第21話 音で戦う罠を作る
嫌音鈴は、骨甲の薄い板を組み合わせて作る鳴り物だ。風や振動で複数の板が当たり合い、甲高い音を出す。単体では効果が弱いが、複数を連動させると広い範囲に音が広がる。針鼠狼はこの高い音を嫌って近づかない習性がある。
ガンが設計図を引きながら一個ずつ自作した。十日で二十個になった。食堂の卓の上に並べると、それなりの量になった。
「足りますか、二十個で」
リュウが一個ずつ手に取って確認する。
「縄張りの境界線の長さからすると、ギリギリだ」
ガンが板を一枚削る。
「間隔を詰める必要がある。穴が開いたところから入られる」
「連動させる仕掛けは」
「蔓縄を張って繋ぐ。縄が揺れると全部が鳴る仕組みだ」
卓上の鈴を一つ持ち上げて、軽く揺らしてみせた。甲高い音が一瞬鳴った。
※
問題は、設置をハラダの人間に任せなければならないことだった。
縄張りはハラダへの道の中間あたり、三ツ辻から四日以上かかる場所にある。設置に行っても、鈴が壊れるたびに修理に行くことはできない。管理が続かなければ意味がない。
「設計図と作り方をハラダに渡す。俺たちは仕掛けを作って、説明して、送り出すところまでだ」と、ガンは前の晩に言っていた。
だからガンは今、設計図を書いていた。
図面は三枚になった。一枚目は嫌音鈴の配置と間隔を示す全体図。二枚目は蔓縄の張り方と固定の手順。三枚目は現地で判断が必要になる場合の基準——木が使えない場合の代替固定方法、縄が切れた場合の応急処置、鈴が鳴らなくなった場合の確認手順。
「これだけ書けば伝わりますか」
ドウが三枚目を覗き込んだ。
「現地を知っているのはハラダだ」
ガンはペンを止めない。
「設計の考え方を渡せば、現地に合わせるのは向こうがやれる。俺が現地に行っても、向こうの人間より地形を知ることはできない」
「図の説明を口でも伝えないといけないですね」
カイが図をなぞる。
「ハラダから次に使いが来たとき、この図を見せながら説明する時間を取る必要があります」
「わかってる」
※
試作と調整は、拠点の敷地内で行った。
三ツ辻の北側の柵に沿って、二十個の嫌音鈴を仮設置した。実際の縄張りの境界線を想定した長さに縄を張り、鈴を連動させる。風が吹くたびに試し鳴りが起き、その都度ガンが縄を引いて張力を確認した。
「ここは張りすぎだ」
縄の一点を指した。
「縄は均等に張れ。強すぎると風でない振動に反応しなくなる。弱すぎると振動が伝わらない」
「どうやって均等かわかりますか」
スズが縄を触る。
「引いてみればわかる。指に返ってくる感触だ」
縄を軽く引いてみせた。
「これが正しい張力だ。覚えろ」
「覚えられますか、感触を」
「覚えるしかない。図には書けない」
スズが何度か縄を引いた。首をかしげた。また引いた。それからもう一度引いた。感触というものは、引けば引くほどわからなくなる時がある。
「……なんとなく、わかるような気がします」
「なんとなくでは困る」
「もう少し練習します」
※
一日目は縄の張り方。二日目は鈴の設置の順序と固定の確認方法。三日目は全体を通して一人でできるか確認した。スズが実際に一から設置する手順を踏んで、ガンが横で見ていた。
「ここで縄を二重にしている理由は」
ガンが途中で口を挟んだ。
「固定が弱い木だから」
スズは手を止めない。
「一本だと抜けるかもしれないので」
「正しい。図の三枚目に書いてある判断だ」
「読みました」
「読んで判断できたなら、説明は伝わる」
うなずいた。
「ハラダの人も同じようにやれる」
※
三日目の夕方、全体を通した動作確認をした。ガンが蔓縄を軽く揺らした。
設置した全ての嫌音鈴が、波のように順番に鳴り始めた。最初の一個が鳴ると、縄を伝って次が鳴り、また次が鳴る。甲高い音が連なって、北の柵に向かって広がっていった。音が止んだ後も、しばらく空気が揺れているようだった。
「鳴った」
「当然だ」
でも少しだけ、満足した顔をしていた。当然と言った本人が、一番聞き入っていた。
「これをハラダでやるんですね」
スズが、鈴の並んだ縄を見た。
「やってもらう」
「うまくいくといいですね」
「設計は正しい。あとは現地次第だ」
縄から手を離した。
「俺たちができることはやった」
※
ハラダから次の使いが来たのは、それから十日後だった。
前回と同じ若い女性で、薬草の束を背負っていた。
「前回の使いから聞きました。針鼠狼の件で、何か手立てを考えてくださっているとのことで」
食堂に通されるなり言った。
ガンが三枚の図を広げた。嫌音鈴を一個、卓の上に置いた。使いの女性が図を見て、鈴を手に取った。
「これが嫌音鈴というものですか」
「そうだ。軽く揺らしてみろ」
女性が鈴を揺らした。甲高い音が鳴った。少し驚いた顔をする。
「……針鼠狼がこれを嫌がるんですか」
「確認されている。習性だ」
ガンが図を指しながら、設置の手順を説明した。どこに縄を張るか。鈴の間隔をどう取るか。固定の仕方。判断が必要になる場面での基準。女性は図に書き込みながら聞いていた。途中で口を開いた。
「木が使えない場所はどうしますか」
「三枚目に書いてある」
岩への固定方法を指した。
「なるほど」
女性は書き込んだ。
「現地に岩が多い場所があるので、これが使えます」
「嫌音鈴は今日持ち帰ってください。二十個あります」
カイが鈴を並べた。
「設置してみて、うまくいかない部分があれば次の使いのときに教えてください。改良します」
「……改良もしてくれるんですか」
「設計はこちらの仕事です」
女性が少し間を置いてから頭を下げた。改まった言い方だった。
「ありがとうございます。ハラダの薬師長も、薬草が採れなくて困っています。道が通れるようになれば、三ツ辻にも薬草を届けやすくなります」
「それは助かります」
カイも会釈を返す。
「お互いに、ということですね」
※
使いが帰った後、ガンが「うまくいくかどうかはわからない」と言った。
「そうですね」
「設計は正しい。でも現地で想定外のことが起きる。俺たちが確認できない場所でやることだ」
「報告が来るまで待つしかありません」
「……待つのは苦手だ」
珍しく、正直な口調だった。
「ガンさんが待つのが苦手だとは知りませんでした」
「うるさい」
「愛情込みです」
ガンが何も言わなかった。それが、否定ではなかった。
暗い森の縁との距離は、まだ縮んでいなかった。でも縮め方を渡した。あとは、待つだけだった。




