「ブックシェルフ 改8」【4】 MALEA №3 / 婚約?
わたくしは走り書きを見つめました。
走り書きでも文字が美しい。流石です。
MALEAとは、マレア文書のことでしょう。マレア文書とは、数年前に発見されたルスカの一連のメモのことです。一枚だけではなく、数枚が一緒に保管されているものが発見され、話題になったものです。マレア家の書庫で発見されたため、マレア文書と呼ばれているのです。
ルスカ自身がその数枚をまとめたのか、後に誰かがまとめたのかが分からないのですが、発見当初重ねられていた順番通りに通し番号がつけられました。1枚目ならマレア文書№1と呼ばれる仕組みです。
文書の紹介されている図録は寮の自室にあります。
頭の中はもうマレア文書で一杯で、巨大かつ重そうなバッグを抱えたダレス先生とお話ししながら帰って来たのに、きっと、失礼にも上の空でお話ししていたに違いありません。
寮に帰って、真っ直ぐ自室の本棚に向かいました。図録を手に取ります。重いです。
一度座って本を膝に置いて、開いてみました。
№3、№3、№3・・・。
どうして急いでいるときに限って、違うページが開いてしまうのでしょうか?
ページをめくり該当箇所を開くと、そこにあったのは、
カ メ ム シ
のスケッチでした。
ルスカの優雅な文字で heteroptera と書いてあっても カ メ ム シ です。
グレンはわたくしを カ メ ム シ と言いたいのでしょうか?
確かに私は茶色の髪に緑の目です。がしかし。
カメムシ・・・。
くさいといいたいのでしょうか。咄嗟に腕を持ち上げて匂いを確認しました。多分大丈夫。古書の匂いが少しするだけです。寮のお風呂は毎日使っています。実は何かに夢中になるとお風呂の存在を忘れるので、母に忘れないよう厳しく言われているのです。家ではお風呂を忘れていても侍女のみなさんが促してくれますが、寮でお風呂を忘れると、社会的に問題がある状態になってしまいます。
虫とは。
親戚が集まればかわいいかわいい、と褒められるのに。親戚点が加算されておりますが・・・。
これでもマダムには緑の目の森の妖精みたいね、と好評なのに。親戚の子を見るような暖かい目で見られてはおりますが・・・。
地味目でも父母から引き継いだ容姿を気に入っているのに。
カメムシとは許せません。ぶすくれ少年め。
到底許せません。次に会ったとき、何と罵倒し返せばよいでしょうか。必ず報復します。
気の利いた罵倒の言葉を考えるのに夢中になって、その日の夕食は覚えていません。
虫なら虫で返してやろうと、グレンを思わせるような虫を探してみました。
なんとなくミルクティーベージュに光沢のある、とも思えなくはない虫はいました。
ラナックベチュラワームという虫で、白樺のようにクリーム色に近い木の周辺に生息することから、この色になったと考えられており、木の皮を餌とするのですが紙を食べることもあって、本もこの虫による食害にあいます。ラナック島のみに生息。この虫が紙をかじると、かじった部分に特徴的な跡が残るとありました。ハート型の上半分のような咬み跡で、咬み跡の周囲は薄く青色に変色するそうです。
本を害する、この点、本を愛する者にとっては嫌な性質ですので嫌がらせには上々です。
しかし、知名度が低すぎます。
仮に
「お前はラナックベチュラワームだ!」
と言われたとして、それが罵倒の言葉であることに気が付く人はいないでしょう。解説付きの罵倒では攻撃力に問題があります。
わたくしとの明らかな色合いの一致、世間一般に害虫として広く認識されていること、この2点から、グレンがわたくしをからかうための手段として「カメムシ」をチョイスしたのは秀逸だったということでしょうか。悔しいです。
会えば言語的にのしてやろうと思いながら、学園でも、時折訪れるようになったブライト書店でもグレンに会うことはなく、中等部に上がる頃になりました。
中等部に入る頃になると、そろそろ「ブックシェルフ」を手配し、利用する学生が増えてきます。
「ブックシェルフ」とは、教科書や参考書などの本を入れておく魔道具で、その中に入れておいた本の内容を、セットになっているパーツ、リーダー(持ち歩きができる)に呼び出して映し出すことができるものです。
学園には「ブックシェルフ」の保管庫があって、クラスごとにおおまかな「ブックシェルフ」の置き場所が決められていました。
小等部から使うことも出来るのですが、高価な魔道具であることもあって、使用する教科書類が多くなる中等部頃から使い始める人が多いのでした。一つ一つが高価なものですので、簡単ですが入室管理が行われ、入室者は、魔道カメラで記録されていました。
わたくしも中等部に入って自分の「ブックシェルフ」を持つことを楽しみにしておりました。
教科書や参考書も入れることが出来れば便利ですし、密かにお気に入りの本を入れておくことを夢想していました。どこでも好きな場所で好きな本が読めるのです。天国でしょうか。特に古書は、汚れや劣化が恐ろしくて持ち歩けなかったのですが、これなら問題ありません。ルスカのスケッチをリーダーで読みながらのダニエルズカフェ。最高です。
中等部入学の際に父母が領地から王都に出てきてくれるのですが、その時にブックシェルフを選びに行く約束になっていました。
祖父母の方は、わたくしに会いに王都に行きたいが、仕事が立て込んでおり行けるかどうかはわからないとのこと。この機会に自分で宝飾品をあつらえる経験もしておきなさい、と宝飾品店に予約を入れて下さいました。
また、実はこのころにわたくしとフィリップ様の婚約が纏まり、フィリップ様のご両親との顔合わせもこの機会に行われることが決まりました。
ラデル家もフィリップ様の中学入学に合わせて王都にいらっしゃるそうでした。フィリップ様も学園に通われている方で、お名前を聞いたことがあるように思いました。
わたくしは一人娘で、父母の跡を継ぐ予定になっており、フィリップ様を我が家にお迎えすることになります。
「ミリアムの能力に不安は持っていない。最悪ミリアムだけで領を支えることも可能だろう。だからミリアムの支えとなってくれる人をお迎えできれば良いと思っているよ。」
信頼度が高いのが若干怖い気もしますが、父母からはこのように常々伝えられていました。
ラデル子爵家は、今回のわが量のインフラ整備の際にもそうでしたが、交流を避けて通れない、できるならば共に栄えてゆくことが望ましい隣領です。隣領でお育ちであればフィリップ様には地理的歴史的な基礎知識もおありで、我が家にお迎えする際にもご苦労はそれほどないでしょう。
フィリップ様はご次男です。ご嫡男はすでに後継として現当主の補佐に入っておられるそうですが、実直な方であるとのこと。ご当主夫妻も、父母が高く評価できるお人柄だそうです。
わたくしはまだ思考が幼くて、結婚というものもまだ遠い未来のことのように感じていました。フィリップ様のことも、将来の夫と言うよりも、親戚になった同い年の子、くらいの感覚でおりました。
わたくしが暢気に過ごしているうち、顔合わせの日が近づいてまいりました。




