「ブックシェルフ 改8」【6】雨の日の婚約者談義
顔合わせの翌日ソフィア様がわたくしの部屋に押しかけていらした時、外は雨でした。
ソフィア様は入寮していらっしゃるのです。
押しかけていらっしゃいましたが、歓迎します。
公爵家専属パティシエ謹製のお菓子をご持参でした。大歓迎に修正です。
ソフィア様の仮眠場所とわたくしの読書場所がかぶり、死闘を繰り広げてからというもの、ソフィア様とは仲良くさせていただいています。今では学園内の仮眠場所または読書場所となる所を、安息の地として共有、共同開発しています。現在、安息21号まであります。
また、ソフィア様にはダニ友認定していただいています。
わたくしはダニエルズ贔屓、ソフィア様が俳優のダニエル・ファーガソン贔屓のため、ダニエル贔屓友達、略してダニ友だそうです。光栄ですが語感が悪いので、その名称には異議があります。
本日ソフィア様はパジャマ姿です。クマ柄は意外です。可愛いのですがお行儀が悪い。
「ソフィア、寝坊ですか?昨夜夜更かししました?」
ソフィア様とは「様」抜き呼びですが、わたくしの心の中ではソフィア「様」です。
お友達ですが、得体のしれないスケール感に思わず「様」が付属してしまうのです。
あくびをかみ殺しています。
「いや違うのよ。ガーランドのじじいにしてやられた。」
ガーランドのじじいとは、あのメリダ百貨店の名物支配人のガーランドさんのことでしょうか。
「昨日、『ソフィア様でなければ誰が使うのか、とまで思われます、ソフィア様にふさわしいお品に巡り合いました。』とかいうメッセージ付きで、カウチ送りつけてきた。お試しのカバー付きだったから、その上にそのままごろってしたら、寝てしまって、今の今まで熟睡してたのよ。大きさと言い形状と言いスプリングの具合と言い、悔しいけど文句のつけようがないわ。」
お買い上げ決定のようです。
ガーランドさんは、細かい要望を持つ(時として癖の強い)方々が大好き。正確に言えば、要求が細かい方に合わせたぴったりの商品を探し出すことが、仕事の域を超えて大好きなのです。
ソフィア様もガーランドさんお気に入りの顧客の一人で、時折、ソフィア様宛「お試し」品が寮に届けられるのですが、お試しの結果は、お買い上げ一直線。毎回、ソフィア様が「やられた」と呻いています。
「需要がないと思われたところに需要を作り出すマジシャンて。ガーランドのじじいめ。ある意味商人の見本だわね。舌を出して笑う姿が浮かぶわ。」
ガーランドさんはそんなお行儀の悪いことはしません。いつも百貨店の洒落た制服を隆と着こなす正統派紳士です。
「いや、それよりミリアム!婚約したってね。顔合わせしたんでしょう?」
相変わらず耳が早いです。身を乗り出してどうだった?と聞かれます。
ソフィア様はお行儀悪くベッドに腰かけています。その前に小テーブルをずるずる引きずっていきました。
ソフィア様は「たくさん入る方がいいでしょ。」とのこと、寮内ではマグカップ愛用派です。
こと、こと、と運んできたカフェオレ入りのマグカップをテーブルに2つ置きました。
わたくし用に椅子を運んできます。
「ごあいさつ程度で、まだあまり話もしていないわ。そういえば、地味だなって指摘されました。何というか率直な方といいましょうか。」
ソフィア様が鼻にしわを寄せました。
「率直ねえ。仮に率直だとしても、率直に言われたことがすべて真実じゃないわ。ミリアム、あなた素点65点くらいあるわよ。付加点0点だけど。評判のマリエル嬢だと素点68点の付加点130点てとこかしらね。元がそれほど負けてるわけじゃない。」
美人の話題が出ると確実に名前が出るくらいマリエル様はお美しいのです。つややかなピンクブロンドに長いまつ毛に縁どられた水色の大きな目、きめ細かな肌、眼福です。
「あれは付加点がすさまじいのよ。ただ、ケチをつけるわけじゃない。付加も時間と技術と費用がかかるから。努力の成果の一つだと思って。それもあってマリエル嬢は自宅通学なんだと思うわ。付加・手入れには人手が要る。化粧をする年齢になったら、更に付加点が上がるわね。」
まだお化粧もしないのに、お手入れでそこまで変わるものでしょうか。
「そういうもの?」
「そういうもの。まあ、それは必要かどうか決めればいいことよ。マリエル嬢は必要があるから努力してる。その結果が130点よ。アレックス・ゴードン様との婚約もまとまったしね。ミリアムはミリアムで考えたらよいことよ。」
考えました。
「うちの場合はしかるべき時にふさわしい装いができれば、それでよいかしら。」
「だったらそれでよいのよ。まあ、それを地味と形容する人はいるかもしれない。それが嫌になる日がきたら、付加にかかれば?」
ソフィア様は笑っています。
再度考えます。
「しばらくなさそうですわね。それくらいなら、学園内安息の地の開発に時間を取りたいもの。」
「では結論。フィリップ様はあまり見る目がない。」
話の脈絡が断ち切れている気もしますが、まあソフィア様です。
断定したソフィア様はうんうんうなずいています。
一つ大きくうなずいて続けます。
「フィリップ様ね。ニュータイプの馬鹿の可能性が捨てきれないのよね。」
「ニュータイプ?」
「そう。悪意なく破壊をまき散らす馬鹿。最近他の馬鹿ともつるみ始めたって聞いてる。馬鹿を利用する馬鹿もいるからね。馬鹿単品ならまだなんとかなっても、馬鹿のフルコースとなると破壊力が洒落にならない。」
「?」
「ミリアムもわたしのコンセプト知っているでしょう?」
ソフィア様、腕組みってお行儀的にどうなんでしょうか。
「多すぎてどれかわからないですけど。」
「学園内で苦労しとけ!」
「ああ、それですのね。」
ソフィア様がわたくしの顔を覗き込んで言います。
「社会に出て初めて苦労するよりも、ある程度コントロールとリカバリーの効く学園時代に苦労しておくべき、問題解決のやり方を学んで実践しておくべきだと思ってる。だから色々と安易に介入しないようにしてる。ただね、押しつぶされる可能性が低いから学園時代に苦労しろ、って言ってるの。押しつぶされることは全然望ましくない。つまりね、万一自分で対処できる範囲を超えたら、相談しなさいよ。私でなくても良いから。」
「?わかりました。」
この時、それがどういう状況なのかわたくしには良くわかっていませんでした。
わいわいお話している間に忘れ去られてしまっていたカフェオレに気が付いて、口にしました。
冷めても美味しい。
「ソフィア、ブックシェルフは購入した?」
これを聞きたかったのでした。
「ん?フランツが買うときに共同使用にしたいってわーわー言ってたから、専門店直行で強化金属製容量
200冊。周囲も使ってなかったし今まで使わないでいたけど、今年から使うわ。ちなみに流星号が乗っても壊れない強度よ。」
得意そうな顔です。普通、馬はブックシェルフに乗りません。
流星号とはソフィア様の愛馬で、現在学園付属の厩舎に滞在しています。なぜか希少な白馬であるのに「流星」号。それには訳があるそうです。まだ聞いてはいません。
シルバーブロンドに深い青の目のソフィア様が白馬に騎乗する姿は、正義の何かのようで、やってもいない悪事を白状してしまいそうな圧を感じる、と畏怖されています。
「フランツ様とはいつご婚約されたの?幼馴染でいらっしゃいましたね?」
「フランツねぇ。小さい頃は、天真爛漫ね、ちょっとぼんやりさんなのが可愛いわね、で済んでたのよ。育てば変わると周囲は思ってたから。それが小等部に入学しても、年齢が上がっても変わらないでね。否定のしようがない天然ボケだって周囲が認めざるを得なくなって、監視でもつけとけって流れで私が婚約者に納まることになったのよ。お互い婚約しとかないと、周りから『婚約者はいかがですか~』て動かれても面倒だしね。だからまだ将来はわかんないわ。ガーランドさんにでも探してもらおうかしらね?」
これ名案かも?とソフィア様が首をかしげます。
いやそれ、フランツ様におっしゃらないで下さい。多分泣かれます。
「アマーリエは今日どうしてるの?」
寮のお部屋はしっかりとした作りですが、多少の生活音は響きます。お隣のお部屋はとても静かです。
「朝からお出かけしてるみたい。」
ソフィア様は手をぽんと打ちました。
「そうだった!今日は婚約前の実験的顔合わのはず。」
本当に耳が早い。
お互いの婚約の話は、先日アマーリエとも話しています。
「アマーリエのところは、気が合うなら婚約しても良いか、位の判断らしいわ。相手方からの申し入れだったんですって。」
「今回2回目かな?前回の時にたまたま寮の前で、アマーリエとアマーリエを送ってきていた婚約者未満?候補?と出くわしたけど、なかなか感じの良い少年だった。」
すでにソフィア様に見分されていたようです。
そういえば。
空のマグカップ2つ持って立ち上がります。
「ソフィア、悪いけれどフローリーに予約を入れてもらっているから、そろそろ準備して出ないといけないの。」
「え?フローリー?市街の方の?旗艦店ではなく?」
「そう。」
「一緒に行くわ!行ってみたかったけど機会がなかなかなくて。行きましょうよ!」
平民から低位貴族が対象のお店です。高位貴族のソフィア様では訪れる機会がないかもしれません。
ソフィア様、立ち上がってわくわくしているご様子ですが。その恰好では外出できません。
「ソフィア、パジャマのままだけど・・・。」
高速で着替えたソフィア様と女子寮を出ると、いつの間にか雨はやんでいました。
フローリーでは、思ってもみなかった興味深いお話を聞くことになりました。




