第15話 初めての集落からの依頼
ミナシロからの連絡は、隊商の荷物に挟まれた手紙で届いた。
手紙には三つのことが書いてあった。先月の物資支援に対する礼。見張り台完成を聞いて安堵したこと。そして、草毛獣の対処法を確立してほしいという依頼だった。
内容はこうだった。ミナシロでは農地が草毛獣の被害を受けており、対策を試みてきたが効果が出ていない。実証実験のできる環境として、三ツ辻に適切な対処法を確立してもらい、その知見を共有してほしい——というものだった。
「正式な依頼だ」
手紙を両手で持ったまま声を落とした。力がこもっていた。
「初めてだな、外からの仕事として」
「そうですね」
「やる」
「やりましょう」
※
翌日から、ガンが動いた。
まず周辺を確認した。食痕の規模から、三十頭以上の群れが拠点周辺を根拠地にしていることがほぼわかった。
「大きい群れですね、三十頭は」
「拠点の畑を本格的に始めたら、確実に問題になります」
「ちょうどいい」
腕を組んだ。
「こいつらで実験する。帰ってから設計する。今夜中に」
「どんな罠ですか」
「誘引罠だ。餌を使って引き寄せて、囲い込む。群れを分散させて農地に近づけないようにする」
「それは可能ですか」
「やってみなければわからん」
※
翌朝、ガンが罠の設計を紙に書いてきた。三ヶ所に誘引ポイントを作り、草毛獣を農地から離れた方向に引き込む。
「試してみましょう」
「問題ない設計だと思います。明後日から設置を始めます」
二日がかりで罠を設置した。囲いとなる荊棘柵は低い——草毛獣が越えられない高さではなく、「そっちに行きにくい」と感じる程度の圧迫感を出すためのものだった。
「追い払うんじゃなくて、来たくない気持ちにさせるんですね」
「そうだ。追い払えばその場は離れるが、また戻ってくる。行きにくい方向を作ったほうが長持ちする」
「ここから入って、ここで餌を見つけて、こっちに向かう。農地の方向には、この柵が視界に入る位置にあるから、そっちに行かなくなる、という感じですか」
少し驚いた顔をした。
「よく読んだな」
「外から見たほうがわかりやすかったです。ガンさんが中から組み立てたものを、私は外から見ただけなので」
「それは面白い見方だ」
「罠師の基本だ」
付け足した声は、少し柔らかくなっていた。
「褒めましたね」
「事実を言った」
「今回は素直に受け取ります」
「……うるさい」
言いながらも設置の続きに戻っていたので、止める気はないようだった。
※
翌朝、確認に行くと、誘引ポイントの餌はきれいに食べられていた。足跡があった。
「成功です!」
「まだわからん」
慎重だった。
「農地への被害が出なかったかどうかは、ミナシロからの連絡を待たないとわからない」
「でも罠に来ましたよ、ちゃんと」
「来たことと、農地に行かなかったことは別の話だ」
翌日、また確認した。また足跡があった。餌を補充した。三日目。補充した餌がまた食べられていた。
しかし四日目、餌が残っていた。足跡がなかった。
「来なかったですね」
「なぜでしょう」
「群れが移動したか、罠を警戒し始めたかのどちらかです」
ノートをめくる。
「草毛獣は見慣れない物体を全員で避ける習性があります。同じ場所の同じ罠に三日来れば、その存在に慣れる。でも構造が変わらないと、次は逆に警戒し始めることがある」
「どういうことだ」
「最初は珍しいので来る。次第に慣れる。でも『ここには毎回餌がある』という認識が定着すると、より安全を確認してから来るようになる」
「ではどうすれば」
「慣れさせてから誘導するフェーズが要ると思います。今すぐ動線を変えようとするのではなく、まずポイントの場所を認識させる。それから少しずつ誘導先を動かす」
ガンが黙った。罠の前で、しばらく動かなかった。
「……時間がかかるな」
「かかります。一週間では変わりません」
「わかった」
静かな声だった。
「もう一度設計を見直す」
※
その夜、ガンがカイに「俺が間違えた」と切り出した。
「何をですか」
「早く成果を出したかった。最初の正式依頼だから。でも草毛獣は俺の都合で動かない」
「そうですね」
「リュウに聞かなかったのも間違いだ。罠師の仕事だから一人でやれると思った」
「リュウが言ったことは、正しかったですか」
「正しかった。観察が先だ。俺は設置が先だった」
火の音が、しばらく二人の間にあった。
「ガンさんが設置したから、リュウが観察できたとも言えます」
「どういう意味だ」
「罠に来たことで、草毛獣の動きが見えました。来なかったことで、警戒の仕方が見えました。設置がなければ、観察のデータがなかった」
「……それは慰め方が上手いな」
「慰めていないです。本当のことを言っています」
「そうか」
「設計し直しましょう。リュウも一緒に考えてもらって」
「それがいいな」
翌朝から、ガンとリュウが並んで設計を直し始めた。最初の一時間で、二枚の図は全く別の形になっていた。
「なんか雰囲気が違いますね」
「何がですか」
「昨日まではガンさんが一人で図を書いていました。今日は二人で書いています」
「それだけで違いますか」
「違います。昨日のガンさんは、消してばかりいましたから」
「どこが違う」
自分の図を指でなぞる。
「方向の考え方が逆です。ガンさんの図は草毛獣を追う動線で、僕の図は草毛獣が自然に進む動線です」
「……違うのか、それは」
「根本的に違います」
黙った。
「使えるのはどっちだ」
「両方です。組み合わせます」
二枚の紙を並べて、新しい図を描き始めた。
「そこは地形的に無理だ」
「わかりました」
描き直す。三十分後、また「そこも無理だ」と言われた。
「なぜ先に言わない」
「書いてみないと気づかなかったので」
罠師として地形と素材を見て、習性から動線を考える。二つが組み合わさると、設計が変わった。
ミナシロへの返事を書いた。「現在実験中。もうしばらく時間をいただきたい。判明したことは順次報告する」と書いた。それで十分だと思った。
「もう少し詳しく書いたほうがいいですか」
「進捗を正直に書けばいいです」
「時間がかかる」という正直な報告のほうが、「うまくいっている」という曖昧な報告より信頼されると思った。
翌朝、その返事を隊商に預けた。
まだ知見としてまとまるものは何もない。けれど、依頼を受けて、現場を確認し、実験を始めた。失敗も含めて記録して、いつかミナシロに返す。そこまでが、三ツ辻が初めて外の集落から受けた仕事の始まりだった。
新しい図を丸めて、道具袋に入れた。
「次は最初から観察も入れる」
「はい」
ノートを閉じる。
「最初から言います」
「長くなるな」
「なります」
「短く言え」
「努力します」
それもまた、拠点が続けていくために必要なことの一つだった。




