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第41話 生態系を管理するとはどういうことか

 リュウが紙を持ってきた。


 夕食後、全員がまだ食堂にいた。骨甲製の鍋がテーブルの端に置かれ、アサが採ってきた薬草を入れたスープの香りが、まだ漂っていた。


「提案があります」


 リュウが椅子を引き、紙を広げた。矢印が縦横に走り、「草毛獣」「針鼠狼」「農地」「草地」「天敵(鷹類)」という文字が並んでいた。矢印の横に、小さな数字も入っていた。


「生態系の話をしてもいいですか」


「していい」ガンがうなずく。「ただし要点から言え」


「……要点は七つあります」


 ガンが額に手をやった。スズが「また七つ」とつぶやいた。


 だが今日のスズは学習していた。


「一番重要なのは何番目?」


 先手を打つ。


「今日は最初に確認する」


「三番です」


「よかった。前回と同じパターンを繰り返す前に聞けました」


「今回は七つでなければならない理由があります。生態系は要素が複合しているので、一点だけ取り出すと誤解が生じるため」


 ミコトが顔を上げた。


「一番重要な要点は何番だ」


「三番です」


「三番から言え」


「でも一番と二番が前提で——」


「三番から言えばわかる」


 リュウが少し悩んだ。全員がリュウを見ていた。アサが「がんばれ」と言うかどうか迷っている顔をした。


「……わかりました。三番。草毛獣の個体数を人間が管理するためには、三つの方法があります。一つ目が間引き、二つ目が生息域の分散、三つ目が部分的な天敵の誘導です」


「その三つのうちどれが現実的か」


 ガンが続けた。


「それが四番と五番で——」


「四番と五番をまとめて言え」


「まとめると、間引きは確実だが労力がかかる。分散は柵が必要。天敵誘導は不確実だが長期的に最も安定する」


「それだけ言えばよかった」


「でも一番と二番の前提がないと、なぜ三つの方法に絞れるのかがわからなくて——」


「今わかったか」


「……わかりました」


「よし。天敵誘導とは」


 要点を後ろから配るのが薬師の癖なら、それを前から引き抜くのが団長の仕事である。



「天敵誘導というのは針鼠狼を戻すことか」


 ガンが、紙の三番に指を置いた。


「いいえ」リュウが首を振った。「針鼠狼は別の問題が起きます。代替天敵として、鷹や大型の鳥類が活動できる環境を作ることが一つの選択肢で——これが六番です」


「七番は」


「七番は——実はまだ考え中です」


 全員が止まった。食堂の外で虫が鳴いていた。


「七番がない状態で七つあると言ったのか」


 ミコトが確かめた。


「考えながら言っていると、途中で七番が出てくることがあるので、枠として取っていました」


「それは七つではなくて、六つプラス一つの空白だよね」


 スズが指摘した。


「リュウさん」


 ガンが低く呼んだ。


「はい」


「お前の要点の数え方、昨日から一度も当たっていないな」


「……精進します」


「その区別はあまり意味がないかと」


「あります」


 ミコトが遮った。


「七番は後で埋める、でいい。三番から六番を続けてくれ」


「リュウさん」


 カイが呼んだ。


「はい」


「今日のうちに埋まりそうですか、七番」


「……出てきたら言います」リュウが少し肩をすくめた。「出てこなかったら六番で終わりにします」


「それでいいです」


 存在しない七番目のために、全員が席を立てない。この拠点の会議は、いつも空欄に付き合わされる。



 議論は二時間続いた。


 途中でハナが茶を持ってきた。「飲みながら話してください」と、椀を人数分並べる。アサが「今の話に薬草が関係しますか」と小声でリュウに確認し、リュウが「関係するかもしれません。後で」と小声で返した。


 結論として、三つのことが決まった。


 一つ目、今すぐできること——草毛獣が集中している場所を週に一度巡回し、個体数を把握する。カイとスズが担当。


 二つ目、一ヶ月でできること——農地の縁に低い柵を設置し、草毛獣が農地に入る経路を絞る。マタとクワが担当。マタが「(うなずき)」をした。クワが「わかった」と短く返した。


 三つ目、三ヶ月かかること——生態系管理の専門的な設計はリュウ一人の知識を超えているため、ハラダの生態師を呼ぶ。リュウが手紙を書く。


「以上です」リュウが締めくくる。「七番目は——」


「なくていい」


 ガンが遮った。


「六つで十分だ」


「でも七番目、今ちょうど思いついたんですが」


「次にしろ」


「……わかりました」リュウが紙を折りたたんだ。「七番目は次の機会に」


「次の機会に」


 カイが繰り返した。


「はい。次の機会に」


 リュウが帳簿の端に「七番目(次回)」と書き入れた。空欄は、こうして正式に持ち越された。



 ミコトが地図を広げた。


「草毛獣の行動域と、柵の設置場所の関係を記録しておく。後で参照できるよう」


「それを追加してください」


 カイが帳簿を開いた。二人が並んで、地図と帳簿に書き込んだ。夏の夜は蒸していたが、食堂の窓を開けると草地の夜風が入ってきた。


「カイさんっていつ帳簿を書くのをやめ?」スズが眺めながら聞いた。「さっきも議論中に書いていましたよね」


「重要なことが出たので」


「さっきのどこが一番重要でしたか」


「七番目の空欄について、とガンさんの額に手がいった瞬間を」


「後者はメモしなくていいです」


「やめる場面がわかりません」


「書いていない時間はありますか」


「寝ている時は書いていません」


「それだけですか」


「食事中は書きません」


「あとは?」


「……考え中の時は書いていません」


「三つしかないんだね」


 スズが感心した。


「ミコトさんも書いてる」


「これは仕事だ」


 ミコトは目を上げなかった。


「カイさんのは仕事じゃないんですか」


「仕事です」


「じゃあ二人とも仕事だね」スズが納得した。「私も何か記録しようかな」


「スズさんが記録すると何になりますか」


 アサが、採集のかごを膝に置いて修繕しながら聞いた。


「……気になった動物の足跡とか、見晴らしのいい場所とか」


「それ、野廻り隊の仕事に使えますね」アサが受けた。「スズさんが気づいた場所の記録って、他の人には気づけない情報なので」


 スズが少し考えた。


「……そうかもしれない。書いてみます」


「何に書きますか」


「帳簿を一冊もらえますか」


「あります」


 奥からドウが声をかけた。


「予備がいくつかあるので」


「ありがとうございます!」


 この拠点では、書く人間が一人、また増える。



 その夜遅く、リュウがハラダへの手紙を書いた。


 食堂に一人残って、ランプの光の下で紙に向かっていた。


「なんで三回書いたんですか」


 たまたま通りかかったアサが、足元の丸めた紙を覗き込んで立ち止まった。


「いい匂いのスープを飲んでから寝ようと思っていたんですが……何かあったんですか」


「書き出しが難しい相手なので」リュウがため息をついた。羽根ペンを置いて、肩を一度回す。「ちょっと苦手で」


「どういう方ですか」


「……師匠の師匠の弟子で、私のことを『一番危なっかしい薬師』と呼ぶ方です。開口一番で言われました」


「それは褒め言葉ですか」


「……今だったら半分褒め言葉だとわかりますが、最初に言われた時は三日間落ち込みました」


「三日間」


 アサが繰り返す。


「それは結構落ち込みましたね」


「はい。でも師匠に確認したら『ツキが言うのは最大限の誉め言葉だ』と言っていたので」


「なんですか、その評価基準は」


「厳しい人なので」


「手紙の書き出しで悩むのはわかります」アサが椅子を引いて座った。「私もミナシロへの報告書の書き出しが毎回難しくて」


「ミナシロに報告書を出しているんですか」


 リュウが驚いた顔を向けた。


「ヤエさんに頼まれていて。月に一回、三ツ辻の様子を簡単に書いて送っています」


「どんなことを書いているんですか」


「拠点で起きたこと、採集の記録、あと……みんなが元気かどうかを」


「みんなが元気かどうかを報告するんですか」


「ヤエさんがそれを確認したいらしくて。最初は意味がわかりませんでしたが、アサが元気でいるかどうかを知りたいんだと思って、最近はそういう気持ちで書いています」


 リュウが、しばらく黙った。ランプの炎が小さく揺れた。


「……ヤエさんは心配しているんですね」


「たぶん。それが『使えるか確かめろ』という言い方になっていると思います」


「ヤエさんとカジキさんって似ていますね。大事なことを、別の言い方でしか言えない」


「そうかもしれないです」


 リュウが、手紙の書き直しを止めた。「ツキさんへ」と書き、続けた。「草毛獣の生態系管理について相談させてください。三ツ辻で問題が起きています。あなたの力が必要です」


「書けましたか」


「書けました。要点から書けば良かったんです」


「七番目から?」


「……一番から」


 外で草毛獣がまた鳴いた。今夜はいつもより、多く聞こえる気がした。

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