕方の光が、評議会室の小さな窓から差し込んでいた。白木の壁に、今日の議決内容が貼られていた。一枚の紙に、ミルクのことが書いてある。
カイが、貼られた紙を眺めた。
「最初のわりにうまくいきましたね」
「うまくいった、というより、なんとかなった、という感じです」ドウが苦笑した。帳簿のページを一度撫でてから続ける。「全員の意見を揃えるのが、こんなに大変だとは思っていなかった」
「ドウさんが一人で決めていた時はどうしていたんですか」
「何が大事かを自分で考えて、間違えたら修正して、でした。それが一人だと楽なのは、間違えた時に責任が自分一人で済むからです。でも間違えに気づかない、ということも多かった」
「評議会だと」
「間違えた時に、誰かが言ってくれます」
「それがいいことだと思います」
「思います」ドウが少し間を置いた。「カイさんが決めてくれていた方が楽でした、と言っていましたが、それは本当ですか」
「本当です。ドウさんが判断してくれると、私は仕事だけ考えられたので」
「でも評議会の方がいいと思いますか」
「思います。一人では気づかないことが、十一人いると誰かが気づく」
「ミルクの話だけじゃなく、ですね」
「ミルクの話だけじゃなく」
カイが少し笑った。
ドウが「記録に残してもいいですか、この会話を」と申し出た。
「構いません」
「評議会の第一回の後に、カイさんとこういう話をした、という記録を残したい。後で読み返した時に、今日が始まりだったとわかるように」
「そう書いてください。始まりは、記録に残した方がいい」
外では夏の蝉が鳴いていた。評議会室の白木の匂いが、部屋にまだ残っていた。




