第2話 まず、柵を作ろう
荊棘柵というのは、棘のある灌木の枝を束ねて並べたものだ。
材料は周辺にある。問題は、それを誰がどうやって作るかだった。
朝食はハナが用意した。昨夜荒らされた食料の残りと、野草を混ぜた薄い粥だった。文句を言う者はいなかった。
食べ終えて作業に入ろうとした瞬間、ガンが手を上げた。「俺が仕切る。罠師の仕事だ」
そこまでは良かった。
問題はその後だった。
「まず枝を刈ってくる班と、地面に杭を打つ班に分かれろ。刈り取り班は俺の指定した灌木だけを切ってくれ。乾いた枝は使わない」
ミナシロのタケオが「うちの集落では、乾燥させた枝を使う。そのほうが固くなって崩れにくい」と言った。
「生の枝を使うんだ。乾燥させた枝は折れる」
「乾燥させたほうが折れない。長年そうしてきた」
「場所が違えばやり方も違う。ここはうちのやり方でやる」
「うちのやり方、とはどういう意味だ。ここはあんたの集落か」
ガンの目つきが鋭くなった。
スズはその一部始終を少し離れた場所で見ていた。隣にカイが来て、同じように眺めた。
「どうします」とスズが聞いた。
「しばらく様子を見ます」とカイが返した。
「ガンさんは正しいんですか、間違ってるんですか」
「どちらも、一理あります。こういう時は、どちらが正しいかより、どう動かすかの方が大事です」
「じゃあ止めなくていいんですか」
「もう少しだけ様子をみよう」
言い争いはしばらく続いた。ミナシロ組がタケオの側に寄り、カネヅカ組とハラダ組はやや距離を置いて眺めていた。ガンの声は大きく、タケオの声は低く頑固だった。どちらも怒鳴っているわけではなかったが、どちらも一歩も引かなかった。
結局、誰かが正しいとか間違っているとかではなく、二人とも疲れて黙った。
そこでガンがスズに向かって歩いてきた。「なんで俺がこんな目に」
「集落ごとのやり方が違ったときどうするのか、最初に決めていなかったからではないですか」
「……それはそうだが」
「最初に決めてしまえばいいと思います」
ガンが「……じゃあ、今後の例にもなるから俺のやり方で決める」と言って、踵を返した。
仕切り直しの場で、ガンは全員の前に立って声を張り上げた。
「こっちから聞く。棘のある枝を切れる道具を持っている者は手を上げてくれ」
いくつか手が上がった。
「生の枝を束ねたことがある者は?」
また何人か。
「乾燥させた枝を束ねたことがある者は?」
残りの一部が手を上げた。
ガンはひとわたり見回してから「わかった。じゃあ二手に分かれる」と言った。「俺の側に来た者は俺の手順で動いてもらう。タケオさんの側に行く者はタケオさんのやり方で動いてもらう。端から作って、真ん中でつなぐ」
タケオが「……そういうことか」と言った。異論はなかった。
スズがカイの耳元で「さっきより全然まとまりました」と小声で言った。
「最初からそうすればよかったんですね」
「本人が一番わかってると思います」とスズが返した。
ガンは何も言わなかった。が、そのあとは二手それぞれが黙って動いた。
午後になって、ようやく柵の設置が始まった。棘のある灌木の枝を切り出し、束ね、並べて杭で固定していく。骨甲製の道具で枝を切り、木の杭を地面に打ち込み、蔓縄で結わえる。柵の向きをそろえるとき、ガンは遠くの標塔の方向を目印にした。三十人がそれぞれ袖を縛るか折り返して、思い思いの格好で動いていた。集落によって作務衣の色も素材も違うから、一目で誰がどこから来たかわかった。単純な作業だが、三十人が一斉に動けばそれなりの速さで進んだ。
そのとき、スズが「あれ」と声を上げた。
敷地の南側、荷物が積んである付近に、白い影がいた。
草毛獣だった。一頭だけで、ぼんやりと立って、足元の草を食んでいた。昨夜群れで来た個体の一頭が、まだ敷地内にいたのだ。柵がまだ完成していない隙間から入り込んでいたらしい。
「追い出せ」とガンが言った。
数人が近づいた。草毛獣は少し動いたが、逃げなかった。食料の袋には近づかず、ただ地面の草を食んでいた。
「こいつ、荷物に寄ってかないな」とタケオが首を傾けた。「野菜とか穀物とか、麻袋に入れていても嗅ぎつけて荒らすのが普通なのに」
リュウが首を突き出して見た。「あ、この個体——食料を荒らさないですよ? 雑草だけ食べてます、袋の外の根菜に見向きもしないで。」
「そういえばそうだな」
「変異種かもしれません。記録します!」
リュウが荷物から小さなノートを取り出し、草毛獣のほうへ近づいた。草毛獣は逃げなかった。リュウが観察している間も、ただ雑草を食んでいた。
「歯の動きが少し違います」とリュウが続けた。「袋を噛み切る動きではなく、葉だけを選んでいます。これは行動差です」
「今それを見てわかるんですか」とカイが聞いた。
「わかる気がします。まだ断定はしません。断定しないまま興奮しています」
ガンが「落ち着け」と言った。
追い出すはずだった数人が、なんとなく立ち止まっていた。
ハナが何かを察して「名前をつけると食べられなくなりますよ」と注意した。
五秒後、スズが「ミルク」と言った。言ってしまった。
場が静止した。
「名前をつけないでくれと今言いましたよ」とハナが返した。
「ミルクみたいな色なので」
「それはわかりますが」
「でももうミルクなので」
ハナが深く息を吐いた。ミルクと名付けられた草毛獣は、そんなやり取りを気にした様子もなく、雑草を食んでいた。
その日の夕方までに、拠点の南側と東側に荊棘柵の一部が完成した。まだ全周を囲むには足りないが、食料の置き場の周囲だけは守れるようになった。
並行して、ハナが「かまどを作ります」と言って動いていた。
前日の夜は焚き火に鍋を直接かけていたが、それでは火加減が安定しない。風が吹けば炎が横に流れ、鍋の底に熱が当たらなくなる。三十人分の鍋を安定して加熱するには、風を防いで熱を集める囲いが要る。
ハナの指示でカイとスズが近くの川岸から平らな石を運んだ。大きな石をU字形に並べて壁にして、底に灰の床を作る。上に鍋が乗る幅を確保して、薪を差し込む口を前に開けた。簡単な作りだが、これで風が多少強くても火が安定する。鍋口が四つある中型のかまどと、大鍋口が二つある大型のかまど、二基並べた。
「これだけあれば三十人分の鍋が二つ同時にかけられます」とハナが石を並べながら話した。自分の中にある段取りを確認するように。「薪は一日どのくらい使えますか」
「わからないですね」とカイが答えた。「とりあえず、必要な量を使ってみてください。今日から記録します」
かまどの設置と同じ頃、セリが荷物の中から陶製の壺をいくつか取り出して、拠点の端の方へ運んでいた。建物や食料置き場から離れた、風下の一角だ。
「何ですか、それ」とスズが聞いた。
「泥炭菌の壺です」とセリは答えた。「生活すると出てくる不要なものを処理する場所を作ります。集落では当たり前にやっていることです。いつまでもその都度穴を掘って……というのは……ね。」
スズが「ああ」と言って、それ以上は聞かなかった。処理した後は燃料にも肥料にもなる。どの集落でも当然のようにやっていることが、ここでも始まった。
日が落ちる前に全員が焚き火のそばに集まり、ハナが配った夕食を食べた。かまどで煮た豆と乾燥肉の汁が椀に注がれた。前日より熱くて、量もあった。
カイは食べながら、ミルクを見た。ミルクは焚き火から少し離れた場所で草を食んでいた。今夜は夜露でも降りてきたのか、乾いた草のあたりを選んで食んでいるようだった。
「なんで雑草だけを食べるんでしょうね」とリュウが隣で言った。「普通の草毛獣は、食べられるものなら何でも食べます。種として群れで行動して、農地のものも食料の袋も区別しない。なのにこの個体は」
「特別なんですか」
「わかりません。でも珍しいと思います」
「リュウは珍しいもの、好きだよね」
「ええ」とリュウは迷いなく言った。「世界は珍しいもので出来ていると思っています」
カイは何も言わなかった。父親も似たようなことを言っていた気がした。
夜になった。見張りのガンが焚き火の前に立って、暗い外を睨んでいる。昨夜のような草毛獣の群れは来なかった。柵がまだ完全ではないのに来なかったのは、もしかしたら昨夜の騒ぎを覚えていたからかもしれない。
夜が更けて、ミルクがいつの間にか荷物の脇で丸くなって眠っていた。
誰も追い出さなかった。




