第108話 三集落に話す日
三集落の代表が、三ツ辻に、集まった。
ミナシロのヤエ、カネヅカのカジキ、ハラダのナルセ。三人が、一堂に会するのは、珍しいことだった。三ツ辻評議会室に、三集落の代表と、三ツ辻の主要な者が、集まった。
カイが、報告した。禁域の中に、保存槽があったこと。その中に、二千年前の人間が、眠っていること。その人を、起こすことに決めたこと。
禁域の鍵が、カイの体だということや、ナノマシンのことは、話さなかった。だが、保存槽の人のことは、話した。三ツ辻だけで、抱えるには、大きすぎたからだ。
「二千年前の、人間」
ヤエが、眉をひそめた。「それが、まだ、生きていると」
「生きています」
カイが、うなずく。「でも、保存が、終わりかけている。起こさなければ、死にます」
三人の代表は、それぞれ、違う反応を、示した。
ヤエは、安全を、問うた。
「その人間を、起こして」
鋭く問う。「危険は、ないのですか。二千年前の人間が、何を、するか、わからないでしょう」
「わかりません」
カイが、まっすぐ答える。「でも、慎重に、起こします。何か、あれば、対応できるように、準備します」
「準備で、足りるのですか」
「足りるか、わかりません」
カイは、目をそらさない。「でも、見殺しには、できません」
ヤエは、しばらく、カイを、見ていた。それから、言った。「……あなたたちは、いつも、そうね。危なくても、やる。でも、今回は、特に、慎重にしなさい」
「はい」
カイが、頭を下げた。
カジキは、管理の手順を、問うた。
「起こした後の、ことは」
腕を組む。「どうするのか。住む場所、食事、世話。それから、その人間が、何か、知っていたとして、その知識を、どう扱うのか」
「住む場所は、用意します」
ドウが、帳簿を開いた。「食事は、ハナさんが。世話は、セリさんと、リュウさんが。知識については――」
「慎重に、扱います」
カイが、引き取った。「すべてを、すぐに、広めるつもりは、ありません。父も、ナルセさんも、ユズキさんも、語らないことが守ること、と言いました。私も、そう思います」
「手順を、決めているなら」
カジキが、短く言った。「いい。行き当たりばったりで、やるな。それだけだ」
「決めています」
ドウが、帳簿を叩いた。「帳簿に、全部、記録してあります」
「カジキさんらしい、確認です」
スズが、小声でこぼした。二千年前の人間が眠っていようが、この人が最初に確かめるのは段取りである。ぶれない。
ナルセは、長く、黙っていた。
他の二人が、話し終えても、ナルセは、何も言わなかった。ただ、考えている様子だった。
やがて、口を開いた。
「カツオが」
ナルセの声は、低かった。「あなたの父が、最後に、調べていたのが、これですか」
「たぶん」
カイが、静かに答える。「父は、保存槽を、守ろうとして、死にました。中にいる、この人を」
「カツオは」
ナルセが、遠くを見る目をした。「いつも、言っていました。世界には、私たちが、知らないことがある、と。私は、ただの、語り部の戯言だと、思っていました。でも、カツオは、本気でした。そして、本当に、見つけたのですね」
「父が、見つけたものを」
カイが、言葉を継いだ。「私が、続けています」
「カツオの、続きを」
少し、声が、震えていた。「あなたが、やっているのですね」
「はい」
ナルセは、しばらく、目を閉じていた。
「カツオは」
目を閉じたまま言った。「いい男でした。語り部の家系なのに、語ることより、調べることが、好きでした。危ないことばかり、していました。そして、死にました」
「すみません」
「謝らないでください」
ナルセが、静かに首を振る。「あなたが、悪いのでは、ありません。カツオが、選んだことです。そして、あなたが、その続きを、やっている。それは、いいことです。ただ――」
「ただ?」
「あなたは、一人では、ないのですね」
ナルセが、周りの仲間を見回した。「カツオは、一人でした。でも、あなたには、仲間がいる。それが、カツオと、違うところです」
「はい」
カイが、うなずく。「私は、一人じゃ、ありません」
「なら」
ナルセの口元が、わずかに緩んだ。「カツオより、遠くまで、行けるかもしれません」
三集落の代表は、最終的に、三ツ辻の判断を、支持した。
ただし、条件が、一つ。
「記録を、残しなさい」
カジキが、念を押した。「その人間を、起こして、何が、起きたか。何を、話したか。全部、記録しなさい。後の世のために」
「残します」
カイが、応じる。「三ツ辻は、記録の、場所です」
「では」
ヤエが、腰を上げた。「あなたたちに、任せます。三ツ辻は、もう、ただの中継所では、ありません。三集落と、一緒に、判断を、する場所です」
「第四の、集落として」
カジキが、言い添えた。
カイは、その言葉を、聞いた。三ツ辻は、三集落に、判断を求めるのではない。判断を、共有する。対等な、立場として。
「ありがとうございます」
カイが、深く頭を下げた。
三集落の代表が、帰っていった。それぞれの、集落へ。だが、その背中は、三ツ辻を、信頼している、背中だった。
「三集落が」
ドウが、感慨深げに言った。「私たちの判断を、支持しました。これは、大きな、ことです」
「はい」
カイが、うなずく。「三ツ辻は、変わりました。中継所から、判断の場所へ」
ナルセが、帰り際に、カイに、言った。「カツオの続きを、最後まで、やりなさい。一人ではなく、みんなで」
「はい」
明日、保存槽の人を、起こす。アオイを。三集落の、支持を得て。父の、続きとして。だが、父とは違い、一人ではなく。




