「ブックシェルフ 改8」【3】 ぶすくれ少年
「窓辺の少年」はダレス先生の甥御さん、グレン様でした。本来ダレス先生とグレン様が今日の古書あさりを一緒にする予定だったところに、わたくしが割り込んでしまっていたのです。ダレス先生と過ごすことを楽しみにしていたグレン様にとっては、不本意きわまりない変更だった上に、わたくしたちがのんびり歩いているうちに約束時間を過ぎていたらしく、不満を募らせていたようです。
「窓辺の少年」は、ぶすくれたただの叔父様と遊びたかった少年でした。事情が事情ですが、口が悪くないでしょうか?
ダレス先生が無言でグレン様に近づいて、その口元をひねりあげました。グレン様は「うぐえ」と美麗な容姿に似合わない悲鳴をあげておられました。かなり痛そうでした。苦しめ。
その日は、古書店側の本類を3人で、きわめて丁寧にひっくり返し尽くしました。
しばらく続いた雨の晴れ間だったため、外歩きを選択する方が多かったのか、他のお客さんがおらずわたくしたちだけだったこと、ダレス先生が常連のお客様で上得意であったこと、幸運が重なって、鷹揚な店主がわたくしたちに自由にさせてくれたのです。
開始前、ダレス先生は白い手袋を3組ポケットから取り出しました。元は洗濯済みのぴんとした状態だったようですが、ポケットの中でずいぶんと窮屈な思いをしたようで、しわがよってしまっていました。
「はい、注意事項。本の保護と手の保護のために手袋を着けてね。本に皮脂が着いても困るし、指がかさかさになるのも困るからね。」
先生はわたくしたちに子供サイズの手袋を渡してから、自分の手袋をはめながら続けました。
「本は必ず両手で丁寧に扱うこと。それは守ってね。」
そして、にやっと笑うと言いました。
「さて、どこからとっかかる?」
祖父母が贈ってくれるのは、いつも新刊本でした。古書というものは初めてです。
古書エリアにはたくさんの棚が設置されています。天井まで届く背の高いそれぞれの棚に一杯に、それだけでは無く床の上にも本の山が密集しています。秩序などどこにもありません。
しばし無言でそれらの本を眺めたのち、まずは手近から、すぐ横の本棚に向かいました。
グレン様も無言で近づいてきました。
穏便に。友好的に。自分に言い聞かせながら問いかけました。
「どんな本をお探しに?この本の量ですもの。手分けしましょう。お探しはルスカの本ですの?」
「ん。魔道具一般も。ルスカも好きだけど、魔道具の本が優先かな。」
「わたくしもです。では、該当しそうな本を発見したらお互い声をかけましょう。」
「わかった。」
しばらくしてわかったのは、大綱目として趣味を共通にしながら、小項目として興味の対象が相違している方とお話しするのは、とてつもなく楽しいことでした。
二人ともルスカと魔道具好きですが、わたくしはルスカ寄り、グレンは魔道具よりです。
話をしているうち、「様」は飛んでゆきました。
もともと学園では、お互いを家名ではなく名前に「様」をつけて呼び合う慣行があります。ですので、仲良い間柄で、「様」を省略することはままあることでした。それに、お話をするのに「様」の2文字を発音する時間が煩わしく感じられました。
身長高めのわたくしよりも背が高く、幾分年上かと思いましたが、同い年でした。学園でも同学年です。ただ、学園の小学部は在籍人数が非常に多く、低層階に教室を置いている関係で、クラスが違うと教室のある建物自体が違っていたりします。グレンも、わたくしの属しているクラスの教室と建物2棟離れたところのクラスにいるそうでした。
お互い思いつくまま、様々な話をいたしました。
「ルスカの猫」のうちどれが「ベスト猫」かやりあいました。お互い猫好きで、一歩も譲れません。グレンは以前猫を飼ったことがあるそうです。わたくしはありません。
「家族皆、猫好きなのですけれど、父がアレルギー持ちの猫好きで、鼻水と涙をながしながら猫をなでてるんです。この誘惑には逆らえないって。そのうち呼吸が苦しくなって、わたくしはや母に猫を取り上げられるのが1連の流れになってしまうの。」
「そりゃ飼えないよなあ。猫、最高に可愛いのに。」
グレンに同情やるかたなしといった表情を向けられました。悔しいです。
ただ、おうちの猫が亡くなってしまって間がなく、次のご縁をさがす気に、まだなれないそうです。
「さみしくなったら、ルスカの猫を見て、これがうちにいる猫なんだって思ってる。」
美術の購入備品に木炭を発見してから、木炭画でルスカのスケッチを模写して楽しんでいることも打ち明けました。
「今度、デッサンの優秀作品が張り出されたら見て下さいな。毎回選ばれてるんです。」美術の先生の評価も高いのです。デッサンだけは・・・。
またわたくしは、ダニエルズの価値を伝えるべく奮闘しました。
「やはり、ザッハトルテは世界一だと思うの。今、次点でお勧めするならばチョコレートタルトかしらね。どのケーキも美味しいのだけれど。」
「もはや信仰の域だよね。チョコレート。」
「失礼ね。ダニエルズ限定よ。チョコレートに貴賎は無いと言うけれど、ダニエルズのチョコレートは別格なの。マダムのご一族がラネスタで管理する最上級のカカオ豆を、最上級の腕を持つオーナーが加工するのよ。もはや芸術だから。」
「チョコレートの貴賤は知らないけど、ダニエルズのマダムはラネスタ国の人?」
「そうなの。わが国の気候はカカオ豆の育成に適してないでしょう?だけど、カカオ豆が育つラネスタ国は政変が続いているでしょう?我が国とは国境が正式に開かれていないのに、オーナーが、カカオ豆を自分で見て仕入れたいからって越境して、国境近辺のカカオ農園に行かれてたの。それがマダムのご一家の領地。マダムは1つ前の政争に巻き込まれて中央を追われた貴族のお嬢様なの。でもマダムのお父様は喜んでたんですって。家族と過ごせる時間が増えたって。残された所領値地の特産、カカオ豆の生産にいそしんでおられるそうよ。」
「そうなんだ。ダニエルズのマダムは貴族が来ようと平民が来ようと万全の対応をする、て評判良いよな。貴族出身だったんだ。」
「そうなの。マダムは本当に格好良いのよ。」
マダムはきりっとした黒髪の美女です。
「オーナーがマダムをこの人、と心に決めてご家族とマダムを口説いて口説いて口説いたんですって。いつの間にかマダムのお父様と仲良くなっていて、マダムのお父様も凝り性なんだけど、オーナーに触発されてカカオ豆の育成実験始められて、各種条件を変えてスパイシーだったりフルーティーだったりナッティーだったり、様々なカカオ豆を作っておられるの!すごいでしょう?世界一の素材がオーナーの世界一の腕でチョコレートになるのよ。もうこれは世界一を超えてるってことではないかしら?」
「宇宙一ってこと?ミリアムの熱量が怖い・・・。」
ルイスはつま先立ちで高いところの本棚を物色中で、わたくしはその横で座り込んで床に積み上げられていた本の山を一冊ずつ移動させ、新しい山を作りながら本の内容の確認していました。
「なあ・・・。」
「ん?」
「俺、じいさまがいて、小さい頃から面倒見てもらうことがよくあって、このじいさまがむちゃくちゃ強い。」
「そうなの。」
「じいさま、て呼ばれる年なんだけど、剣をあわせても若い連中に負け知らずで、それも自分が衰えていくことがわかっていて、くいとめるために鍛えまくってた。」
「立派だし。現に強いし、永遠に強いと思ってた。俺も周囲も。」
「それが、しばらく前に、突然練習用の木剣を取り落としてしまって。手に力がはいらないって、医者を呼んだんだけど、もうどうしようも無いって。」
「もともと体中に怪我の跡がある人なんだけど、今まではそれが影響する事があるなんて考えたことも無かった。努力と気力でなんとかしていたから。」
「じいさま本人も、いつか来る日と覚悟していたつもりが、トレーニングと精神の力でこれまでやってこれたから、どうにもならない日が突然来たことに驚いてた。」
「それからは、体の各所の傷跡なんかが、自分ではどうにもならない不調を積み上げていって。」
「じいさまの部屋に行ったら、じいさまが泣いてたんだ。いつも強くて何があっても笑ってる人なのに。きっと、努力ならいくらでもできる人だけど、努力の及ばない今がつらいんだ。」
「俺、逃げちゃった。そのとき。」
ぽろぽろぽろぽろ、間を置きながら言葉が降ってくる。
わたくしは、座り込んだまま目の前の本の山を見つめていて、ルイスはつま先立ちで本棚に目をやったまま。
「じいさまは俺を責めたりしない。俺もつらい。じいさまが泣くのが許せない。」
「だから俺、魔道具を作りたい。ルスカのスケッチの様に手も指も足も膝も補助して、じいさまが自由に体を動かせるようにしたい。」
「そうなんですのね。」
わたくしは、本を1冊、確認済みの山に加えました。勿論慎重に、です。
「だからダスラウ王国に留学したい。ダスラウ王国は寒いことが影響してるかららしいんだけど、手足やひじ、ひざに故障を抱える人が多いらしくて、それを補う魔道具の研究がもう始まってるんだって。」
グレンはつま先立ちのために上げていたかかとをとん、と下ろしてこちらを向きました。
「でも、俺の父も母も反対する。ルスカのデッサンでも実用化できてるのは純然たる機械で、人体補助は困難だって。どう思う?」
「面白そうだしやってみれば?」
わたくしは即答しました。
「そうだろ?そうだよな!?」
「でもお父様お母様がおっしゃることも事実でしょう。わたくしがこんなことを言えるのも家族ではないからよ。わたくしの話で恐縮だけど、お父様お母様は、不安要素を心配する役割だってお祖母様が言ってたわ。お祖母様は後押しするのが役割だって。役割分担してるだけなんですって。」
わたくしは床に座ったままグレンの顔を見上げました。薄暗い店内ですが、どこかから光が一筋入ってきていてダストが舞って綺麗です。ダストですけれど。
「お祖母様には、いろんな意見はあって当たり前、聞いてから自分の考えを決めれば良い。良いと思うなら誰かの意見に従っても良いし、自分が決めたことなら誰かの意見に従う必要もないわ、って言われてる。」
「ばあちゃんっ子だったのか・・。」
「わたくしたちまだ大人でないのよ。知恵も経験も足りてない。足りないなら借りなきゃ仕方がないと思うの。足りない経験と知識で大きなことをしようとしても、ほぼ無理でしょう?お祖母様はわたくしの頭脳の外部パーツなのよ。今のところ。」
「まず、話を聞いて、次に自分の心を決めるところじゃない?わたくしの軽い発言に喜んでしまうなんて、今は心がまだはっきり決まってないってことじゃないかしら?結局、自分の判断でないと頑張れないんですって。」
「ザッハトルテとチョコレートタルトで悩んでたときの話なんだけれど、お祖母様がおっしゃったの。自分で決めれば、決断したことを楽しんでやろうって腹が括れると。」
座ったまま、わたくしもぽろぽろ言葉を紡ぎ出す。
「ケーキの選択の話になった・・・。」
「そうではない?自分で選んだんだからチョコレートタルト万全に楽しもうって思わない?・・・結局お祖母様にザッハトルテも分けてもらったけれど。」
「決断の話、台無しになってないか?」
グレンは笑って話はそこまででした。
棚や、積み上げられた本の山の中から、見たことの無い魔道具やルスカに関する古書を見つけては、興奮することを繰り返して、気がつくと午後も遅い時間でした。わたくしの興奮具合が楽しかったのか、グレンもわたくしが好みそうな本をターゲットに探してくれて、何冊も宝物のような本を手に入れることが出来ました。面白そうな本を見つける度に歓声を上げて喜び合いました。
お小遣いを全力で持参していてよかった。
ダレス先生までわたくしたちの興奮が移ったように笑っておられました。
わたくしが全部購入しても良いのですか?とグレンに問うたのですが、ほとんど持っているから、とのことでした。今思い出しても最高の日でした。
帰り際、グレンは店主にお願いして、紙とペンを借りていました。そして紙をカウンターに置いて、何やら急いで走り書きしていました。
先生は先生で収穫があったのか、会計を終えた本を一山抱えて、丈夫そうな分厚い布製のかばんに入れようとしています。店主が後ほど配達いたしましょうか?というのを断って持って帰るそうです。
書店の扉をでて、ここでグレンとはお別れです。わたくしと先生は学園へ戻ります。
さよなら、と声をかけ合って歩き出そうとしたとき、グレンに先ほどの紙を渡されました。
わたくしの顔を見ることなく紙を手渡し、これ、とだけささやくと、わたくしの方を見ないまま、駆けだしてゆきました。
渡された紙を見ると、
「MALEA №3」と記されていました。




