第103話 入れるのは、一人だけではない
保存槽を、起こすかどうか。それは、何日も、評議会で話し合われた。
簡単には、決まらなかった。中にいるのが、誰かもわからない。起こすことが、危険かもしれない。だが、放っておけば、保存は、止まる。見殺しにすることになる。
最終的に、評議会は、決めた。準備を整えて、保存槽を、起こす。中にいる誰かを、助ける。ただし、慎重に。撤退手順と、留守番体制を、完璧にしてから。
その準備の中で、カイは、一つ、悩んでいた。
「私が、鍵です」
カイが、みなの顔を見回した。
「保存槽を起こすのも、私の認証が、必要です。なら、私が、一人で、行くべきかもしれません。みんなを、危険に、巻き込まないために」
その言葉を聞いて、ガンが、口を開いた。
「馬鹿を、言うな」
「でも」「私が、鍵なら、私一人で——」
「鍵だから、一人で行くのか」
ガンが、太い腕を組んだ。
「鍵こそ、後ろで守るもんだと、前に言っただろう」
「覚えています」「でも、認証は、私にしか、できません」
「認証は、お前にしかできない」「でも、保存槽を起こすのは、認証だけじゃない。外部手動復旧が、いる。それは、複数の手が、必要だ。お前一人じゃ、できない」
カイは、ミコトの言葉に、止まった。
「お前が、鍵でも」「扉は、一人じゃ、開かない。複数の手が、いる。それは、これまでの扉と、同じだ」
リュウが、禁域で記録した文字を、確認した。
「保存槽の覚醒手順は」
写した文字を、指でたどる。
「認証、外部復旧、それに、覚醒後の、状態管理。全部、一人では、できません。何人もの手が、必要です」
「つまり」「カイさんは、鍵だけど、一人じゃ、開けられないんですね」
「そうだ」「カイが鍵なら、私たちは、扉を支える手だ」
カイは、その言葉を、聞いた。鍵だけど、一人では開けられない。仲間の手が、いる。
「父は」「一人で、禁域に入りました。一人で、ナノマシンを持ち出して、一人で、閉じようとして、一人で、死にました」
「お前は、違う」
「違います」「私は、一人じゃ、ありません」
五人は、それぞれの役割を、言葉にした。
「私が、帰り道を、覚えます」
スズが、まず手を挙げた。
「保存槽区画の、奥までの道を、完璧に覚えて、必ず、戻れるようにします」
「私が、閉じる条件を、記録する」「もし、何か起きた時、すぐに、保存槽を、閉じられるように。撤退の手順を、全部、記録する」
「僕が、覚醒の様子を、記録します」「中にいる誰かが、目を覚ましたら、その状態を、全部、記録します。生きて戻った、証拠を、残します」
「俺は」
ガンが、一拍おいた。
「開けたら、閉める」
全員が、ガンを見た。
「開けたら、閉める」
同じ言葉を、もう一度、繰り返す。
「保存槽を開けて、中の誰かを、助けて、扉を、ちゃんと閉めて、全員で、戻る。それが、俺の、仕事だ」
「ガンさんの言葉、実務的すぎます」
二千年の眠りだの、外を知る者だの、話が壮大になっていく中で、一人だけ「開けたら、閉める」。身も蓋もない。
「でも」
スズが、すぐに言い足した。
「一番、大事です。開けたら、閉める。全員で、戻る」
「そうだ」
全員が、うなずいた。壮大な話の底を、いつも支えているのは、この身も蓋もない一言なのだった。
カイは、四人の言葉を、聞いていた。
鍵は、自分。だが、仲間は、扉を支える手であり、帰り道を作る目であり、記録を残す声であり、開けたら閉める判断だった。
「私は」「認証します。保存槽を、起こします。でも、それだけです。帰り道も、記録も、撤退も、閉じることも、できません。みんなが、いないと、できません」
「だから、一緒に行く」
「はい」「一緒に、行きます。父は、一人でした。私は、五人です」
ドウが、帳簿に、書き込んだ。
「保存槽の覚醒を、決定。五人で、入域。各自の役割を、確認。撤退手順、留守番体制を、完備」
「準備は」「整いました。あとは、行くだけです」
評議会の後、カイは、外に出た。
冬の夜空に、標塔の頂部が見えた。禁域の方角から、まだ、低い音が、聞こえている。
ガンが、隣に来た。
「明日、行くんだな」
「行きます」「保存槽を、開けます。中にいる誰かを、起こします。父が、守ろうとしたものを」
「怖いか」
「怖いです」「中に、何があるか、わかりません。ユズキさんは、思っているより重い、と言いました。でも——」
「でも?」
「一人じゃ、ないので」
カイが、夜空の標塔を見上げた。
「怖くても、行けます」
ガンが、うなずいた。
「そうだ。一人じゃない」
禁域からの音が、続いていた。だが、カイは、もう、その音を、怖いとは思わなかった。それは、助けを、待つ音だった。父が守ろうとした、誰かの。
明日、保存槽の扉が、開く。鍵は、カイ。だが、開けるのは、五人だった。
「みんなで、開けます」
「ああ」
冬の風が、三ツ辻の柵を、静かに揺らした。第4章の終わりに、五人は、最後の扉を、開ける覚悟を、決めた。




