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第17話 お風呂と、便所と、ノシ草のこと

 井戸が完成して三日後の朝、スズが全員のそろった食堂の小屋で言った。


「お風呂と、便所を、ちゃんとしたやつを作りませんか」


 全員が動きを止めた。


 ハナが鍋をかき混ぜる手を止めた。ガンが椀を持ったまま固まった。ドウが帳簿から顔を上げた。クワが無表情のまま、でも確かに止まった。ケンが「……」と口を半開きにした。リュウが「あ」とだけ言って、言いかけてから黙った。


 誰も否定しなかった。誰も笑わなかった。


 その沈黙は、五秒ほど続いた。


 ミコトが「前から思っていた」と、焚き火の前で弓の弦を確認しながら、ぼそりと言った。弦から目を上げずに付け加えた。「川に行くたびに思っていた。なぜ誰も言わないのかと」


 それが合図になった。


「言ってくれた」とハナが、鍋を混ぜる手を再開しながらつぶやいた。いつもより少し低い声だったが、その分だけ重かった。


「俺も思ってた」とガンが椀を置いた。「毎日川に行くのも、川岸で用を足すのも、どちらも不便だと思っていた」


「川岸での用を足す話は食事中にしないでください」とリュウが、食べながら顔を少し上げて言った。


「言い出したのは俺じゃない」


「でも続けたのはガンさんです」


「お前も思っていただろう」


「思っていました」とリュウは認めた。「でも食事中に言う必要はなかったです」


 スズが「全員思っていたんですね」と、どこかほっとした顔で続けた。「言いにくいことだと思って、タイミングを見てた。井戸が完成して水が安定してから言おうと決めていたので」


「正しい判断だ」とガンが言った。「水が確保できないうちに風呂を作っても意味がない」


「えらく素直ですね、ガンさん」


「事実を言っている」


「嬉しそうです、顔が」


「うるさい」



 話し合いはその日の午後に始まった。


 まず便所の場所を決める必要があった。ドウが「井戸の水脈に影響が出ない位置でないといけません」と帳簿に要件を書きながら言った。


 ミコトが「地形を確認してくる」と立ち上がった。一人で外に出て、拠点の周囲をしばらく歩き回った。三十分ほどして戻ってきたミコトが「南西の柵の外、小さな窪みのある場所がいい」と言った。「地面が少し低くて水が溜まりにくい。井戸は北東側だから水脈の方向が外れる。風向きも拠点に入りにくい」


「よくそんなに早く」とスズが言った。


「歩けばわかる」とミコトが短く返した。


「歩けばわかるものですか」


「この程度は」


 スズが「ミコトさんってそういうことをさらっと言いますよね」とカイに小声で言った。カイが「あの人はいつもそうです」と小声で返した。


 ミコトが聞こえている距離にいた。「聞こえている」と言った。二人が黙った。


 場所が決まると、クワが設計に入った。その日の夕方には、もう紙の上に図が引かれていた。木の板を組んで三方を囲った個室にする。屋根もつける。外からは中が見えないが、中からは足元の隙間から外の空気が入る構造。深めの穴を掘って桶を埋め、汲み取り式にする。


「桶は骨甲板で作れます」とクワが、指で図の一部を示しながら言った。「桶が溜まったら、農地から離れた場所に撒く。液肥になります」


「においの管理は」とセリが聞いた。


「泥炭菌を桶に入れておきます」とリュウが続けた。「分解が早まります。拠点を作った最初の頃からセリさんが使っている壺と同じ菌です」


「わかりました」とセリが返した。「管理は私がします」


 ノシ草についてはハナが「川沿いに生えているあれを使えばいいと思います」と言い、スズが「叩いて乾かしたやつですよね」と言って、それだけで決まった。拠点の全員が暗黙のうちにノシ草の使い方を知っていた——川縁や森の縁に自生する幅広の葉を小槌で叩いてから乾かすと柔らかくなる。紙代わりには使えないが、それ以外の用途には十分だった。どの集落でも昔からそうしていたことで、改めて説明するまでもなかった。



 便所の建設は二日で終わった。


 クワが設計し、ガンとケンが板を組み、スズが屋根の草束を葺いた。穴を深く掘り、骨甲板で作った桶を埋めた。完成した個室は拠点の他の建物より小さかったが、板の合わせ目がきれいで、しっかりした作りだった。


 最後にクワが出来上がった建物を外から一周して確認した。板を一枚ずつ手で押し、ぐらつきがないかを確かめる。屋根の端を引いて固定具合を見る。それだけのことを黙ってやりきって、「問題ない」と一言言った。小さな建物にも手を抜かない、クワの仕事の仕方だった。


 入口に短い布の暖簾を下げた。ハナが「これは食堂の古い布から切ったものです。使い回しですが問題ありません」と言い、誰も問題にしなかった。


「暖簾をつけたのはハナさんですか」とスズが、完成した個室の前でちょっと感動した顔をして言った。


「あれば便利だと思いました」とハナが、特に何でもないという口調で返した。


「気が利きますね」


「気を利かせるのも食担当の仕事です」


 その隣の棚にはノシ草を叩いて乾かしたものがきれいに積んであった。リュウが「管理しやすいように枚数を揃えました」と言い、ガンが「誰も頼んでいない」と返したが、リュウは「衛生管理です」と答えて終わった。



 蒸し風呂は難しかった。


 建物の構造自体はクワがすぐに設計できた。石を積んで小屋を作り、床と壁に石を埋め込む。そこを薪で長時間加熱してから人が入る。水を少しかけると蒸気が出る。材料は石・木材・蔓縄で揃う。


 問題は石だった。


「加熱した石は割れることがあります」とリュウが言った。全員が集まった食堂の小屋で、紙に書いた説明を広げながら言った。「割れない石と割れやすい石があります。選び方が重要で——」


「俺が選ぶ」とガンが言った。


 全員がガンを見た。


「鉱山近くの丘陵で育った。石の見分け方は子どもの頃に覚えた。乾いた音のする石は割れやすい。重みが均一で澄んだ音の石を選ぶ」


「試してみてください」とカイが言った。


 ガンが翌朝、北西の丘陵方向へ一人で出かけた。一時間ほどして戻ってきた時、両腕に石を抱えていた。


「これがいい」とガンが、石を地面に丁寧に並べながら言った。指の節で一つ一つを叩いた。澄んだ音がした。同じ石でも角度を変えると音が少し変わり、ガンはそれを耳で確かめながら、いくつかを除けた。石の目利きは、体で覚えた知識だとわかる手つきだった。


「あとはケンに運んでもらう」


「ガンさんが石の目利きをするとは思わなかった」とスズが言った。


「知らないことだらけだと思うな」


「知っていることだらけだね、ガンさん」


「うるさい」


 クワが石を受け取って確認した。一つずつ手の中で重さを確かめ、側面を目で追った。「問題ない。これで作れます」とだけ言った。ガンの石選びを信頼している、とも別に疑っていない、とも取れる短さだった。


 建設は四日かかった。石を積み上げる作業が想定より重く、全員が交代で運んだ。ガンが石の配置を指定し、クワが壁との隙間を調整した。炉は外側に作り、石の床と壁を下から長時間加熱できるようにした。


 最初の加熱テストは翌朝に行った。


 薪を四時間かけて燃やした。小屋の中から熱気が出てきた頃、クワが「もう少し」と言い、さらに三十分待った。それから入り口を開けて確認した。熱かった。床の石に水を一杯かけた。白い蒸気が上がった。


「できましたね」とリュウが、入り口の外から覗き込みながら言った。目が輝いていた。


「中に入るな」とガンが言った。「まだ確認中だ」


「でも蒸気が——」


「中に入るな」


「わかりました」とリュウは入り口から半歩引いた。でも頭だけは中を見ていた。


 ガンが着替えを脇に抱えて、小屋の中に入った。扉を閉めた。外で待っていた全員が、特に何も言わず、ただ小屋の扉を見ていた。十分ほどして扉が開いた。ガンが出てきた。頬が赤く、額に汗をかいていた。


「問題ない」と言った。「温まる。石も割れていない」


 それだけ言って、水を飲んだ。スズが何か言いかけたが、ガンの顔を見て、今日は黙っておくことにしたようだった。



 誰が最初に入るかという話になったのは、確認が終わった夕方のことだった。


「私が提案したので」とスズが言った。


「建てた者が先だ」とクワが言った。珍しくすぐに言った。


「ガンさんは石を選んできたので」


「俺は入りたいとは言っていない」とガンが言った。


「顔が言っています」


「……言っていない」


「ではドウさんはどうですか」とスズがドウに向いた。


「え、私ですか」とドウが帳簿から顔を上げた。「管理者として最後の方が」


「謙遜ですか」


「そういうわけではないですが、順番に入ればいいのではないですか」


「順番にするなら最初は誰ですか」


「くじ引きにしましょう」とカイが言った。


 全員が静止した。


「くじ引き」とガンが繰り返した。


「平等なので」とカイが言った。


 誰も反論しなかった。くじを用意する間、誰も「それでいいのか」とも「他の方法がある」とも言わなかった。カイが何か言うと、たいていそうなる。


 紙切れに名前を書いて折り、ハナが引いた。ハナが結果を見て「……私ですか」と言った。少し驚いた顔をした。


「それが一番良かったですね」とスズが言った。


「なぜですか」


「ハナさんが一番大変だったから。毎日三十人分の食事を作っていた人が最初に入るのは正しい」


「……そうですか」とハナが言った。少し間があった。「では遠慮なく」


 薪を補充して加熱し直した。ハナが着替えを持って小屋に入った。二十分後に出てきたハナは、顔が赤かった。


「どうでした」とスズが聞いた。


「温まりました、とても」とハナが返した。それ以上は言わなかった。でも、それ以上の言葉が必要だとは誰も思わなかった。



 全員が順番に入った。


 夜になってから、食堂の小屋に全員が集まった。いつもの夕食の時間だったが、顔色が違った。頬がほんのり赤い者が多く、みんな少し、やわらかい顔をしていた。それだけのことなのに、なぜか食堂の空気がいつもと違った。


「なんか全員の顔が違う」とスズが言った。


「自分もだろう」とガンが椀を受け取りながら返した。


「私も」とスズが認めた。「気分が違う。顔が違う。同じ夕食なのに、なんか違う気がする」


「体が温まると気持ちが落ち着く」とミコトが言った。感情なく言ったが、頬が他の日より赤かった。


「ミコトさんも顔が赤いです」とスズが言った。


「湯気のせいだ」


「蒸し風呂なので湯気は正しいですね」


「そういう意味で言った」


 リュウが「今後の蒸し風呂の使用頻度と心身への影響について」と言い、ガンが「今は飯の時間だ」と返し、リュウが「食後に言います」と答えた。


 カイは椀を持ちながら、食堂の中を少し見渡した。ガンがいて、ミコトがいて、スズとリュウとドウとハナとクワとセリとケンがいる。全員の顔が、少しだけほぐれている。拠点に来てから一ヶ月半ほどが経ったが、今夜の顔は初めて見る顔に近かった。疲れが抜けたのか、それとも何かが足されたのか、カイにはうまく言えなかった。


 蒸し風呂の小屋の前で、ミルクが地面の草を食んでいた。暖かい空気が出ている方向にいるのは、たぶん偶然ではなかった。

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