↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/111

第10話 建設仕事を引き継ぐ

 建設要員たちが帰り始めた。


 一度に全員が帰るのではなく、隊商の動きに合わせてまとまりで出ていく。最初にまとまって帰ったのはカネヅカ組の七人で、ケンを除いた全員だった。朝、荷をまとめて、挨拶を短く済ませて、隊商の列の後ろについた。列が北西の丘陵を越えて見えなくなると、残った者たちはしばらく眺めていた。それから各自の作業に戻った。


 数日後にハラダ組の大半が帰った。ミナシロ組も帰り始めたが、タケオだけがまだ残っていた。



※



 拠点が静かになった。


 三十人いた人数が、タケオを残してほぼ半分以下になったことは、日常の細部にすぐ現れた。


「なんか静かですね、十二人だけだと」


「静かですね」


「これが普通になるんですね、これからは」


「そうなると思います」


「慣れるまで少し時間がかかりそうです」


 鍋をかき混ぜる。今日の夕食は豆と乾燥肉の煮込みだった。三十人分を毎日作っていた頃より鍋が小さく、食材は少し余裕が出ていた。


「量が減ると、味に気を使えます」


 三十人の時は量を確保するだけで精一杯だったのだ、とカイは初めて気づいた。



※



 翌朝から、引き継ぎが本格的に始まった。


 建設の専門家が去ったことで、クワが全ての設備管理を一人で抱えることになった。設備の状態を一箇所ずつ確認して回り、補修が必要な場所をケンに教える。ケンは黙ってついて歩き、言ったことをメモに書いた。


「この柱は二ヶ月後に取り替える。それまでは東の壁に負荷をかけるな」


「どうやって負荷をかけないようにするんですか」


「東の壁に重いものを立てかけない。それだけだ」


「わかりました」


 しばらく歩いてから。


「メモしていいですか」


「していい」


「紙を持っていません」


 クワが少し止まった。立ち止まったまま、無表情にケンを見る。


「……言えば渡す」


「次からそうします」


「今すぐ言え」


「紙をください」


 懐から紙を一枚取り出して渡した。ケンは受け取ると、さっきまでの内容を書き始めた。


「ありがとうございます」


 こういう会話が、朝から午後まで続いた。伝えることが多すぎた。


「時間がかかる」


「焦りません」


 昼過ぎには、ケンの紙の余白がなくなった。


「裏に書け」


「裏はさっきの続きです」


「では別の紙だ」


「ください」


 最初からそう言えという顔をした。それでも紙を渡した。ケンは受け取って、何事もなかったように書き始めた。師弟の紙資源問題、絶えることなし。



※



 ガンは柵の補修を一人でやり始めた。緩んだ杭を木槌で打ち直す。全周を見て回ると、緩んでいる場所が十数箇所あった。


「これ全部、俺一人でやるのか」


「手伝う」


 スズが後ろから顔を出す。


「お前は巡回の仕事があるだろう」


「今日はまだ出発前です。三十分は時間あります」


 二人で柵を補修した。ガンが杭の位置を決め、スズが打ち込む。打ち方にリズムがあって、力を余らせなかった。


「どこで覚えた、その打ち方」


「集落で、普通に。ハラダは薬草を砕くのに木槌を使うので。力加減が似ています」


「薬師じゃないのに」


「みんな使います」


「なるほど」


 横から一度見た。短く折り返した袖と裾から出ている腕と脚は、細いが筋がある。


「寒くないのか」


「今は動いているので。止まると寒いです。だから止まらないようにします」


「……効率的だな」


「そう? 単純に動いてないと落ち着かないだけだけど」


「そういうやつが一番疲れを知らないんだ」


 悪い意味ではなかった。



※



 午前中、スズとリュウとカイの三人は巡回に出ていた。特に何もなかった。草毛獣の食痕は昨日と変わらない範囲。捕縛蔦の分布は先週と同じ。針鼠狼の声は聞こえなかった。「土が少し乾いている」とリュウが書いた。


 帰り道、ナル川の上流寄りに差し掛かったところで、スズが「籠、確認してきます」と川岸に向かった。三分ほどして戻ってきたスズが、手にした籠を二人の前に持ち上げる。中に魚が七、八尾入っていた。


「入ってました!」


「良かったです」


「ドンもいなかったし、上流は安全ですね」


「この魚、ナル川にこんなにいるんですね。先週は一尾も入っていなかったのに」


「場所を少し変えました。石の陰に置いたら来るようになった」


「ドンが使ってた石の裏側です」


「ドンの縄張りを参考にした」


「そういうことになります」


 帰り道、屋根を見上げる。


「今日は何もないね」


「良いことです」


「良いことなんだけど、なんか物足りない気がする、巡回って」


「慣れます」


 ノートを片手に、リュウが顔を上げた。


「今日、ナル川沿いの草が前回と違う向きに倒れていました。風の流れが変わっているかもしれません」


「……リュウさん、それは何もなかったじゃないですか、結局」


「記録が増えました」


「記録が好きな人ですよね、リュウさんって」


「なにがですか」


「何かあっても何もなくても、同じ顔で帰ってきます」


「どちらも仕事ですから」


 この男の情緒は常に一定である。晴れでも嵐でも、記録帳の前では平常運転。


 夕方、野廻りの巡回から戻ってきたミコトが、ガンに「北の柵を一箇所見逃している」と言った。


「どこだ」


「北東の角から五番目」


 確認に行くと、たしかに杭が二本、根元から傾いていた。


「なんで気づいた、見ただけで」


「並びが揃っていなかった」


「そんな細かいところまで見えるか」


「等間隔で並んでいるものが一本だけずれていれば、わかる。距離を目で測る習慣があるので」


 ガンが黙った。ミコトの目の良さは、矢を放つことだけに使われているわけではないのだとわかった。


「次から一緒に確認してもらえるか、巡回のついでに」


「いい」


 短い返事だった。長くはなかったが、確かな了解だった。


 その夜、スズにその話をすると、少し驚いた顔をした。


「ミコトさんに頼んだんですね、ガンさんから」


「なんか変か」


「いや、ガンさんが人に頼むのを見たのが初めてだったから」


「俺はそんなに頑固か」


「そういうわけじゃないけど……素直じゃない、それ」


「うるさい」


 スズが小声で「素直」と繰り返す。


「聞こえてる」



※



 その夜の夕食に、焼き魚が出た。皮が少し焦げて、脂が落ちて煙が上がった。


「魚です。籠罠から来ました。スズさんが持ってきてくれたので」


「ちゃんと食べられますね」


「骨が細いので気をつけてください」


「おいしい」


 骨を丁寧によけながら食べる。


「魚を焼いた日の食堂は良い匂いですね」


「今後も籠は続けましょう」


「俺の籠の設計を褒めろ」


「ガンさんの籠の設計が良かったです」


「それでいい」


 夜、全員が食堂の小屋に集まった。クワが棚の修繕の経過を報告し、ガンが柵の補修状況を報告した。ドウが帳簿を確認した。


「物資の在庫があと三週間分です」


「次の隊商が来るまでに採集で補えますか」


「補えます」


 即答だった。


「今の季節は野草も根菜も採れます。三週間なら問題ない」


「わかりました。では採集の計画を立ててください。明日の朝までに」


 それだけの会話だった。建設要員がいた頃の、あの混乱した大人数の話し合いとは違う。必要なことを、必要な人間が、短く言う。それで済んだ。


「なんか、今夜は静かですね」


「十二人分の静かさです。悪くないと思います」


 少し考えてから「確かに」とつぶやいた。ガンが何も言わなかった。それが、同意と同じだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。