第11話 常駐の仕事を作る
建設要員の大半が帰り、拠点の日常を仕切るのは常駐組だという意識がはっきりしてきた頃、ドウが口を開いた。
「今日から、ここの日常の仕事を決めます」
食堂の小屋に集まったのは十三人だった。
「拠点の目的は、集落間の中継と、周辺の獣の監視と、緊急時の連絡です。それを達成するために、毎日何をするかを決めます」
※
話し合いは思ったより早く進んだ。朝は野廻り隊が周辺を巡回する。昼は拠点の維持管理と採集と記録をする。夜は交代で見張りを立てる。これだけを決めると、「誰が何をするか」は自然に当てはまった。
「野廻り隊の巡回範囲は、どこまでにする」
「今日、決めに行きましょう」
「どういう意味だ」
「歩いてみれば、どこまで行けるかわかります。机の上で線を引いても、現地で違ったらやり直しですし」
「それは計画と呼べるのか」
ガンはそれ以上言わなかった。反論できる材料がなかった、という顔だった。
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五人が初めて「野廻りの仕事として」拠点を出た。スズが先頭に立って歩いた。
「まず北に行きます」
「なぜ北から」
「標塔が北の方向にあります。目印になります」
丘を越えると視界が広がった。標塔は遠い。この角度から見ると、建物ではなく地形の一部のように見えた。細くて高い、金属の柱。どこまでも続く青空に向かって、ただ真っ直ぐに伸びている。
「あれ、触ったことある人いますか、標塔」
「ない」
「近くに行ったことは」
「集落の略図では、標塔は集落から遠い場所にあることになっている。わざわざ行く理由もない」
「でも気にならない?」
「気になるが、今日の仕事は巡回範囲を決めることだ」
「そうですね」
「僕は気になります」
ノートに何か書きつける。
「記録してどうする」
「記録してから考えます」
「それはカイさんと同じやり方ですね」
「まあ」
「そうか」
ガンが小さくうなずいた。なぜかそれで全員が納得した。理屈は通っていないが、勢いだけで押し通す会議、拠点の伝統である。
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北を確認した後、東へ転じた。草毛獣の痕跡が多かった。
「この密度は、近くに群れが定住しているということです」
「拠点の方向に向かっていますか」
「今は東寄りに動いています。ただ群れの行動範囲は広いので、拠点の畑に近づく可能性はあります」
「どのくらいで届きますか」
「早ければ二日、ゆっくりなら一週間以上。方向次第です」
足元の食痕を確認した。指先で土を一度ほぐして、湿り気を見る。
「新しい。昨夜のものだな」
南東へ向かうと、捕縛蔦の群生域に入った。棒で地面を叩く。踏んでいない場所の蔦がわずかに動いた。
「生きてますね、今日も」
「当然だろう」
「でも昨日と今日で動く範囲が違います。気温が上がったせいかもしれません」
ノートに書きつける。
「活性化する条件があるとすれば——」
「今は地図の話をしているんですが」
ミコトが遮った。
「すみません」
ノートに「要観察(活性化条件)」と書いて先へ進んだ。
※
南西に向かったとき、スズが先頭を歩いていて、足が止まった。
森の縁が近かった。
「針鼠狼の声が聞こえます」
鎌に手をかけたまま、振り返らずに背中で全員に伝える。全員が止まった。耳を澄ました。
「どのくらいの距離ですか」
「声の大きさから、百メートル以上は離れていると思います」
「ただし今日は風が森の方向から吹いていますから、実際はもっと近いかもしれません」
「今日はここまでにします」
誰も反論しなかった。
「妥当だ」
小声で一言。
「ガンさんが素直に同意しました」
「聞こえてる」
※
拠点に戻ったのは、太陽が西に傾き始めた頃だった。紙に方向と距離の目安を書きながら話し合った。
「北は丘の稜線まで、約二時間。東は捕縛蔦の手前まで、約一時間半。南西は森の縁の手前まで、約一時間。西はナル川まで、約十五分」
「それが今日わかったことです」
紙の余白の広さを見た。
「それだけですか」
「今日はそれだけです」
「わかりました。毎日少しずつ広げていくということですね」
「そのつもりです」
「一週間後にどこまで行けますか」
「一週間後にわかります」
「……なるほど」
それ以上、何も聞かなかった。
「計画がない」
ガンが隣で小声でこぼした。
「柔軟と言ってください」
※
その夜、ミコトがカイに地図の紙を見せた。自分でも書いていたらしかった。今日の巡回で見たものが、距離の目安と一緒に書いてあった。
「いつ書いたんですか、これ」
「歩きながら」
「歩きながら書けますか」
「慣れる」
二枚の紙を重ねると、記録の内容が近かった。ただミコトの紙には、それぞれの距離と角度が数字で書いてあった。歩数で測ったらしい。
「これをベースに作りますか、地図」
「それでいい」
リュウが横から首を突っ込んだ。
「僕のメモも参考にしてください」
「食べられる草の記録は別で良いです」
「別にもしますが、合わせたほうが情報が多い」
三枚の記録を並べた。それが、三ツ辻の最初の危険地図の始まりだった。
翌朝、ガンが言いに来た。
「昨日のリュウのメモを貸せ」
「どうしましたか」
「捕縛蔦の分布の話が気になって眠れなかった」
「そういうことを言ってくれると助かります」
「……俺はそんなに言わないほうか」
「今まで一度も言いませんでした」
「そうか」
ノートを持って出ていった。
「また素直じゃないですか」
「口に出さない人なんですね」




