第102話 外を知る者の位置
翌日、五人は禁域に入った。
保存槽区画の下層へ進み、低い音の出どころを、探した。音は、奥から、聞こえていた。これまで、行き止まりだと思っていた場所の、さらに先から。
「音が、強くなっています」「この奥に、音の出どころがあります」
カイが、奥の壁に、手を当てた。すると、これまで暗かった板が、淡く光り始めた。低い音に、合わせて、文字が、明滅している。
「読めます」
明滅する文字を、指で追う。
「『保存槽』。『維持』。それから……『不安定』」
「不安定」
「保存槽の維持が、不安定になっている、ということかもしれません」「だから、音が、出ている。警告の、音です」
カイは、文字を、さらに読んだ。
「『外部記録担当』」
カイの指が、次の行へ滑る。
「『乗員保存』。『覚醒待機』」
「覚醒」「目を覚ます、ということですか」
「わかりません」「でも、『乗員保存』とあります。誰かを、保存している。そして、『覚醒待機』。目を覚ます、準備の状態」
「保存槽の中に」「誰かが、いるんですか」
「断定はできません」「でも、父の記録にあった『外を知る者』は、この、保存槽の中にいる誰かを、指しているのかもしれません」
通路が、静かになった。低い音だけが、響いている。保存槽の中に、誰かがいる。二千年、眠っている、誰かが。
リュウが、音の出どころの板を、調べた。
「この音は」
板に、耳を近づける。
「保存槽の維持が、弱っているから、出ています。たぶん、長い時間が経って、装置が、劣化している。それで、保存している状態を、保てなくなりかけている」
「保てなくなったら」
「保存槽が、止まります」「中にいるものが……どうなるかは、わかりません。でも、止まれば、保存は、終わります」
カイは、その意味を、考えた。保存槽の中に、誰かがいる。その保存が、終わりかけている。放っておけば、いつか、止まる。中にいる誰かは、保存されたまま、終わる。
「起こすか、放っておくか」「どちらにしても、判断が、いる」
「起こすには」
文字を、もう一度読む。
「『外部手動復旧』とあります。私の認証だけでは、足りない。外から、手動で、復旧する作業が、必要です」
カイは、保存槽の方向を、見た。
「父は」「この保存槽を、守ろうとして、死にました。中にいる誰かを、守ろうとした。だから、禁域を、閉じようとした」
「でも、今」「保存が、終わりかけています」
「はい」「父が守ろうとしたものが、終わりかけている。私たちが、何もしなければ、いつか、止まる」
「起こすんですか」
「わかりません」「起こすことが、正しいのか。放っておくほうが、いいのか。父は、守ろうとしました。でも、起こそうとは、しなかった。守って、閉じた」
「父さんは、起こさなかった」「でも、今は、状況が違う。保存が、終わりかけている。守るだけでは、いずれ、止まる」
五人は、しばらく、保存槽の前で、考えた。
「これは」「私一人で、決めることじゃ、ありません。三ツ辻、全員で、決めることです」
「中にいる誰かを、起こすかどうか」「それは、三ツ辻が、二千年前の人間を、受け入れるかどうか、ということだ」
「重い、判断です」「持ち帰って、みんなで、決めます」
「父さんなら」「どうしたでしょうか」
「父は」「守って、閉じました。でも、起こさなかった。父は、一人でした。一人で、判断して、一人で、閉じて、一人で、死にました」
カイは、保存槽の方向を、見つめた。
「私は」「一人じゃ、ありません。だから、一人で、決めません。みんなで、決めます。それが、父と、違うところです」
戻る前に、カイは、保存槽の維持時間のことを、確認した。
「あと、どのくらい、保つんでしょうか」
カイが、リュウを振り返った。
「正確には、わかりません」「でも、音が、出ているということは、もう、そんなに、長くはない気がします。数ヶ月か、長くても、一年か」
「では」「あまり、時間が、ありません。判断を、先送りに、できない」
「急ぐんですか」
「急がない」「でも、先送りも、しない。みんなで、決めて、決めたら、動きます。父のように、一人で、抱え込まない」
来た道を、戻った。低い音が、後ろで、響いていた。保存槽の中に、誰かがいる。二千年、眠っている誰か。その保存が、終わりかけている。
外に出ると、ガンが待っていた。
「音の、正体は、わかったか」
「わかりました」「保存槽の中に、誰かがいます。その保存が、終わりかけている。起こすか、放っておくか。みんなで、決めることになります」
「そうか」「なら、評議会だな」
「はい」「三ツ辻、全員で、決めます」
禁域からの音は、まだ、続いていた。判断の時が、近づいていた。




