第100話 ガンが怒らなかった
三ツ辻に戻ってから、カイは、いつもより、言葉が少なかった。
食事の時も、評議会の時も、必要なことだけ話して、あとは黙っていた。みんな、気づいていたが、何も言わなかった。父の死の真相を、聞いたばかりだった。
数日、そんな日が続いた。
ある夜、カイは、罠工房に行った。何をするでもなく、ただ、誰かのそばにいたかったのかもしれなかった。工房では、ガンが、道具を直していた。
「カイか」
手は、止めなかった。
「座れ」
カイは、ガンの向かいに、座った。ガンは、何も聞かなかった。ただ、壊れた罠の、紐を、結び直していた。
しばらく、二人は、黙っていた。
ガンが、紐を結ぶ音。火鉢の、炭が、はぜる音。それだけが、工房に響いていた。
「ガンさん」
カイが、ようやく口を開いた。
「私のせいで、父が、死んだのかもしれません」
ガンは、すぐには、答えなかった。紐を、結び終えてから、言った。
「お前が、決めたことか」
「え」
「お前が、父親に、ナノマシンを持ち出せと、頼んだのか」「お前が、禁域を閉じろと、言ったのか」
「いえ」「私は、まだ、小さくて……何も、覚えていません」
「なら」「お前が、決めたことじゃない」
ガンは、新しい罠を、手に取った。
「俺も」「人を、守るために、判断したことが、ある」
「ガンさんが」
「何度もな」「この罠も、見張りも、全部、誰かを守るためだ。時には、危ない判断もする。誰かを守るために、別の誰かを、危険にさらすこともある」
ガンは、紐を、結び始めた。
「お前の父親も」「同じだ。お前を、守るために、判断した。危ない判断だった。禁を破った。でも、それは、お前を守るための、判断だ。俺には、それを、責められない」
「責められない」
「お前の父親を、責めるなら」「誰かを守るために判断する、全部の人間を、責めることになる。俺も、含めてな」
カイは、しばらく、黙っていた。
「父は」「私を、守るために、死にました。それは、重いです」
「重い」「だが、それは、お前が、悪いんじゃない。お前の父親が、選んだことだ」
「父の選択を」「私の、罪として、抱えなくて、いいんでしょうか」
「いい」
即答だった。
「お前の罪じゃない。お前は、生きてる。それで、いい。お前の父親は、お前に、生きてほしかったんだ。お前が、自分を責めてたら、父親が、浮かばれない」
カイは、ガンの言葉を、聞いていた。少しずつ、胸の、重いものが、ほぐれていく気がした。
「……ありがとうございます」
「礼は、いらない」「事実を、言っただけだ」
その時、戸の外で、物音がした。
ガンが、戸を開けた。クロが、立っていた。
「クロ」
ガンが、片眉を上げた。
「何をしている」
「……いえ」「通りかかっただけです」
「通りかかって、止まっていたな」
「……はい」「中で、話しているのが、聞こえて。でも、入っていいか、わからなくて」
通りかかって、戸口で足を止め、そのまま立ち聞き。悪気はない。悪気はないのだが、こうして見つかると、いかにも気まずい。
「何か、言いたいことが、あるのか」
クロは、少し、考えた。それから、口を開いた。
「カイさんが、元気が、なかったので。何か、言ったほうが、いいかと思って。でも、何を言えばいいか、わからなくて、黙っていました」
ガンが、少し、笑った。
「それでいい」「無理に、何か言わなくていい。そばにいるだけで、十分なこともある」
「……はい」
クロの肩から、少し力が抜けた。
クロが、工房に入ってきた。
三人で、しばらく、座っていた。ガンが、罠を直す。カイと、クロが、それを見ている。言葉は、少なかった。だが、その沈黙は、重くなかった。
「カイさん」
クロが、ぽつりと言った。
「自分、何も、わからないですけど。三ツ辻に来て、よかったです」
「どうして、急に」
「カイさんたちが」「父さんのことで、悩んでいるのを見て。家族って、こういうものなのかな、と思って。自分の家は、農地のことばかりで、こういう話、しませんでした。三ツ辻は、家族みたいです」
カイは、少し、驚いた。それから、うなずいた。
「……そうですね。三ツ辻は、家族みたいです」
「ガンさんが、父さんで」
「俺は、父親じゃない」
「先生です」
「それでいい」
カイは、少し、笑った。火鉢の炭が、はぜた。父は、死んだ。でも、カイには、新しい家族がいた。三ツ辻の、みんな。罠を直すガン、そばにいるクロ。
その夜、カイは、少しだけ、眠れるようになった。父の死は、重い。でも、一人ではなかった。




