第12話 三集落から物資が届く
隊商が来たのは、建設要員が帰ってから十日ほど経った朝だった。
スズが見張り台から「荷馬車が来ます」と告げた。南東の平野の方向から、二頭の馬と一台の荷馬車が近づいていた。
「ミナシロからの預かり物です。ヤエ様からも、よろしくと」
「ありがとうございます。一泊されますか、馬も疲れているでしょうし」
「いただきます」
荷を下ろす作業が始まった。その午後、北西の丘陵の方からもう一台の荷馬車が来た。カネヅカの隊商だった。翌朝にはさらに南西の森の縁の方角から、ハラダの隊商が到着した。三集落がそれぞれ別の隊商に依頼し、それぞれ別の方向から届けに来たのだった。全方位からの物資投下、三ツ辻本日の運勢は大吉である。
※
荷を開けると、三集落の物がそれぞれ性格を持っていた。
ミナシロからは米と麦。麻袋に詰めた穀物が六袋。予備の鎌、修繕用の骨甲製の刃、蔓縄の束。
「これだけあれば二ヶ月は食料の心配が減ります」
「ミナシロの人たちが送ってくれたんですね」
「そうです。集落の蔵から出してくれた分です。だから粗末に使えません」
カネヅカからは工具。青銅製のナイフが五本、小型の鋸が二本、骨甲の小釘が大量に入った木箱。銅製の軸受けが四個。
「井戸の滑車と、水汲みの手押し車に使えます」
「木製の軸受けより五倍は持つ。カネヅカが送ってきたのは、きちんと仕事をする気があるということです」
「工具の品質でわかるんですか」
「わかります。これは手を抜いていない。カジキさんが選んだんでしょう、おそらく」
「四個全部を生活用に使うの?」
「二個は使います。残りの二個は取っておきます」
箱に戻す。
「拠点が落ち着いてきたら、隊商の予備部品として置いておけます」
青銅製のナイフを一本持ち上げて、光にかざした。
「きれいですね。ハラダでこのくらいの青銅の刃物は、一本でかなりの量の薬草との交換になるよ」
「そうです。だから大事に使ってください」
「使いたい人がいそう。ガンさんとか」
少し離れた場所からガンの声がした。聞こえていたらしい。
「俺の持ってるやつで足りてる」
「でも欲しそうでしたよ、顔が」
「余計なことを言うな」
ハラダからは薬草と植物繊維。乾燥させた薬草が何種類も束になって、麻布で丁寧に包んであった。
包みを一つずつ開けては並べていく。
「これはミンウサ草です。解熱に使います。これはハコネ根。傷の化膿を防ぐ。これは……」
手が止まった。
「これは試してない品種です!」
全員が振り返った。
「今日のリュウさん、一番大きい声でしたよ。拠点に来てから」
「そうですか」
「嬉しそうですね」
「嬉しいです」
正直な答えだった。研究者の血が、今日も朝から騒いでいる。
「試してない、というのは医療目的でということですか」
「いえ、全般的に試してないということです。採取も記録もありません。ハラダの誰かが混ぜたんだと思います」
セリが手を伸ばした。受け取って、しばらく黙って見た。珍しいことに、すぐには何も言わなかった。
「……茎の赤みは色素ですね。ハラダの山奥にあるミウヨ草に似ています。ただミウヨ草はもっと茎が太い」
「ご存知なんですか」
「知りません。似ているというだけです」
植物を返した。
「記録するなら構いません。ただし」
「食べません」
「煮出しません」
「接触実験もしません」
「……なぜ全部先に言われるんですか」
並べられた禁止事項を上から下まで一度なぞるように見下ろした。
「あなたが次に何をしようとするか、だいたいわかります」
「そんなに予測可能ですか」
「予測できるうちは安全です」
声は静かだった。
「予測できなくなったときが怖い」
それがセリなりの信頼の表明だとリュウが気づくのに、少し時間がかかった。
「ハラダのどなたが選びましたか」
「おそらく師匠のナルセさんです」
「……あの方か」
小さく息を吐いた。
「ナルセさんがわざわざ混ぜたなら、何か意図があるのかもしれません。記録はきちんとしておきなさい」
「はい」
※
荷の整理が終わった夕方、ドウが帳簿を開いた。
「今日から帳簿は全員が確認できるようにします。自分が使っているものがどこから来て、どれだけ残っているか、知っておいたほうがいい」
「私は食材だけ見ればいいですか」
「全部見てください。他の物が尽きれば食事にも影響します」
「そうですね」
三方向から別々の隊商が来た。ミナシロの隊商はカネヅカの荷を知らず、カネヅカの隊商はハラダの荷を知らない。それぞれが別の集落からここへ届けに来て、ここで荷を下ろして帰る。——ここに来れば、三集落の産物が一度に揃う。
※
夜、ミナシロの隊商の男が焚き火のそばで茶を飲んでいた。
「今日は三方向から隊商が重なりましたね」
「珍しいことです。普段はこうはならない。たまたまです」
「それはこちらとしても助かりました」
「拠点ができると、こういうことが起きます。集落ごとに別々に動いていたものが、ここで重なる。——あなたたちが長く続けてくれると、我々も動きやすい」
「続けます」
言ってから、自分でも少し驚いた。続けたい、ではなかった。続くだろう、でもなかった。ここに届いた米と工具と薬草を見た後では、やめるという選択が頭に浮かばなかった。
「若いのに、迷いがないですね」
「そうでしょうか」
「我々は移動が仕事です。どこにも根を下ろさない。だから二十歳そこそこで『ここに残る』と即答できる人は、こちらから見ると珍しい」
焚き火が揺れた。夜の星が出ていた。いつもの配置に、いつものように貼り付いている。
※
翌朝、三つの隊商は順に出発した。空になった荷馬車には、拠点から送り出す荷が積まれた。リュウが集めた薬草の余剰分と、採集で余った乾燥野菜だった。
「次は三ヶ月後に来ます。それまでに急ぎの物が入り用なら、ミナシロを通じて連絡を」
「わかりました」
三台の荷馬車はそれぞれ別の方角へ向かって遠ざかっていった。三ツ辻を起点に、それぞれが次の目的地へ散っていく。
荷馬車が見えなくなると、カイとミコトとガンの三人は巡回に出た。会話はなかった。必要があれば話す。なければ黙ったまま進む。それがこの三人の組み合わせのやり方だった。
「大岩の陰に草毛獣の新しい食痕がある。昨夜のものだ」
岩の裏側の草が根元からきれいに食われていた。
「群れではないですね」
「単独か、はぐれた個体だ」
「大きさからすると若い。親から離れたか、追い出されたか」
「農地の方向に向かっていますか」
「南東の足跡がある。でも深くない。立ち止まって草を食べてから移動した形跡だ。急いでいない」
「地図に追記します」
ノートを開いた。
「記録するのか、こういうのも」
「何が起きているかの流れがわかるので」
「……なるほど」
南の空が広かった。
「帰るか」
「はい」
「スズに話したら、また何か言うか」
「言うと思います」
「どんなことを」
「『足跡の記録ですか、素直ですね』くらいのことを言うんじゃないですか」
「……それは言われる前から先手を打っておくか」
「それだと逆に喜ばれます」
「なぜだ」
聞き返したが、拠点の門が見えてきたところでスズが見張り台から「おかえりなさーい」と声をかけてきたので、そこで話は終わった。
拠点には荷が残った。米と麦、工具、薬草、繊維。どれ一つとして、ここだけでは手に入らないものだった。それが一箇所に集まっている。
この拠点が何で成り立っているかを、初めて実感として理解した気がした。




