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第11話 常駐の仕事を作る

 建設要員の大半が帰り、タケオもまだ残っているが、拠点の日常を仕切るのは常駐組だという意識がはっきりしてきた頃、ドウが口を開いた。「今日から、ここの日常の仕事を決めます」


 食堂の小屋に集まったのは十三人だった。ドウ、ハナ、クワ、ケン、セリ、野廻り隊の五人(カイ、ガン、ミコト、リュウ、スズ)、そして三人の端数——ミナシロから来た中年の男・ヤス、ハラダから来た女・モモ、カネヅカから来た老職人・ロウ。端数の三人は常駐を決めたわけではなく、次の隊商が来るまで様子を見るという立場だった。タケオは柵の作業があるため来ていなかった。


「拠点の目的は、集落間の中継と、周辺の獣の監視と、緊急時の連絡です」とドウは続けた。「それを達成するために、毎日何をするかを決めます」



 話し合いは思ったより早く進んだ。ドウが「朝・昼・夜に何をするか」という枠を先に示したからだ。


 朝は野廻り隊が周辺を巡回する。昼は拠点の維持管理と採集と記録をする。夜は交代で見張りを立てる。これだけを決めると、「誰が何をするか」は自然に当てはまった。


「野廻り隊の巡回範囲は、どこまでにする」とガンが聞いた。


「今日、決めに行きましょう」とカイが答えた。


「どういう意味だ」


「歩いてみれば、どこまで行けるかわかります。机の上で線を引いても、現地で違ったらやり直しですし」


 ガンが「それは計画と呼べるのか」と返したが、それ以上は言わなかった。反論できる材料がなかった、という顔だった。



 五人が初めて「野廻りの仕事として」拠点を出たのは、朝の太陽が十分に上がった頃だった。


 スズが先頭に立って歩いた。「まず北に行きます」とスズが切り出した。


「なぜ北から」とガンが聞いた。


「標塔が北の方向にあります。目印になります」


 北の稜線に向かって歩いた。地面は乾いていて、草は膝の高さまである。足元に捕縛蔦がないかを確認しながら進む。リュウが進みながらノートに植生を書き留めていた。


 丘を越えると視界が広がった。平らな地形が続き、低い灌木が点在していた。標塔は遠い。この角度から見ると、建物ではなく地形の一部のように見えた。細くて高い、金属の柱。どこまでも続く青空に向かって、ただ真っ直ぐに伸びている。神代の時代から、どれほどの年月が経ったのかも定かでないが、風化した様子がない。見ているこちらが変わっているだけで、あれは変わらない。


「あれ、触ったことある人いますか、標塔」とスズが歩きながら尋ねた。視線は北の稜線の向こうの細い柱を追っている。


「ない」とガンが短く返した。


「近くに行ったことは」


「集落の略図では、標塔は集落から遠い場所にあることになっている。わざわざ行く理由もない」


「でも気にならない?」


「気になるが、今日の仕事は巡回範囲を決めることだ」


 スズが「そうですね」と答えて前を向いた。リュウが「僕は気になります」とノートに何か書きながら続けた。「記録してどうする」とガンが返した。「記録してから考えます」とリュウが答えた。「それはカイさんと同じやり方ですね」とスズが口を挟んだ。「まあ」とカイが答えた。「そうか」とガンが言った。なぜかそれで全員が納得した。


 カイは歩きながら、標塔を見ていた。拠点から見える二本のうち、北の標塔は丘の稜線のちょうど向こうに立っている。天頂付近に来ると、光の角度によって金属光沢がかすかに変わる。それ以外は何も変わらない。日の出の前も、嵐の後も、変わらない。


 父親のメモにも、標塔の言及があった。「構造ノード」という言葉だったと思う。そして石柱の遺物に刻まれていた「制御区画B7」。あの金属光沢は標塔と同じだった。もし二つが関係しているなら——地図ができれば、標塔の位置も記せる。拠点からの距離と角度がわかれば、父のメモの言葉に少し近づけるかもしれない。意味はわからなかった。それでも、地図を作ることは無駄ではないと思った。



 北を確認した後、東へ転じた。東は平野に向かう緩やかな斜面で、草毛獣の痕跡が多かった。糞と食痕が散在していた。リュウが「この密度は、近くに群れが定住しているということです」と続けた。


「拠点の方向に向かっていますか」とカイが、リュウのノートを覗き込みながら聞いた。


「今は東寄りに動いています。ただ群れの行動範囲は広いので、拠点の畑に近づく可能性はあります」とリュウが答えた。


「どのくらいで届きますか」


「早ければ二日、ゆっくりなら一週間以上。方向次第です」


 ガンが足元の食痕を確認した。指先で土を一度ほぐして、湿り気を見ている。「新しい。昨夜のものだな」


 草毛獣の群れがこのあたりを根拠地にしていることが、この時点でほぼわかった。


 南東へ向かうと、捕縛蔦の群生域に入った。リュウが「ここです」と言って棒で地面を叩いた。踏んでいない場所の蔦がわずかに動いた。


「生きてますね、今日も」とリュウがつぶやいた。


「当然だろう」とガンが返した。


「でも昨日と今日で動く範囲が違います。気温が上がったせいかもしれません」とリュウはノートに書きながら続けた。「活性化する条件があるとすれば——」


「今は地図の話をしているんですが」とミコトが遮った。


 リュウが「すみません」と言って、ノートに「要観察(活性化条件)」と書いて先へ進んだ。



 南に向かったとき、スズが先頭を歩いていて、足が止まった。


 森の縁が近かった。木の背丈が急に高くなり、地面が影に入っていた。木々の間に奥行きがある。風が木の葉を揺らす音と、それ以外の音が混ざっていた。


「針鼠狼の声が聞こえます」とスズが小声で告げた。鎌に手をかけたまま、振り返らずに背中で全員に伝える。


 全員が止まった。耳を澄ました。低い、遠い、断続的な声だった。威嚇ではなく、縄張りを示す声だとリュウが言った。


「どのくらいの距離ですか」とカイが聞いた。


「声の大きさから、百メートル以上は離れていると思います」とリュウが答えた。「ただし今日は風が森の方向から吹いていますから、実際はもっと近いかもしれません」


「今日はここまでにします」とカイが静かに返した。


 誰も反論しなかった。ガンが「妥当だ」と小声で言った。スズが「ガンさんが素直に同意しました」と小声で返した。「聞こえてる」とガンが言った。森の方角に背中を向けて、全員が来た道を戻り始めた。



 拠点に戻ったのは、太陽が西に傾き始めた頃だった。


 食堂の小屋で地図を広げた——広げた、と言っても実際には地図はなく、紙に方向と距離の目安を書きながら話し合った。


「北は丘の稜線まで、約二時間。東は捕縛蔦の手前まで、約一時間半。南は森の縁の手前まで、約一時間。西はナル川まで、約十五分」とスズが、紙の方位を指でなぞりながら報告した。


「それが今日わかったことです」とカイが続けた。


「それだけですか」とドウが、紙の余白の広さを見ながら聞いた。


「今日はそれだけです」


 ドウが少し考えた。「わかりました。毎日少しずつ広げていくということですね」


「そのつもりです」


「一週間後にどこまで行けますか」


「一週間後にわかります」


 ドウが「……なるほど」とつぶやいた。それ以上は何も聞かなかった。


 ガンが隣で「計画がない」と小声でつぶやいた。スズが「柔軟と言ってください」と返した。



 その夜、ミコトがカイに地図の紙を見せた。自分でも書いていたらしかった。今日の巡回で見たもの——草毛獣の食痕の位置、捕縛蔦の群生域の縁、針鼠狼の声が聞こえた方向——が、距離の目安と一緒に書いてあった。


「いつ書いたんですか、これ」


「歩きながら」


「歩きながら書けますか」


「慣れる」


 二枚の紙を重ねると、記録の内容が近かった。見ているものが同じだった。ただミコトの紙には、それぞれの距離と角度が数字で書いてあった。歩数で測ったらしい。


「これをベースに作りますか、地図」とカイが聞いた。


「それでいい」とミコトが短く返した。


 リュウが横から首を突っ込んで「僕のメモも参考にしてください」と口を挟んだ。


「食べられる草の記録は別で良いです」とミコトが返した。


「別にもしますが、合わせたほうが情報が多い」


 三枚の記録を並べた。それが、三ツ辻の最初の危険地図の始まりだった。


 翌朝、ガンが「昨日のリュウのメモを貸せ」と言いに来た。「どうしましたか」とリュウが聞くと、「捕縛蔦の分布の話が気になって眠れなかった」と返ってきた。リュウが「そういうことを言ってくれると助かります」と言いながらノートを渡した。「……俺はそんなに言わないほうか」とガンが聞いた。「今まで一度も言いませんでした」とリュウが答えた。ガンが「そうか」と言ってノートを持って出ていった。スズが「また素直じゃないですか」と小声でリュウに言った。「口に出さない人なんですね」とリュウが返した。

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