「ブックシェルフ 改8」【2】 「窓辺の少年」
「ルスカのスケッチに興味があるの?」
ダレス先生の問いかけに、何だろう?と思いつつ、
そうなんです、とお答えして、魔道具に関する本が好きであること、祖父母に本を送ってもらっていることについて、ご説明しました。
先生は、ふんふんとうなずきながら聞いておられました。
「パークレスターのお嬢さんかい?子供向けの『ルスカとまどうぐのなぞ』は読んだ?君のおじいさま、おばあさまとは面識があるのだけれど、以前お会いしたとき、お孫さんに贈る本の相談を受けたことがあるよ。」
そうだったのですね。
「実は学園にもルスカの資料があるんだよ。資料を探せるところはいくつかあって、身近なところでは学園図書館。もう図書館のガイダンスはあった?探してみるといろいろあるよ。」
「そうなんですか!ガイダンスはもう受けていますが、やる事が多くて、図書館利用も出来ていないんです。」
「そのうち、行ってみるといいよ。図書館で物足りなくなったら、他にも資料のある場所があるから、良かったら聞きにおいで。今は時間が無いようだから。」
引率の先生が、クラスの集団から後れてしまったわたくしたちをみて、若干お怒り気味の様子です。それはそうでしょう・・・。
先生は、ズボンやら上着の内側外側あちらこちらのポケットを探して、やっと出てきた研究室の連絡先とお名前の書いてある名刺を下さいました。端っこが折れていました。
先生と次にお会いしたのは、実は2、3年ばかり後のこと。
資料が学園にもあることを教えられ喜び勇んだわたくしが、図書館の資料で読めるものををあさり尽くして、物足りなさを感じ始めた頃でした。先生がたまたま特別授業で学園にいらしていたのです。
その時までにわたくしは、領地の父母との手紙のやりとりで、先生について伺っておりました。祖父母は先生のご両親と懇意にさせて頂いており、その関係で先生とも面識があること、実は先生は侯爵家のご令息でいらっしゃることを伝えられていました。信頼できるお人柄であることも。
こんにちは、と先生ご挨拶すると、先生は目をしばたたかせて少し考えてから、思い出して下さった用です。忠実な寝癖は健在でした。
「パークレスターのお嬢さんだったね。お久しぶり。図書館はためしてみた?」
「探してみました!何冊か借りて、今寮にあります。ありがとうございます。ただ、閲覧すらできない本も多いですね。」
「貴重書だからね。言っておいて申し訳ないけれど、国立図書館も大学図書館も今の年齢だと閲覧許可が難しいかなあ・・・。」
先生は、苦笑しながらごめんね、と続けました。
ルスカのスケッチはそうそう残されておらず、写本もあるのですが、写本自体も古文書として貴重なのでした。
「うちの研究室だったら、僕がいるときなら見せてあげられるかなあ。それと、ブライト書店があったか。学園教科書の販売指定本屋だから知っているかな?新刊本のエリアとは別に古書専門のエリアを設けていて、たまに図書館にも入っていない面白い本が出てることがあるよ。ん~入りにくいかも?」
何故でしょう?
一度一緒に行こうか?とお誘い頂いて、次のお休みの日に先生と古書店に出かけることになりました。
入学の際に、教科書を指定の書店で購入するのですが、わたくしと父母はメリダ百貨店書籍部で購入していました。ご存じかと思いますが、メリダ百貨店はすべてにおいて王都一の百貨店と呼ばれています。幅広い品揃え、行き届いたスタッフ、華やかな店舗。すべてが特別です。メリダ百貨店は、学園の入学時期になると、いつもは特別展示即売会を行っている別館で、学園新入生に必要な物品をまとめて販売してくれるのです。制服、ワンピースもジャケットもコートも帽子も体操服も。靴、かばん、手提げ袋、筆記用具はペン、ペン先、インクやノート、絵の具や色鉛筆も必要です。これだけでも運びきれません。このほかに授業に必要な指定備品、そして一番重い書籍類もまだあるのです。メリダ百貨店では、この別館の広いフロアの一部に書籍部を臨時に設けて、教科書類を販売しています。疲れ切った新入生とその家族は、大概メリダ百貨店に感謝しながらここで教科書を購入する羽目になるのでした。各コーナーで購入したものをすべてをとりまとめて希望の場所に配送してくれるのも、メリダ百貨店らしい細やかなサービスでした。わたくしの場合は、寮の自室でした。
そのようなわけで、先生からご紹介頂いたブライト書店については、指定書店リストで存在は知っていたものの、入ったことはありませんでしたし、古書を扱っていることも知りませんでした。
確か、表通りではありませんが、街の中心部の住所だったはず。
次のお休みの日、わたくしはほこりをかぶったショーウィンドーというものを初めて目にしました。表通りから1本入ったところです。ここは本当に営業しているお店なのでしょうか。先生とは学園の門のところで待ち合わせて、のんびりここまで一緒に歩いてきました。ここで間違っているはずがありません。
「大丈夫。営業しているから。扉を開けて中に入ってごらん。」
表のドアを押すと ギィィ と不安になるような音がします。大丈夫。ダレス先生もいらっしゃる。
わたくしは、薄暗い店の内に入りました。
ルスカのスケッチが、店の中のカウンターに足を投げ出して座っていました。
ルスカのスケッチには特に有名なものが数点あります。教科書にも載るほど、国民の誰もが知っているようなスケッチです。その中に、一人の少年を描いたものがありました。
「窓辺の少年」と呼ばれるスケッチでは、おそろしく整った顔立ちの少年が窓辺にいて、少し眠たげな表情で窓から外を見ています。窓から光が入ってきています。木炭のスケッチです。説明もありません。神話の少年神だろうという人もあれば、天使だという人もあり、ルスカの理想とする顔では無いかとする説、ルスカの親戚では無いかと言う説、中には、ルスカに魔道具のアイデアを教えた精霊のスケッチに違いない、一人であれだけ思いつくのはありえないなどど言う方もあり、諸説あれど決め手になる根拠は何一つ無い、謎のスケッチとして有名なのでした。
木炭画ですから、彩色はありません。でもわたくしはずっと、この少年の髪はクリームに少しだけブラウンが入ったミルクティーベージュで、朝の光の中で輝いているに違いないと思っていました。そして、少年の目は朝のやさしい光を映したような琥珀色なのだと。
古書を扱うからでしょうか、照明は最小限に抑えられ、店内はやや暗いのです。ただ、事務作業や販売を行うためか、カウンターの横に明かり取りの窓があって、シェードで入ってくる光を調節する様になっていました。カウンターには今、やわらかな光が差し込んでいます。その光の中に少年が座っていました。足音に気がついたのか、顔を上げました。近くから見ると、目はやはり綺麗な琥珀色でした。
「窓辺の少年」は口を開きました。
「失せろボケ」




