第13話 ガンとタケオのこと
タケオが帰る前の一週間は、ガンにとって試練だった。
柵の支柱の間隔、角材の向き、荊棘の束の高さ。いずれも些細なことだった。しかし些細なことが積み重なると、朝から口論になった。
ガンが「こうする」と言えば、タケオが「うちの集落ではこうしない」と返す。タケオが「こう組む」と言えば、ガンが「それは強度が足りない」と返す。二人とも自分の集落で長年やってきたやり方を持っていた。二人とも間違いではなかった。だからこそ、決着がつかなかった。
※
三日目の昼、見張り台の骨格を組んでいる最中に本格的な口論になった。
「骨甲の板を当てて蔓縄で締める」
「板は要らん、縄だけで十分だ」
「縄だけでは荷重がかかった時に緩む」
「縄の巻き方次第だ。うちの集落の見張り台は縄だけで十年持っている」
「ここは風が強い。丘の端だから地形が違う」
「そんなことはやってみなければわからん」
「だからやる前に強度を確認するんだ」
二人の声が大きくなった。少し離れて作業していた者たちの手が、何度か止まりかけた。
「両方やってみたらどうですか」
カイが口を挟んだ。二人が振り向く。
「見張り台の支柱は四本あります。ガンさんのやり方で二本、タケオさんのやり方で二本。雨季が来て、どちらが保ったかで確認すれば」
沈黙があった。
「……それじゃ結論が雨季まで出ないだろう」
「どうせどちらも正しいかもしれないので、急いで決めなくていいと思います」
「その間に壊れたらどうする」
「壊れたら、壊れた理由がわかります」
カイは手を止めない。
「人が乗る前に、荷重をかけて試します。危ない状態で使わないようにすれば、失敗も記録になります」
ガンが「失敗を前提にするな」と言い、タケオが「いや、試すなら悪くない」と続けた。腕を組み直して、地面の木屑を一度蹴る。
「まあ、それでいいか」
「……なんで素直に了解するんだ」
「タケオさんは、急いで決めることに意味を感じていないからじゃないですか」
「なぜわかる」
「そういう顔をしているので」
低く笑った。
「若いのによく見てる」
※
翌日の午後、見張り台の骨格を立てる作業をしているとき、南の草地からどさどさという音がした。
草毛獣だった。一頭が草地を横切って、ちょうどガンとタケオが作業している方向に向かって走ってきた。
「おい」
止まらなかった。体長八十センチ、体重二十キロほどの塊が、ガンの横を抜けて木材の山に突っ込んだ。木材がばらばらと崩れた。
「こら!」
怒鳴って追った。草毛獣が方向を変えてタケオの方へ走る。
「うわっ」
横に飛んだ。草毛獣はさらに方向を変えて、今度は食堂の小屋の方へ向かった。
「まだ話は終わってないぞ!」
走りながら叫ぶ。草毛獣を追いかけているのかタケオに言っているのか、しばらく判断がつかなかった。
「わかってる!」
タケオも走りながら叫び返す。二人が同じ方向に走っていた。柵の補修道具を持ったまま、その場に立ち止まって見ていたスズが呟く。
「これ、仲がいいの、悪いの、ガンさんとタケオさん」
「どちらもだと思います」
二人の全力疾走を見送る五人。図らずも今日一番の運動量である。
※
草毛獣は食堂の小屋の裏をぐるりと回って、荊棘柵の切れ目から外に出ていった。ミルクの抜け道として使われていた隙間だった。
二人がそこで立ち止まった。肩で息をしながら、しばらく黙っていた。
「……逃げたな」
「逃げた」
また沈黙があった。柵の隙間から外の草地が見えていた。
「なぜここに来たか、聞いていいか、タケオさん」
唐突だった。振り向く。
「ミナシロの集落が安全になってほしいから来た」
間を置かない答えだった。
「うちには十二歳の孫娘がいる。去年、草毛獣が入ってきて、畑を一晩で半分やられた。孫娘が恐ろしい目をしたと言っていた。それをまた起こしたくない。それだけだ」
「そのためにここに来た」
「そうだ。お前たちが頼りなかったら文句も言う。でも」
目を細めた。
「お前たちが本当にやる気があるなら、俺がとやかく言う必要もない。帰れる」
ガンは何も言わなかった。
「俺が帰っても安心できるか」
「安心はまだ早いかもしれないが」
顔を上げた。
「やる」
「そうか」
柵の隙間を確認した。
「ここ、塞いでおけ。ミルクの抜け道になっているが、草毛獣も使う」
「わかった」
「骨甲の板一枚で塞げる。蔓縄で止めておけばいい」
「縄だけで十分か」
少し間を置いた。
「十分だ」
※
見張り台の接合部は、最終的にガンのやり方で全部統一した。タケオが「あんたのやり方でやれ」と言ったからだ。理由を聞いたら「お前がここに残るんだから、お前のやり方が正しい」と答えた。
それがタケオの折れ方だった。
見張り台の骨格が完成した翌朝、タケオは帰った。霧がまだ出ている朝だった。
荷をまとめたタケオは、来た時と同じ格好をしていた。何度も繕いの入った厚手の作務衣。膝当ては土で黒くなっていた。農夫が旅に出るときの、余分なものを一切持たない装いだった。
ガンは柵の補修をしていた。
「頑張れ」
「ああ」
顔を上げなかった。二人はそれ以上、何も言わなかった。
タケオが隊商の列についていなくなった後、ガンはしばらく柵の前で立っていた。
カイが隣に来た。
「あの人は、うるさかったな」
「そうですね」
「でも、うるさい理由があった」
「そうですね」
「お前は、どう思った」
「何を」
「タケオさんのことを。孫娘の話とか」
少し考えた。
「そのために来た人だということは、よくわかりました」
「俺もだ」
息をついた。
「あの人が文句を言い続けた理由は、俺たちを信頼していたからじゃないかと思う。信頼してなければ、文句じゃなく無視するだろう」
「そうかもしれません」
「お前はそういうことを当たり前みたいに言うけど、俺はさっき気づいた」
「ガンさんにしては早い気づきじゃないですか」
「そういうことを言う奴に似てきたな、お前も」
「そうですか」
否定も肯定もしない、いつもの返事だった。
しばらくして、ガンが「作業を続ける」と言って立ち上がり、動いた。
カイも隣で作業を続けた。タケオが去った柵の隙間は、もうなかった。ガンがすでに塞いでいた。




