第29話 三集落が、拠点を見る目が変わった
三集落の代表が揃って三ツ辻を訪れたのは、針鼠狼を追い払ってから半月ほど後のことだった。
来る、という知らせは三日前に届いた。三集落からそれぞれ別の隊商の荷に挟まれた手紙で、同じ日に届いた。ドウが三通を並べて「奇妙な偶然ですね」と言い、カイが「おそらく相談して日程を合わせたんだと思います」と言った。
「なぜ合わせたんでしょう」
「そういう時期だということだと思います」
それ以上の説明はなかったが、ドウには伝わった。何かが変わった、ということを、集落側も感じているのかもしれなかった。
ヤエが最初に来た。
以前と同じ装いだった。藍染めの作務衣、何度も繕った跡、骨甲の先端をつけた杖。四日かけて歩いてきた疲れが顔にはあったが、目は変わらず鋭かった。
拠点を見渡した。一年前に視察した時と同じように、最初に建物を数えた。次に柵を確認した。見張り台を見上げた。
「大きくなりましたね」とヤエは言った。感想のような、確認のような言い方だった。一年前と同じ場所に立って、一年前より高くなった見張り台を見上げていた。
「見張り台を高くしました。今は八メートルです」とドウが答えた。
「橋もできたとか」
「ナル川に。今はハラダとの往来が安定しています」
ヤエがもう一度拠点を見渡した。「ここに来た時、いつも思うことがある」と言った。「最初に来た時、正直、長続きしないと思っていた」
ガンが横に立っていた。一年前にここでヤエと口論した時と同じ場所に立っていた。
「長続きしてるな」とガンが言った。
「していますね」とヤエが言った。そしてガンを見た。「あなたたち、本当にやるのね」
ガンが「え?」と言った。
「本当にやるのね、と言いました」
「……今なんて言いましたか」
「聞こえなかったの?」とヤエが言った。「なら言わない」
ガンが口を開けたまま固まった。スズが横でこらえていた。リュウがノートを出した。ミコトは何も言わず前を向いていた。カイが「続きをどうぞ」とドウに小声で言った。
「ガンさん、嬉しそうな顔をしているのに困っていますよね」と後でスズがこっそり言った。
「見ていたのか」
「全員見ていましたよ」
カジキが昼前に来た。馬に乗って来て、馬を降りるなりまず見張り台の高さを測るような目で見た。それから柵の骨甲板の固定具合を拇指で押した。
「前回より強度が上がっている」と言った。評価でも批判でもない、確認の言い方だった。
「補修を重ねました」とクワが答えた。
「この柵、うちが送った小釘を使っていますか」
「はい。一本も無駄にしていません」
カジキが少し間を置いた。「……まあ、良いでしょう」
それがカジキの最大の褒め言葉だとわかるようになって、もう一年が経つ。
食堂の小屋で向かい合った時、カジキがいつも通り両手を卓上に置いて前のめりで言った。「草毛獣の件、橋の件、針鼠狼の件。三つの依頼をこなした。数字で言えば、農地被害はゼロになり、川向こうへの偵察路が確保され、針鼠狼を追い出したことで薬草採取量が戻った。拠点への投資が結果を出している」
「それと」とカジキが続けた。「隊商がここで薬草を買えると広まっている。うちの取引先の一つがここで調達したと聞いた。通過するだけだった場所が、立ち寄る理由のある場所になっている」
「最近そういう話が増えてきました」とドウが言った。
「良いことだ」とカジキが短く言った。「拠点が物の流れの中に入れば、三集落にとっても意味が出る」
「ありがとうございます」とドウが言った。
「礼はいい。むしろこちらから聞きたいことがある」とカジキは言って、卓の上で身を乗り出した。視線がカイをとらえた。「坑道の鎌爪竜の件、続報はないのか」
「現状維持です」とカイが答えた。「定期的に偵察して、個体数の変化を確認しています。今すぐ動ける規模ではないですが、状況は把握しています」
「いつ動けますか」
「……もう少し時間をください。作戦を詰めています」
「カジキさん」とガンが言った。カイが横を見た。ガンが自分から口を開くとき、大体いいことを言う。それをカイはここ半年でわかってきていた。「針鼠狼の作戦で学んだことがある。追い出す前に状況を十分に理解しないと、余計に時間がかかる。今は理解を積み上げている段階だ」
カジキが少し間を置いた。ガンを見た。「……そうか」と言った。「続報を待つ」
「待つ代わりに、必要な数字を送れ」とカジキは続けた。「偵察の間隔、確認した頭数、通気口の数、使える煙の量。作戦に入る前に、こちらで坑道を何日止めるか決める」
「わかりました」とカイが言った。
「止める日数がわかれば、カネヅカ側も準備できる。急がせるためではない。止めるために必要だ」
ガンが少しだけ肩の力を抜いた。「それなら、出します」
「出せ」とカジキは言った。「数字は待てる。曖昧な返事は待ちにくい」
ナルセが夕方に来た。
白髪を後ろに束ねたいつもの格好で、大きな布袋を肩から下げていた。杖はついていなかった。六十代の語り部にしては足取りが軽く、拠点に近づいてくる姿が遠くからでも穏やかな感じがした。
カイが出迎えに行くと、ナルセが「大きくなりましたね」と言った。ヤエと同じ言葉だったが、声の温度が全然違った。
「一年経ちました」とカイが言った。
「お父さんが志願した時も、こんな顔をしていたかな」とナルセは言った。独り言のような言い方だった。「でも違うか。あなたは迷っていない顔をしている」
「迷っていないですか、私」
「迷う暇がなかったんでしょう」とナルセは笑った。「それはそれで良いことですよ」
食事の後、ナルセがカイの隣に座った。三集落の代表が揃うのが珍しいのか、常駐メンバーがほぼ全員食堂に残っていた。ヤエが端に座ってお茶を飲んでいた。カジキが帳簿の数字を確認していた。
「南の石柱に行きましたね」とナルセが、椀を両手で包みながら小声で言った。
「はい。去年の秋に」
「何か読めましたか」
「少し。外部環境制御のサブノードという言葉が読めました」
ナルセが少し目を細めた。「わかりましたか、その言葉の意味」
「まだわかりません」
「お父さんもそう言っていました」とナルセは言った。「でもあの方は、意味がわからなくても記録していた。あなたも記録していますか」
「しています」
「それで十分です」とナルセが言った。少し間を置いて、火を一度見てから続けた。「お父さんが見ていたら、何か言いそうだな」
「何を言いそうですか」
「さあ」とナルセは笑った。「でもたぶん、嬉しそうな顔をすると思います」
三集落の代表が揃って拠点に泊まった夜、カイは焚き火の前に座っていた。
ミコトが隣に来た。
「今日、ガンが褒められていましたね」とカイが言った。
「聞こえなかったと言っていた」
「聞こえていましたよね」
「聞こえていた」とミコトは言った。少し間を置いて「ガンは素直に受け取れないだけだ」と続けた。「……あれがあいつの普通だ」
「ミコトさんは?」とカイが聞いた。「こういう場所に来て一年、何か思うことはありますか」
ミコトが少し考えた。珍しく、少し時間がかかった。
「カネヅカにいた時は、弓を引く仕事しかなかった」とミコトは言った。「ここに来て、地図を作る仕事が増えた。地図は、弓とは別の種類の精度が要る。その精度を上げることが面白いと思っている」
「それが来てよかった理由ですか」
「そうだ」
カイは「なるほど」と言った。ミコトらしい答えだと思った。
「カイは」とミコトが言った。「来てよかったと思っているか」
カイは少し考えた。焚き火が揺れていた。
「思っています」と言った。「理由はまだ全部わかっていないですが」
ミコトが「それはそれで正直だ」と言った。




