第3話 寝る場所を作る
柵の作業が軌道に乗った翌日から、小屋の建設が始まった。
仕切るのはクワだった。カネヅカから来た三十歳の男で、口数が少なく、もくもくと働く。拠点の建設・維持を担当するために選ばれたひとで、材木の見方や道具の扱いについては三十人の中で一番だった。少なくともカイにはそう見えた。
「まず寝られる場所が要る」とクワは言った。「小屋を三棟建てる。一棟に十人入れる作り。二週間かける」
「二週間もかかるのか」とタケオが言った。
「急げば一棟は一週間でできる。ただし荒い作りになる。急いで作ったものは最初に壊れる」
タケオは黙った。それ以上の異論は出なかった。
作業は班に分かれた。木を切ってくる班、それを割って板にする班、地面に柱穴を掘る班、屋根に葺く草束を集める班。
カイとリュウとスズは草束の班に入った。周辺に生えている丈夫な草を刈り取り、束ねて乾かす作業だ。地味だが量が必要だった。
スズは最初から鎌の扱いが速かった。袖と裾を短く折り返した薄手の格好で、腰を低くして草の根元から刈り取る。刈った草がすぐ足元に積み上がる。
「スズさん、速いですね」とカイが声をかけた。
「薬草採りで慣れてます」とスズは返して、また次の草に鎌を入れた。「ハラダは採取するものが多いので、刈ること自体はみんな上手です」
「ミコトさんは草束班じゃないですね」
「ミコトさんは木を切る班に行きました。あの人、斧が上手いんですよ。弓師なのに」
「見ましたか」
「さっき二回だけ。きれいな振り方でした」とスズが答えて、カイのほうを一瞬見た。「カイさんは見なかったんですか」
「草に集中していました」
「もったいない」
しばらく黙って刈っていると、スズが「それにしても」と切り出した。「よく、みなさんここに集まれましたね。三方向からほぼ同じ日に」
「大岩の三叉路ですよ」とリュウが答えた。「隊商のルート地図には必ず載っています。あそこから西に少し行けばここです」
「そういえば来るとき、あの大岩を曲がりましたね」
「そうです。あの岩を知っていれば、どこから来ても迷わない」
「なるほど」とスズが言って、また鎌を動かした。「それで三ツ辻なんですね、ここ」
刈っている途中で、リュウが手を止めた。
「これ、捕縛蔦に似てますね」
「そうですか」
「違います。葉の形が少し違う。でも似ています」とリュウは草から距離を置いて、腰をかがめながら観察した。「むしろ、捕縛蔦と交雑した可能性のある個体かもしれません。試してみてもいいですか」
「何を試すんですか」
「踏んでみます」
「やめてください」
「でも情報として重要で——」
「捕縛蔦だった場合、捕まって動けなくなる状況になるかもしれないですよ。もしそうなったら助けますけど、それでもやめてください」
リュウが少し考えた。「では鎌の柄でつついてみます」
「……それならいいです」
リュウが鎌の柄の先を、草の根元近くにそっと押し当てた。数秒待った。
蔓が、ゆっくりと動いた。柄の先端に絡みつこうとする、たしかな動きだった。捕縛蔦より遅く、力も弱い。ただし反応はした。
「交雑個体ですね」とリュウが目を輝かせた。「反応速度が捕縛蔦の半分以下です。気づかないで踏んでも、まぁ十分対処できるでしょう。でも動いていますね。これは記録します」
ノートに草の形と「反応あり・速度:捕縛蔦の約半分・要継続観察」と書いた。
「名前をつけるなら緩捕縛蔦でしょうか」とリュウがつぶやいた。
「名前をつける前に、屋根の草かどうかを決めてください」とスズが返した。
「屋根には使わないほうがいいですね。雨の日に屋根が動くかもしれません」
カイは屋根がゆっくり動くところを想像してしまい、少しだけ黙った。
カイは「……踏まなくて良かったです」と言って、刈り取りを続けた。
午後、空が曇り始めた。
「雨が来る」とミコトが言った。焚き火の煙の流れを見ていた。
クワが空を確認した。「作業を急ぐ。屋根材を先に搬入する」
全員が急いだ。丸太を組み、柱を立て、梁をかける。屋根はまだ葺けていなかった。草束の量が足りなかったのだ。
雨が降り始めたのは夕方前だった。最初は小雨だったが、あっという間に本降りになった。
小屋の骨格は立ちあがっていたが、屋根がない。壁もまだ粗い。三十人が急いで荷物を建物の骨格の中に押し込み、自分たちも中に入った。雨は梁の上を流れ、隙間から滴り落ちてきた。
ずぶ濡れの三十人がぎゅうぎゅうに固まって、降ってくる雨粒を黙って受けた。
「明日、屋根を最優先にする」とクワが言った。
「それを今日の昼に決めておけば良かったのでは」とミコトが返した。
「何をすべきだったかは、いつもそのあとにわかる」
ミコトは何も言わなかった。反論ではなく、同意のような沈黙だった。
骨格だけの小屋の中で、ハナが夕食の支度をした。外のかまどは雨で使えない。石の囲いは風には強いが、上から降る雨には無力だった。やむなく小屋の骨格の中に仮のかまどを移した——平らな石を床に敷いて、煙が梁の隙間から抜けるのを祈りながら火を起こした。濡れた薪は火がつきにくく、ハナは「こういう日に限って、いい鍋を作りたくなる」と言いながら、それでも豆の煮たものと乾燥野菜のスープを作った。煙が充満しかけて、スズが隙間の板を一枚外して換気口を作った。
食べている途中で、ミルクに気がついた。
いつの間にか、荷物が積まれた奥に丸まっていた。昨日から拠点内にいるのはわかっていたが、雨が降り始めた頃にはどこかへ消えていたと思っていた。気がついたら戻っていた。
「追い出せ」とクワが言った。
「かわいいので……」とスズが小声で漏らした。全員に聞こえた。
「獣を中に入れるな」
「でもこれはミルクなので」とスズは言った。クワの顔を見て、「クワさん、ミルクを知らないんですか? あの白い草毛獣です。雑草しか食べない、うちの除草係です」と付け加えた。
「ミルクとは何だ」
「ペット……だそうです」とハナが言った。どこか諦めたような口調だった。
クワが三十人を見渡した。誰も「追い出せ」に同意しなかった。
「……なんで」とクワが言った。
「雑草しか食べないので、荷物を荒らしません」とリュウが続けた。「屋内に草はないので、問題は少ないかと思います」
クワが「それは理屈になっているのか……」と言いかけて、やめた。小屋の骨格の雨漏りを修繕するほうが優先度が高い、と判断したらしかった。
ミルクは奥の荷物の影でおとなしくしていた。濡れていなかった。いつ入り込んだのかはわからなかった。
夜中まで雨が続いた。梁の隙間からは水が滴り続けたが、荷物の大半は防水の布で包んであったので、大きな被害はなかった。カイは壁の代わりに立てかけた板の隙間から外を見た。雨が降っている。暗い草地の向こうに、ナル川の音が聞こえる。
見張りはミコトが立っていた。屋根なしの場所で雨の中、微動だにしていない。カイが「交代します」と言ったら「まだいい」と言われた。
「濡れますよ」
「わかっている」
「そういうことではなく——」
「体が冷えたら交代する」
カイは「……わかりました」と言って、ミコトの隣に立った。二人で雨の中を眺めた。
しばらくして、ミコトが「なぜここに来たんですか」と聞いた。
唐突な問いだった。カイへの問いだったが、同時にミコト自身に対する確認でもあるようだった。
「いろいろあって」とカイは答えた。
嘘ではなかった。ただそれが全部でもなかった。父のこと、メモのこと、この場所が何かに近いという根拠のない感覚——それを雨の中で初対面に近い人間に話す言葉は、まだ持っていなかった。
少し間があった。
「私も」とミコトが言った。
短い言葉だったが、責めている感じではなかった。ただ同じだ、と言っているようだった。
カイは少し驚いた。この人もそういう理由でここにいるのか、と思った。それ以上は聞かなかった。ミコトも続けなかった。
雨が続く中で、二人は黙って外を見ていた。
翌朝は晴れた。北の標塔が、朝の光を受けてかすかに光っていた。
全員が朝一番で屋根葺きを始めた。刈り取ってあった草束を梁の上に積み重ね、蔓縄で固定していく。午前中には一棟目の屋根が完成した。雨漏りがしないか確認するために誰かが水を上からかけて、漏れがないことを確かめた。
「二棟目を始める」とクワが言った。
「はい」と全員が返した。
昨日より声が揃っていた。
三棟が完成したとき、クワが「もう一棟建てる」と切り出した。
「三棟で十人ずつ入れる計算だったが、食料保管庫ができると調理場の場所が要る。調理専用の小屋がないと雨の日に炊事ができない」
ハナが「それは助かります」と顔を明るくした。
こうして当初の計画より一棟多い、四棟目が建てられることになった。




