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第15話 初めての集落からの依頼

 ミナシロからの連絡は、隊商の荷物に挟まれた手紙で届いた。


 文字で書かれた手紙は珍しかった。ミナシロには書き手がいた——語り部ではなく、帳簿を管理できる者がいる集落は文字を使う。ヤエが口述し、それを若い者が書き取ったものらしかった。


 手紙には三つのことが書いてあった。先月の物資支援に対する礼。見張り台完成を聞いて安堵したこと。そして、草毛獣の対処法を確立してほしいという依頼だった。


 内容はこうだった。ミナシロでは農地が草毛獣の被害を受けており、対策を試みてきたが効果が出ていない。農地での実験は失敗した時のリスクが大きく、思い切った手が打てない。一方、三ツ辻周辺には草毛獣が多く、農地もこれから本格的に作っていく段階だと聞いている。実証実験のできる環境として、三ツ辻に適切な対処法を確立してもらい、その知見を共有してほしい——というものだった。


 ドウが手紙をカイに渡した。カイが読んで、ガンに渡した。


「正式な依頼だ」とガンは、手紙を両手で持ったまま口を開いた。声に力が入っていた。「初めてだな、外からの仕事として」


「そうですね」


「やる」


「やりましょう」



 翌日から、ガンが動いた。


 まず周辺を確認した。拠点の東側の草地を一日かけて巡回した。草毛獣の痕跡を大量に見つけた。食痕の規模から、三十頭以上の群れが拠点周辺を根拠地にしていることがほぼわかった。


「大きい群れですね、三十頭は」とリュウが、食痕の広がりを目で計りながら言った。「拠点の畑を本格的に始めたら、確実に問題になります」


「ちょうどいい」とガンが言った。「こいつらで実験する。帰ってから設計する。今夜中に」


「どんな罠ですか」


「誘引罠だ。餌を使って引き寄せて、囲い込む。群れを分散させて農地に近づけないようにする」


「それは可能ですか」


「やってみなければわからん」



 翌朝、ガンが罠の設計を紙に書いてきた。三ヶ所に誘引ポイントを作り、草毛獣を農地から離れた方向に引き込む。ポイントに近づいた個体を、荊棘柵で作った「目に見えない囲い」に誘導して、農地方向への動線を塞ぐ。


 説明を聞いて、カイが「試してみましょう」と言った。


「問題ない設計だと思います。明後日から設置を始めます」


 二日がかりで罠を設置した。草毛獣が好む根菜類をガンが探してきて、三ヶ所のポイントに置いた。囲いとなる荊棘柵は低い——草毛獣が越えられない高さではなく、草毛獣が「そっちに行きにくい」と感じる程度の圧迫感を出すためのものだった。ガンの設計の意図がそこにあった。


「追い払うんじゃなくて、来たくない気持ちにさせるんですね」とスズが続けた。設置場所の柵を触りながら、草毛獣が来た場合の動線を頭の中でなぞるように首を動かしていた。


「そうだ。追い払えばその場は離れるが、また戻ってくる。行きにくい方向を作ったほうが長持ちする」


「ここから入って、ここで餌を見つけて、こっちに向かう」とスズは指で空中に線を引いた。「農地の方向には、この柵が視界に入る位置にあるから、そっちに行かなくなる、という感じですか」


 ガンが少し驚いた顔をした。「よく読んだな」


「外から見たほうがわかりやすかったです。ガンさんが中から組み立てたものを、私は外から見ただけなので」


「それは面白い見方だ」とガンが返した。スズの「外から全体を見る」という視点が、罠師の「内側から動線を組む」発想と補い合っていた。


「罠師の基本だ」とガンは付け加えたが、少し声が柔らかくなっていた。


「褒めましたね」とスズが言った。


「事実を言った」


「今回は素直に受け取ります」とスズが返した。ガンが「……うるさい」と言ったが、設置の続きに戻りながらだったので、止める気はないようだった。



 翌朝、確認に行くと、誘引ポイントの餌はきれいに食べられていた。足跡があった。草毛獣の群れがポイントに来た証拠だった。


「成功です!」とスズが、罠の周りの足跡を指さしながら声を上げた。


「まだわからん」とガンが返した。「農地への被害が出なかったかどうかは、ミナシロからの連絡を待たないとわからない」


「でも罠に来ましたよ、ちゃんと」


「来たことと、農地に行かなかったことは別の話だ」


 翌日、また確認した。また足跡があった。餌を補充した。


 三日目。補充した餌がまた食べられていた。


 しかし四日目、餌が残っていた。足跡がなかった。


「来なかったですね」とリュウが、残った餌をしばらく見てからつぶやいた。「なぜでしょう」


「群れが移動したか、罠を警戒し始めたかのどちらかです」とリュウが続けた。「草毛獣は見慣れない物体を全員で避ける習性があります。同じ場所の同じ罠に三日来れば、その存在に慣れる。でも構造が変わらないと、次は逆に警戒し始めることがある」


「どういうことだ」とガンが、足元の餌の山を見ながら聞いた。


「最初は珍しいので来る。次第に慣れる。でも『ここには毎回餌がある』という認識が定着すると、より安全を確認してから来るようになる。罠が変わっていなければ、より慎重になるということです」


「ではどうすれば」


「慣れさせてから誘導するフェーズが要ると思います。今すぐ動線を変えようとするのではなく、まずポイントの場所を認識させる。それから少しずつ誘導先を動かす」


 ガンが黙った。罠の前で、しばらく動かなかった。


「……時間がかかるな」


「かかります。一週間では変わりません」


「わかった」とガンは静かに返した。「もう一度設計を見直す」



 その夜、ガンがカイに「俺が間違えた」と切り出した。


「何をですか」


「早く成果を出したかった。最初の正式依頼だから。でも草毛獣は俺の都合で動かない」


「そうですね」


「リュウに聞かなかったのも間違いだ。罠師の仕事だから一人でやれると思った」


「リュウが言ったことは、正しかったですか」


「正しかった。観察が先だ。俺は設置が先だった」


 火の音が、しばらく二人の間にあった。


 カイは少し考えて「ガンさんが設置したから、リュウが観察できたとも言えます」と返した。


「どういう意味だ」


「罠に来たことで、草毛獣の動きが見えました。来なかったことで、警戒の仕方が見えました。設置がなければ、観察のデータがなかった」


 ガンが「……それは慰め方が上手いな」とつぶやいた。


「慰めていないです。本当のことを言っています」


「そうか」


「設計し直しましょう。リュウも一緒に考えてもらって」


「それがいいな」


 翌朝から、ガンとリュウが並んで設計を直し始めた。二人とも紙に図を書いていたが、最初の一時間で、二枚の図は全く別の形になっていた。


 スズが食堂から出てきて、二人の背中を見て「なんか雰囲気が違いますね」とつぶやいた。「何がですか」とカイが聞いた。「昨日まではガンさんが一人で図を書いていました。今日は二人で書いています」とスズが答えた。「それだけで違いますか」とカイが聞くと、スズが「違います。昨日のガンさんは、消してばかりいましたから」と返した。


「どこが違う」とガンが聞いた。


「方向の考え方が逆です」とリュウが、自分の図を指でなぞりながら答えた。「ガンさんの図は草毛獣を追う動線で、僕の図は草毛獣が自然に進む動線です」


「……違うのか、それは」


「根本的に違います」


 ガンが少し黙った。「使えるのはどっちだ」と聞いた。


「両方です。組み合わせます」


 リュウが二枚の紙を並べて、新しい図を描き始めた。ガンが横から「そこは地形的に無理だ」と言い、リュウが「わかりました」と言って描き直した。三十分後、また「そこも無理だ」と言われた。「なぜ先に言わない」とガンが返した。「書いてみないと気づかなかったので」とリュウが答えた。


 ガンが罠師として地形と素材を見て、リュウが草毛獣の習性から動線を考えた。二つが組み合わさると、設計が変わった。


 ミナシロへの返事を書いた。「現在実験中。もうしばらく時間をいただきたい。判明したことは順次報告する」と書いた。それで十分だと思った。ドウが「もう少し詳しく書いたほうがいいですか」と聞いたが、カイは「進捗を正直に書けばいいです」と返した。「時間がかかる」という正直な報告のほうが、「うまくいっている」という曖昧な報告より信頼されると思った。


 翌朝、その返事を隊商に預けた。


 まだ知見としてまとまるものは何もない。けれど、依頼を受けて、現場を確認し、実験を始めた。失敗も含めて記録して、いつかミナシロに返す。そこまでが、三ツ辻が初めて外の集落から受けた仕事の始まりだった。


 ガンは新しい図を丸めて、道具袋に入れた。「次は最初から観察も入れる」


「はい」とリュウが答えた。「最初から言います」


「長くなるな」


「なります」


 ガンが「短く言え」と返した。リュウが「努力します」と答えた。


 それもまた、拠点が続けていくために必要なことの一つだった。

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