↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
100/110

第100話 ガンが怒らなかった

 三ツ辻に戻ってから、カイは、いつもより、言葉が少なかった。


 食事の時も、評議会の時も、必要なことだけ話して、あとは黙っていた。みんな、気づいていたが、何も言わなかった。父の死の真相を、聞いたばかりだった。


 数日、そんな日が続いた。


 ある夜、カイは、罠工房に行った。何をするでもなく、ただ、誰かのそばにいたかったのかもしれなかった。工房では、ガンが、道具を直していた。


「カイか」


 手は、止めなかった。


「座れ」


 カイは、ガンの向かいに、座った。ガンは、何も聞かなかった。ただ、壊れた罠の、紐を、結び直していた。



 しばらく、二人は、黙っていた。


 ガンが、紐を結ぶ音。火鉢の、炭が、はぜる音。それだけが、工房に響いていた。


「ガンさん」


 カイが、ようやく口を開いた。


「私のせいで、父が、死んだのかもしれません」


 ガンは、すぐには、答えなかった。紐を、結び終えてから、言った。


「お前が、決めたことか」


「え」


「お前が、父親に、ナノマシンを持ち出せと、頼んだのか」「お前が、禁域を閉じろと、言ったのか」


「いえ」「私は、まだ、小さくて……何も、覚えていません」


「なら」「お前が、決めたことじゃない」



 ガンは、新しい罠を、手に取った。


「俺も」「人を、守るために、判断したことが、ある」


「ガンさんが」


「何度もな」「この罠も、見張りも、全部、誰かを守るためだ。時には、危ない判断もする。誰かを守るために、別の誰かを、危険にさらすこともある」


 ガンは、紐を、結び始めた。


「お前の父親も」「同じだ。お前を、守るために、判断した。危ない判断だった。禁を破った。でも、それは、お前を守るための、判断だ。俺には、それを、責められない」


「責められない」


「お前の父親を、責めるなら」「誰かを守るために判断する、全部の人間を、責めることになる。俺も、含めてな」



 カイは、しばらく、黙っていた。


「父は」「私を、守るために、死にました。それは、重いです」


「重い」「だが、それは、お前が、悪いんじゃない。お前の父親が、選んだことだ」


「父の選択を」「私の、罪として、抱えなくて、いいんでしょうか」


「いい」


 即答だった。


「お前の罪じゃない。お前は、生きてる。それで、いい。お前の父親は、お前に、生きてほしかったんだ。お前が、自分を責めてたら、父親が、浮かばれない」


 カイは、ガンの言葉を、聞いていた。少しずつ、胸の、重いものが、ほぐれていく気がした。


「……ありがとうございます」


「礼は、いらない」「事実を、言っただけだ」



 その時、戸の外で、物音がした。


 ガンが、戸を開けた。クロが、立っていた。


「クロ」


 ガンが、片眉を上げた。


「何をしている」


「……いえ」「通りかかっただけです」


「通りかかって、止まっていたな」


「……はい」「中で、話しているのが、聞こえて。でも、入っていいか、わからなくて」


 通りかかって、戸口で足を止め、そのまま立ち聞き。悪気はない。悪気はないのだが、こうして見つかると、いかにも気まずい。


「何か、言いたいことが、あるのか」


 クロは、少し、考えた。それから、口を開いた。


「カイさんが、元気が、なかったので。何か、言ったほうが、いいかと思って。でも、何を言えばいいか、わからなくて、黙っていました」


 ガンが、少し、笑った。


「それでいい」「無理に、何か言わなくていい。そばにいるだけで、十分なこともある」


「……はい」


 クロの肩から、少し力が抜けた。



 クロが、工房に入ってきた。


 三人で、しばらく、座っていた。ガンが、罠を直す。カイと、クロが、それを見ている。言葉は、少なかった。だが、その沈黙は、重くなかった。


「カイさん」


 クロが、ぽつりと言った。


「自分、何も、わからないですけど。三ツ辻に来て、よかったです」


「どうして、急に」


「カイさんたちが」「父さんのことで、悩んでいるのを見て。家族って、こういうものなのかな、と思って。自分の家は、農地のことばかりで、こういう話、しませんでした。三ツ辻は、家族みたいです」


 カイは、少し、驚いた。それから、うなずいた。


「……そうですね。三ツ辻は、家族みたいです」


「ガンさんが、父さんで」


「俺は、父親じゃない」


「先生です」


「それでいい」


 カイは、少し、笑った。火鉢の炭が、はぜた。父は、死んだ。でも、カイには、新しい家族がいた。三ツ辻の、みんな。罠を直すガン、そばにいるクロ。


 その夜、カイは、少しだけ、眠れるようになった。父の死は、重い。でも、一人ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。