第109話 外の世界という言葉
覚醒の、前日だった。
五人は、保存槽区画で、最後の確認をしていた。アオイを、安全に起こす手順。覚醒後の、対応。万が一の、撤退。何度も、確認した。
その作業の中で、カイは、保存槽の周りの、別の記録を、読んだ。これまで、読めなかった文字が、覚醒の準備で、装置が動き始めたせいか、読めるように、なっていた。
「新しい言葉が、読めます」
カイが、壁面に顔を近づけた。
文字を、追っていく。これまでより、長い、説明のような、文章だった。
「『外界』」
文字を、一つずつ拾う。「『航行』。『環境維持』。『乗員退避』」
カイは、その言葉を、つなげた。
「外界」
意味をたぐる。「世界の、外。航行は……どこかへ、向かう、こと。環境維持は、環境を、保つこと。乗員退避は――乗員が、避難すること」
「全部、つなげると」
リュウが、息を詰めた。「この世界は、どこかへ、向かう、乗り物で。環境を、保ちながら、航行している。そして、乗員が、避難して、保存された――」
「世界の、外がある」
ミコトが、静かに言った。「そして、世界は、どこかへ、向かっている」
五人は、しばらく、黙っていた。
世界に、外がある。世界が、どこかへ、向かっている。その考えは、これまで、ぼんやりとしていた。だが、今、文字として、はっきりと、目の前に、あった。
「信じられません」
スズが、首を振った。「世界の、外があるなんて」
「でも、文字には、そう書いてあります」
カイは、その文字を、読みながら、父のことを、考えた。
「父は」
指を止めた。「これを、どこまで、知っていたんでしょうか」
「お父さんも、これを、読んだかもしれません」
「読んだとしたら」
カイが、声を落とす。「父は、世界の、秘密を、知っていた。世界に、外があること。世界が、どこかへ、向かっていること。それを、知りながら――」
「黙っていた」
ミコトが、後を継いだ。
「いえ」
カイが、首を振る。「父は、世界の秘密を、知りたくて、ここに来たんじゃ、ないと思います」
全員が、カイを、見た。
「父は」
カイの声が、少し詰まった。「私を、救うために、ここに来ました。ナノマシンを、持ち出すために。世界の秘密は、その、ついでに、知ったものです。父が、欲しかったのは、世界の秘密じゃ、なくて、私の、命でした」
その対比が、カイの胸に、重く残った。
「父は」
ゆっくり言った。「世界の、秘密を、知りました。でも、それを、追いかけませんでした。私を、救って、禁域を、閉じて、死にました。世界の秘密より、私の命を、選んだ」
「お父さんらしい、ですね」
「らしい、ですか」
「だって」
スズが、少し身を乗り出す。「世界の秘密って、すごく、大きいことです。でも、お父さんは、それより、カイさんを、選んだ。それは、すごく、人間らしい、選択です」
カイは、少し、笑った。「そうですね。父は、人間らしい、選択を、しました」
「私たちも」
ミコトが、槽に目をやった。「世界の秘密を、追いかけている。でも、それだけじゃ、ない。アオイを、起こすのは、世界の秘密を、知るためじゃない。あの人を、見殺しにしないためだ」
「ハナさんが、言いました」
カイが、うなずく。「起きたら、まず、温かいものを、出す、と。世界の秘密より、先に、人として、迎える」
「お父さんと、同じです」
スズが、柔らかく言った。「世界の秘密より、人を、選ぶ」
その夜、カイは、外に出た。
冬の空に、星が、出ていた。動かない星。もし、世界が、航行する乗り物なら、この星は、外界の、星なのだろうか。それとも、乗り物の、一部なのだろうか。
明日、アオイが、目を覚ます。そうしたら、聞けるかもしれない。世界が、何なのか。星が、何なのか。外界が、どこにあるのか。
ガンが、隣に来た。
「明日だな」
白い息を吐いた。
「明日です」
カイが、うなずく。「アオイさんを、起こします」
「世界に、外があるそうだな」
ガンが、横目でよこした。「リュウから、聞いた」
「あるみたいです」
カイが、うなずく。「世界は、どこかへ、向かう、乗り物かもしれません」
ガンが、空を、見上げた。世界の外。航行。乗り物。若い者たちが、夜通し頭を抱えていた、途方もない話。それを聞いた男の、返事はこうだった。
「外があろうが、なかろうが」
言葉を、一度切る。「俺たちは、ここで、生きていく。薪を割って、飯を食って、見張りをする。それは、変わらない」
「変わりません」
「なら」
ガンが、鼻を鳴らした。「世界に外があっても、怖くない」
カイは、少し、笑った。世界に、外がある。世界が、乗り物かもしれない。それは、大きすぎる、秘密だった。だが、ガンの言う通りだった。秘密が、何であっても、三ツ辻の、日々は、続く。薪を割って、飯を食って、見張りをする。
「明日、起こします」
カイが、星から目を戻した。「そして、温かいものを、出します」
「ああ」
ガンが、短く応じた。
冬の星が、いつもの場所に、あった。明日、その星が、何なのか、わかるかもしれなかった。




