「ブックシェルフ 改8」【5】フィリップ様と「ブックシェルフ 改8」
かしこまらない、個室があるところが良いだろうとのことで、両家顔合わせ場所は中心街にある小ぶりなレストランが選ばれました。テラコッタの外観が可愛らしいこのレストランは、実はダニエルズのマダムのおすすめです。個室の数は一つだけで、個室が隣り合わせに並んでいる大きなレストランよりも、かえって話がしやすいそうです。味はマダムのお墨付き。
風のある日で、レストランの前の手入れされた花壇の花がゆらゆら揺れていました。
少し早いですが中等部入学のお祝いの乾杯をしていただき、会食が始まりました。
ラデルのおじさまもおばさまもお話のしやすいやさしい方々で、そばにいて安心できるような実直さが滲みだしてくるような方々でした。フィリップ様はあまりお話をすることなく、ややぶっきらぼうに挨拶した後は、黙々と軽いコース料理を召し上がっていらっしゃいました。
まあ、学園生活の中、愛想のかけらも無い男子は多く見かけました。フィリップ様もその一人なのでしょう。ただ、学園の無愛想男子もグループ活動などで必要があれば話すことも出来ましたし、話がはずむこともありました。愛想男子に豹変です。フィリップ様ともきっかけさえあれば話が出来るでしょう、と特に不安に思いませんでした。
顔合わせが終わって、ラデル家も「ブックシェルフ」を購入すると言うことで、ご一緒することとなりました。
少しお話しては、と勧められ、フィリップ様と並びで歩いていきます。何をお話すればよいでしょう?
ちょうど向かい風に風が吹いていて、風の力を感じながら歩きます。
フィリップ様はわたくしをしげしげと眺めたのち、淡々と言いました。
「お前、地味だな。」
いろいろとお話ししたいことが、たった今できました。
フィリップ様は薄い金髪に水色の目のほどほどに整った顔立ちです。
さきほどの発言には蔑みの気配はありませんでした。ただ、事実確認をした、という声音です。
どこからお話ししましょうか?
「地味かもしれませんが、わたくしはこの容姿を気に入っておりますの。」
「そうか。」
「それから、わたくしはお前ではありません。」
「ミリアム?」
「わたくしもフィリップとお呼びしますか?」
「・・・それはちょっと抵抗あるかな。」
「では当面お互い様付で呼び合いましょう。」
「わかった。」
話が通じるのか通じないのかよく理解できません。
思いのままの発言を率直といってよいのか、発言の結果を考慮していない様子なのが少々気にかかります。悪意がないといえばその通りですが、そこに怖さもあるのです。
悪意を持って貶めるために「地味だ。」と発言するならば、「地味だ。」と言われれば相手は嫌な思いをする、ということについて、共通認識があることにはなります。
嫌がらせのために一方的に名を呼び捨てするのであれば、相手を呼び捨てにしながら自分には敬称を付すことを望むのは傲岸な行為だということを、理解していることにはなります。
フィリップ様にはその理解も認識も欠けているようです。想像力自体が欠けているのか、想像力を働かせることを止めているのかはわかりませんが、それは、問題を引き起こす可能性があります。
でもまだ判断には早い、お互い様子見でしょう。そもそもわたくしたちはまだまだ成長途上です。
フィリップ様はスポーツがお好きで、休日はお友達と乗馬に出かけたり、学園のコートを借りて球技をしたり、人数が集まれば試合をしたりすることもあるそうです。乗馬ならばわたくしもできそうです。
わたくしも魔道具やルスカの話をしましたが、反応は薄いものでした。興味がないのでしょう。ただ、興味がないので聞く気もないことを、周囲にわからせてしまう。そのことにも危うさを感じます。
「古書の匂いは臭いな。」とのことです。実際独特なにおいがある本もあって苦手な方もあるでしょう。そこは人それぞれです。
フィリップ様が熱心に語るテニスのお話を聞くうち、メリダ百貨店の前につきました。
まずはメリダ百貨店です。日々購入するもので、選択に慣れている品物であればとにかく、慣れないものであれば何を買うにしてもメリダ百貨店です。品物を見ることが出来て正確な商品説明をお願いすることが出来ます。仕入れた品物の品質も良く、百貨店で気に入りの品を見つけてそのまま購入に至ることは実は多いのです。
中等部進学の時期とあって、別館の学園関係販売特設会場には「ブックシェルフ」の一角もありました。
同じく中等部に上がる同級生たちの姿もあります。ご挨拶などしながら、カタログと商品説明をお願いしようと、百貨店スタッフを探しました。幸運にもガーランドさんが担当してくださることになりました。
ガーランドさんは支配人を務める方で、総支配人になることを拒否していらっしゃる方です。売り場に出られなくなるのが嫌だそうです。各種商品への造詣が深いばかりでなく、メリダ百貨店でご用が済まない方には、各人の要望に合った各方面のかなり特殊な専門店のご紹介までしてくださる方です。顧客からの信頼は揺らぎないものでした。
「現在、購入される方が多いため、こちらにある商品はほぼすべて見本品となります。お気に召した商品があれば、別途新しいお品を配送いたします。」とのこと、店内を見回りました。
よく出るのですよ、とご紹介いただいたのは容量30冊のもの。シンプルな外装で好感が持てますが、正直物足りません。入れておきたい本はきりがないほどあります。ただし、容量が多くなると価格も跳ね上がります。それだけの必要があるでしょうか?
一度買えば、10年から20年使う場合が多く、ブックシェルフの容量は各家庭で必要量を考えて決めるものです。将来、必要資料が多い仕事に就く可能性が高い場合は容量多めで、そうでない場合は日常生活に不足のない容量で購入するのです。
ラデル家のおばさまおじさまが、さきほど紹介されたブックシェルフ(30冊容量)を熱心にご覧になっています。
わたくしが黙っていると、父が「容量の大きなものを見せていただけますか?」と問い合わせてくれ、少し移動することになりました。
容量の大きなものは生産量が少ないこともあって値段が高い。値札を見てうなりそうになりました。それでも、と大容量製品が置いてある一角を一つ一つ見て回ります。
優しい値段の大容量ブックシェルフというものは存在すら無いのかしら?わたくしの妄念を察知されたのか、ガーランドさんが「どうぞこちらへ。」と端のほうへ誘導してくださいました。
売り場から少し外れたところに大きな木製のブックシェルフが一つ、置いてありました。
さきほどの売り場よりも凝った作りのカードで製品表示がとりつけてあり、「ブックシェルフ 改8」とくっきりとした字で記されていました。
これはわたくしのために作られたに違いない。一目でそう思いました。
「典雅でございましょう。職人が凝りすぎました。これだけの容量のものであれば、保管庫として外見よりも丈夫さが優先されることが多く、この作りこみであれば、より小型のものが好まれるのです。」
ガーランドさんが苦笑しておられました。
150冊と大容量でありながら、濃い茶色の木製の書棚です。魔道具部分はおそらく金属パーツですので、魔道具部分を別材料で覆い、書棚にしてあるのです。木製パーツには植物を模した彫刻が施されていました。優美な彫刻で、思わず目で追ってしまいます。
大容量の場合は書類・書籍の保管庫として金属でできた堅牢なブックシェルフが望まれるでしょうし、装飾的な意味を持たせたいならば、客間においても邪魔にならない小型のブックシェルフの方が好まれるでしょう。
職人さんのこだわりの一品となったために高い値段を付けざるを得なかったこのブックシェルフは、需要の隙間に落ちてしまったようです。
「機能的にも、もうじき新バージョンのブックシェルフが発売になりますし、この『ブックシェルフ 改8』は現物のみの単品生産品で、本来の価格はこれにふさわしいものなのですが、価格を下げてご提供できますよ。」
ガーランドさんは、紙に数字を書き付けて父母にみせました。
下げていただいた価格でも予算をオーバーするであろうことは容易にわかります。素晴らしいブックシェルフですもの。その数字に父母がうなっていると、ラデルのおばさまおじさまが近づいてこられました。しょぼくれたわたくしとその前にある「ブックシェルフ 改8」、うなる父母に数字の記載してある紙を一瞥し、状況を読まれたらしいのです。
お二人で何かささやかれた後、父母に、「共同購入いたしましょう。」と言ってくださいました。
実は、兄弟姉妹では無論、婚約者同士などでもブックシェルフを共有するケースがありました。ブックシェルフには使用者設定を行い、基本的に設定者しか利用できないようにするのですが、大きめの容量のブックシェルフ購入の上、使用者設定時に2名を設定しておくのです。将来結婚した際に2つのブックシェルフを家に置くよりも、あらかじめ容量の多いものを購入しておき、結婚の際にそれを運び込んで利用するのも合理的な判断でした。ブックシェルフに付属するリーダーは希望で複数購入することができます。
婚約が調ったばかりではありますが、フィリップ様とわたくしのブックシェルフの共有もありえます。
万が一結婚に至らない場合は、代価を払ってどちらかの家が引き取るという解決方法もありました。
共有する場合は、半々の利用が多いですが、相談により使用割合を変えることもあります。
例えば100冊の場合、書籍は教科書参考書しか使わないから、30冊分で十分、残り70冊は使っていいよ、と譲ってもらう愛書家のご令嬢もありましたし、逆に、私はあまり必要ないから、65冊分研究職目指す資料を入れていいわよ、と譲られるご令息もありました。そこは相談です。
フィリップ様はスポーツ少年です。わたくしは、フィリップ様を見ました。期待に満ちた目をしていたことでしょう。
「フィリップ様、どのくらいブックシェルフをお使いになる?」
「どのくらいとは?」
「何冊くらい本を保管されますか?」
「教科書類30冊くらいかな。」
期待が沸き上がります。
「それでは、残り部分、わたくしが利用してもよろしいでしょうか?」
「かなわないよ。」
フィリップ様は素晴らしい人かもしれません。
次の日、ソフィア様が寮のわたくしの部屋に押しかけていらっしゃいました。




