第107話 起こすか、起こさないか
評議会が、開かれた。
保存槽の中に、人がいた。アオイという、二千年前の女。その保存が、終わりかけている。起こすか、起こさないか。それを、三ツ辻、全員で、決める。
評議会室には、いつもより、多くの人が、集まっていた。野廻り隊の五人、ドウ、ハナ、セリ、クワ、マタ、クロ、アサ。全員が、入ると、椅子を、詰めなければ、ならなかった。
「保存槽の中に、人がいました」
カイが、切り出した。「アオイという、女の人です。二千年前の人間。今も、生きています。でも、保存が、終わりかけている。放っておけば、止まります」
室内が、静かになった。
「起こすか、起こさないか」
部屋を、ぐるりと見回す。「五人だけじゃ、決められません。みんなの、意見を、聞きたいです」
最初に、口を開いたのは、ドウだった。
「起こすことは」
帳簿から顔を上げる。「三ツ辻が、二千年前の人間を、受け入れる、ということです。世話も、いる。住む場所も、いる。簡単な、ことじゃ、ありません」
「危険は、ないんですか」
クワが、身を硬くした。
「わかりません」
カイが、正直に返す。「二千年前の人です。何を、考えているか、わからない。でも、ユズキさんは、思っているより重い、と言いました。覚悟は、いります」
「でも」
セリが、口を開いた。「放っておけば、その人は、死にます」
全員が、セリを見た。
「保存が、止まれば」
セリは、視線を落とさなかった。「中の人は、死にます。私たちが、見つけて、放っておいたら、見殺しにすることに、なります」
しばらく、議論が、続いた。
危険かもしれない。世話が、大変かもしれない。でも、見殺しには、できない。意見は、少しずつ、「起こす」方向に、向かっていった。
その時、ハナが、口を開いた。
「起きたら」
ぽつりと言った。「まず、温かいものを、出します」
全員が、ハナを見た。
世界が乗り物だの、外を知る者だの、話がどこまでも壮大になっていく評議会に、いきなり降ってきた、汁の話である。
「世界の、秘密とか」
ハナは、落ち着いていた。「乗り物とか、外とか。そういう、難しい話は、わかりません。でも、二千年、眠っていた人が、目を覚ましたら、お腹が、空いているはずです。だから、まず、温かいものを、出します」
誰も、すぐには、返さなかった。
「ハナさん」
カイが、その名を呼んだ。
「人が、目を覚ます」
ハナが、まっすぐカイを見た。「それは、世界の秘密より、先に、考えることがあります。その人を、人として、迎えること。温かいものを、出すこと。それが、私の、できることです」
誰も、笑わなかった。世界の理より、汁が先。身も蓋もなくて、そして、たぶん、正しかった。
ハナの言葉で、評議会の、空気が、変わった。
世界の秘密を、知るために、起こすのではない。一人の人間を、見殺しにしないために、起こす。そして、目を覚ました人を、人として、迎える。
「ハナさんの、言う通りです」
カイが、うなずいた。「私は、世界の秘密を、知りたくて、起こそうとしていました。でも、それより、先に、あの人を、人として、迎えること。それが、大事です」
「起こしましょう」
スズが、声をはずませた。「そして、温かいものを、出しましょう」
「賛成です」
リュウも、続く。
「私も」
アサが、小さく手を挙げた。
ドウが、帳簿に、書き込んだ。「保存槽の人、アオイを、起こすことを、決定。三ツ辻として、受け入れる。目覚めた後の、世話、住む場所を、準備する」
受け入れの話になると、ミルクとバターの、前例が、話題になった。
「受け入れと言えば」
スズが、思い出したように言う。「ミルクと、バターも、受け入れました」
「草毛獣と、同列にしていい、話じゃ、ありません」
ドウが、渋い顔をした。二千年前の人間と、草を食う獣を、同じ帳簿の扱いにされては、たまらない、という顔だった。
「でも」
スズは、引き下がらない。「三ツ辻は、いろんなものを、受け入れてきました。ミルク、バター、ウメ、マツ。アサさん、マタさん、クロさん、クズハさん。みんな、外から来て、三ツ辻の、一員になりました」
「アオイさんも、その一人に、なるんでしょうか」
「なるかもしれません」
スズが、うなずく。「二千年前の人でも、三ツ辻に、来たら、三ツ辻の、一員です」
ドウが、少し、考えた。「……否定は、できません。三ツ辻は、受け入れる場所、ですから」
「草毛獣も、人も、同じですか」
クロが、口を挟んだ。
「同じじゃ、ありません」
ドウが、少し考えて言った。「でも、受け入れる、という点では、似ています」
帳簿の男が、草毛獣と乗員を、同じ棚に並べざるを得なくなった瞬間だった。
評議会の、終わりに、カイは、言った。
「あの人を、起こす前に」
姿勢を正した。「三集落に、報告したほうが、いいと思います」
「三集落に」
ドウが、聞き返す。
「二千年前の人間を、見つけた」
カイが、一度言葉を切った。「これは、三ツ辻だけで、抱えるには、大きすぎます。ヤエさん、カジキさん、ナルセさんに、報告して、判断を、共有したい」
「すべてを、話すんですか」
「すべてではありません」
カイが、線を引くように言った。「禁域の鍵が、私の体だということや、ナノマシンのことは、話しません。でも、保存槽の中に、人がいたこと。それを、起こすこと。それは、三集落にも、知っておいてもらいたい」
「わかりました」
ドウが、帳簿を閉じた。「三集落に、最低限の報告を、します」
カイは、決意していた。父は、一人で、抱え込んだ。一人で、判断して、一人で、死んだ。だが、自分は、違う。三ツ辻で、決めて、三集落と、共有する。一人ではない判断を、する。
「あの人を、起こします」
カイが、皆を見渡した。「みんなで、迎えます。そして、温かいものを、出します」
評議会室の、火鉢の炭が、はぜた。アオイを、起こす。その決断が、三ツ辻全体の、ものになった。




