第10話 建設仕事を引き継ぐ
建設要員たちが帰り始めた。
一度に全員が帰るのではなく、隊商の動きに合わせてまとまりで出ていく。ミナシロへ向かう隊商が来れば、ミナシロ組がそれについて帰る。カネヅカへの隊商が来ればカネヅカ組が帰る。人の移動は隊商の予定に依存していた。集落と集落の間を単独で歩けるのは、武装して道を熟知した者だけだ。
最初にまとまって帰ったのはカネヅカ組の七人で、ケンを除いた全員だった。朝、荷をまとめて、挨拶を短く済ませて、隊商の列の後ろについた。列が北西の丘陵を越えて見えなくなると、残った者たちはしばらく眺めていた。それから各自の作業に戻った。
数日後にハラダ組の大半が帰った。ミナシロ組も帰り始めたが、タケオだけがまだ残っていた。西側の柵の完成と見張り台の骨格の仕上げが終わるまで帰らないと言っていた。
拠点が静かになった。
三十人いた人数が、タケオを残してほぼ半分以下になったことは、日常の細部にすぐ現れた。食事の量が減った。夜の見張りを回す人数が減った。作業の声が少なくなった。
初めて常駐組だけで迎えた夜、ハナが夕食を作りながら「なんか静かですね」とつぶやいた。
「静かですね」とカイが返した。
「これが普通になるんですね」
「そうなると思います」
「慣れるまで少し時間がかかりそうです」
ハナが鍋をかき混ぜた。今日の夕食は豆と乾燥肉の煮込みだった。三十人分を毎日作っていた頃より鍋が小さく、食材は少し余裕が出ていた。「量が減ると、味に気を使えます」とハナが続けた。三十人の時は量を確保するだけで精一杯だったのだ、とカイは初めて気づいた。
食事のとき、全員が小さな食堂の小屋に入れた。三十人のときは外に溢れていたが、十二人なら全員が屋内に収まった。それが妙に新鮮だった。
翌朝から、引き継ぎが本格的に始まった。
建設の専門家が去ったことで、クワが全ての設備管理を一人で抱えることになった。クワは前日から設備の状態を一箇所ずつ確認して回り、補修が必要な場所をケンに教えていた。ケンは黙ってついて歩き、クワが言ったことをメモに書いた。
「この柱は二ヶ月後に取り替える。それまでは東の壁に負荷をかけるな」とクワが口を開いた。
「どうやって負荷をかけないようにするんですか」とケンが聞いた。
「東の壁に重いものを立てかけない。それだけだ」
「わかりました」
しばらく歩いてから、ケンが「メモしていいですか」と口を開いた。
「していい」
「紙を持っていません」
クワが少し止まった。「……言えば渡す」
「次からそうします」
「今すぐ言え」
「紙をください」
クワが懐から紙を一枚取り出して渡した。ケンが「ありがとうございます」と受け取って、さっきまでの内容を書き始めた。こういう会話が、朝から午後まで続いた。伝えることが多すぎた。クワが「時間がかかる」とつぶやいた。ケンが「焦りません」と返した。
昼過ぎには、ケンの紙の余白がなくなった。
「裏に書け」とクワが言った。
「裏はさっきの続きです」
「では別の紙だ」
「ください」
クワは一瞬だけ、最初からそう言えという顔をした。それでも紙を渡した。ケンは受け取って、何事もなかったように書き始めた。
ガンは柵の補修を一人でやり始めた。タケオに教わった通り、緩んだ杭を木槌で打ち直す。骨甲製の杭は木製より丈夫だが、土が緩むと抜けてくる。特に雨の後はひどい。全周を見て回ると、緩んでいる場所が十数箇所あった。
「これ全部、俺一人でやるのか」とガンがつぶやいた。
「手伝います」とスズが申し出た。
「お前は巡回の仕事があるだろう」
「今日はまだ出発前です」
二人で柵を補修した。ガンが杭の位置を決め、スズが打ち込む。スズは木槌の扱いが上手かった。打ち方にリズムがあって、力を余らせなかった。
「どこで覚えた」とガンが聞いた。
「集落で、普通に」とスズが答えて、次の杭の場所へ移動した。「ハラダは薬草を砕くのに木槌を使うので。力加減が似ています」
「薬師じゃないのに」
「みんな使います。家によって大きさが違って、うちは少し小さいやつでした」
ガンが「なるほど」と言った。スズの格好を横から一度見た。短く折り返した袖と裾から出ている腕と脚は、細いが筋がある。采配仕事の印象が強かったが、体を使う仕事にも慣れているのだとわかった。
「寒くないのか」とガンが聞いた。この格好で、という意味だった。
「今は動いているので」とスズが答えた。「止まると寒いです。だから止まらないようにします」
「……効率的だな」
「そうですか? 単純に動いてないと落ち着かないだけですけど」
ガンが「そういうやつが一番疲れを知らないんだ」と返した。悪い意味ではなかった。
午前中、スズとリュウとカイの三人は巡回に出ていた。
北から東にかけてを一周する、今日の担当ルートだった。拠点を出て北西の丘陵の稜線手前まで歩き、東へ折れて捕縛蔦の群生域の縁を確認し、南東の標塔の方向を経由して拠点に戻る。全部で三時間ほどの道のりだ。
特に何もなかった。
草毛獣の食痕は昨日と変わらない範囲にあった。捕縛蔦の分布は先週と同じだった。針鼠狼の声は聞こえなかった。土が少し乾いている——昨夜の露がよく蒸発したのかもしれない、とリュウが書いた。カイは道沿いの地形の変化を確認しながら歩いた。特に報告すべき変化はなかった。
「今日は何もないですね」とスズが帰り道につぶやいた。
「良いことです」とカイが返した。
「良いことなんですけど、なんか物足りない気がします」
「慣れます」
「慣れますかね」
「何かあったほうが良い、とは思わないほうがいいです」
リュウが「物足りないのはわかります」と続けた。「でも今日、ナル川沿いの草が前回と違う向きに倒れていました。風の流れが変わっているかもしれません」
「……リュウさん、それは何もなかったじゃないですか」
「記録が増えました」
「そういう人ですよね、リュウさんって」とスズが笑った。
「なにがですか」
「何かあっても何もなくても、同じ顔で帰ってきます」
「どちらも仕事ですから」とリュウが答えて、ノートに何か書き加えた。
スズが「そうですね」と言って、拠点の見張り台を見た。朝出発したときと同じ格好で立っている。特に何も変わっていない。それが正しい状態だった。
夕方、野廻りの巡回から戻ってきたミコトが、ガンに「北の柵を一箇所見逃している」と言った。
「どこだ」
「北東の角から五番目」
ガンが確認に行くと、たしかに杭が二本、根元から傾いていた。タケオが「四本目が緩んでいる」と言っていた場所のすぐ隣だった。直そうとして、もう一本見落としていた。
「なんで気づいた」とガンがミコトに聞いた。
「通った時に揺れていた」
「見て揺れがわかるか」
「風向きと揺れ方が合っていなかった」
ガンが黙った。ミコトの目の良さは、矢を放つことだけに使われているわけではないのだとわかった。
「次から一緒に確認してもらえるか」とガンは頼んだ。
「いい」とミコトは短く返した。長い返事ではなかったが、確かな了解だった。
その夜、スズにその話をすると、「ミコトさんに頼んだんですね」と少し驚いた顔をした。
「なんか変か」
「いえ、ガンさんが人に頼むのを見たのが初めてだったので」
「俺はそんなに頑固か」
「そういうわけじゃないですけど……素直じゃないですか、それ」
「うるさい」とガンが返した。スズが小声で「素直」と繰り返した。ガンが「聞こえてる」と言った。
夜、全員が食堂の小屋に集まった。クワが棚の修繕の経過を報告し、ガンが柵の補修状況を報告した。ドウが帳簿を確認した。
「物資の在庫があと三週間分です」とドウが口を開いた。「次の隊商が来るまでに採集で補えますか」
「補えます」とリュウが答えた。「今の季節は野草も根菜も採れます。三週間なら問題ない」
「わかりました。では採集の計画を立ててください」
それだけの会話だった。建設要員がいた頃の、あの混乱した大人数の話し合いとは違う。必要なことを、必要な人間が、短く言う。それで済んだ。
カイは食事を食べながら、この変化が何なのかを考えた。人が減ったことで、一人ひとりの言葉が重くなった。余分な声がなくなって、必要な言葉だけが残った。
それは良いことだと思った。同時に、人が減ったことの寂しさも、まだあった。
二つが同時にあることに、特に矛盾は感じなかった。
夜、日誌を書いた。建設要員が帰ったこと、クワとケンが引き継ぎを始めたこと。書き終えてから、父のメモを少し開いた。「制御区画B7」の頁だ。隣に「標塔との連動」という言葉があった。先日の石積みで見た文字と、この世界のどこにでもある標塔——二つの間に何があるのか、カイはまだわからなかった。いつか確かめる機会が来るだろうと思いながら、メモを閉じた。




