「ブックシェルフ 改8」【7】フローリー
お祖母様お祖父様が予約してくださったのは「フローリー」宝飾店でした。あえて店名には宝飾店の文字を使っていません。商品の幅が広く、宝飾品でない装飾的な小物類も扱っているからです。平民から低位貴族をターゲットにしており、価格を抑えながら魅力的な品をそろえていると評判です。
ソフィア様のような高位貴族では、かえって敷居が高いのでしょう。
フローリーは工房を所有していて、店舗には工房で作成された作品をメインに商品が並んでいます。価格を抑えるため、一般に人気の財産代わりになるような宝石ではなく、低価格で入手できる人気の薄い宝石や貴石を使用しています。しかし、その品質には自信を持っており、中にはフローリーで扱われるようになって人気が出てしまい、需要増のため高値になってしまった宝石もあるほどです。
デザインもデザイン料の高い大御所ではなく、若手デザイナー、時には学生デザイナーの作品を積極的に取り入れています。
今回予約を入れていただいたのは、貴族の利用も多い旗艦店ではなく、支店の方。支店の方が、学園に近い街の中心街にあるのです。店は小さくとも、総支配人のケリーさんが中心となって、フローリーの中でもより先鋭的、冒険的な商品を扱っています。
お店に伺うのを楽しみにしていました。
警備上の関係なのか、間口は小さめ。メタルとガラスの扉が通りに面していますが、きっと夜間はシャッターを下ろすのでしょう。予約の時間少し早めに、ソフィア様とフローリーに入りました。
総支配人のケリーさんは女性。ダスラウ王国出身の方とご結婚されていて、ダスラウ王国の製品にもお詳しい方です。
まずはネックレスとピアス、最低限のセットについて、ご相談です。年齢的に出ることは少ないとは思いますが、フォーマルな場にふさわしいものは、母や祖母が少女のころに使用していたものを借りれば済みます。流行にあまり左右されない型であつらえてあるのです。今回は、カジュアルとフォーマルの中間程のアクセサリーで、流行を少しだけ取り入れて作っていただきたいのです。
わたくしはあまり装飾品に詳しくないので、いろいろと知識を持っているソフィア様が同行してくれたのは、実は心強いです。
店内の接客用ラウンジスペースでケリーさんとお話をしていると、ちょうどその御夫君が買い付けから
戻ってこられました。工房で使用する素材のほか、デザインの参考や宝石、貴石、貴金属類などの素材の研究のため、各地の宝飾品類、特に古くなって壊れるなどして捨てられそうになっている宝飾品類を集めておられるそうです。安価であり、興味深いデザインや素材が含まれていることも、実は多いそうです。
本来使用する裏口が使用できないので失礼します、と大きなスーツケースを店の奥に運び込まれました。急いで奥から出てくると今度は馬車から古びた箱を抱えおろして、御者にありがとう、と声をかけています。旗艦店の馬車の様でした。
何故古い箱をお持ちなのか気になって尋ねてみました。
ちょっと面白いものが入ったので、とおっしゃるその箱を見せていただくと、中には、古いものと思われるアクセサリー類がつまっていました。緑や黒、こげ茶の錆が来ていたり、宝石がはずれて土台が見えていたり、ちょっとかわいそうなことになっています。
その中に何か見慣れない細長い金属があります。ケリーさんにお断りして、手に取ってみました。
「見たことある気がする形だけど何だろう・・・。」
ソフィア様が私の手からその細長い金属を取って、指に突き刺すしぐさをします。
「魔道具関連の本で見たんじゃない?昔は魔道具の個人使用設定なんかに血液を使っていたでしょう。指に傷を入れて血を取るための道具があったのよ。太めの針が先についてるわ。」
そんな危ないものは置いといて下さい。
「そういえばありましたわ。古魔道具の本に出てました。痛そうで嫌です。」
ソフィア様の手から針のついた金属を取り上げます。何かあったら困ります。
「痛い上に傷も残ってしまう場合があるし、血液を使っていたのはごく初期だったみたいね。確か家の蔵にも何個か転がってた気がする。」
歴史的遺物の転がった蔵。我が家の蔵にはもっぱら壊れた修理待ちの道具類が転がっています。たまにいたずらで忍び込んだ子供が転がってることもあります。実家のスケールが違います。
「もう髪の毛で個人使用設定できますからね。」
先日の「ブックシェルフ 改8」も、早々に髪の毛を使って、個人使用の設定を済ませています。わたくしとフィリップ様限定です。非常時用のアクセスキーは学園に預けることになります。
古びた箱は今、カウンターではなく、わたくしたちがアクセサリーの説明を受けていた、接客用のラウンジの低めのテーブルの上に置かれています。
御夫君が箱の側面などを見分しながらおっしゃいました。
「ラナック島の出自です。今回初めて島から出たのではないかと思います。」
御夫君の言葉にケリーさんが息をのみます。
「ラナックなの。」
わたくしたちにはよくわかりません。
ソフィア様が小首をかしげています。
「ラナック島になにか曰くがあるのでしょうか?」
ラナック、といえばラナック島でしょう。ラナック島とは我が国の持つ海岸線の先にある孤島で、我が国の領土。かつては村落などもあったのですが、現在は無人になっています。
御夫君は箱をごそごそと漁り、あった、と赤い宝石らしきものを、大切そうに手のひらに置いて取り出しました。欠けてしまっているようです。
それを指でつまんで慎重に持ち上げて、光にかざして息を止めて眺めてから、ほう、と息をつかれました。
「ブラッドライトですね。正真正銘の。」
宝石を手のひらに戻して、手を少しゆすってから続けられました。
「昔々の話。今もそうだけれど、かつて赤色は生命の象徴として尊ばれる色だったのはご存じですよね?」
「ええ。歴史的に見ても、残されている記録や絵画から、王侯貴族の正装用マントの色は赤が多かったはず。」ソフィア様が答えます。
「そう。だから赤い宝石は皆が欲しがるものでした。しかし、かつては人為的に採掘できる赤い宝石は存在していなかった。そこに発見されたのが、ラナック島のブラッドライト鉱。大変な騒動になりました。島を領地とする領主が鉱山を管理することになったけれど、どうしたと思いますか?」
「島の閉鎖ですね。」
ソフィア様が身を乗り出しています。座っていた椅子から立ち上がり、箱の中を覗き込みました。
わたくしも覗きます。
「そうです。住民であっても島外への移動は許可制。帰島も許可制で住民であることを証明する身分証が必要になる。物の移動も厳しく制限して、宝石の加工はすべて島内に作られた加工場で行われたそうです。」
「物資の供給はどうしたんでしょうか?」
ソフィア様、無計画に箱に手を突っ込まないでください。
「領主の許可を得た船だけが行き来できた。その船で送ったらしいですね。」
「それでは、以前からの住民は窮屈だったでしょうね。」
「そうですね。実際、本来の住民は徐々に島から出て行ったらしい。もともと仕事が少ないなどの問題もあったから。ただ、鉱山や加工場で働く人々が島に移動してきていたから見かけの人口はむしろ多くなったのかもしれないですね。」
壊れたブローチの土台にそっと触ってみました。今のデザインとはかなり違って見えます。
「今はもう鉱山は稼働していないですよね。どうなったんでしょう?」
「それが、発見から数十年ほどで、他の場所で赤い宝石が採掘され始めたんですよ。しかも大量に。途端に価値が暴落して、島の鉱山は立ち行かなくなった。もともと地形的に問題があって、採掘に費用が掛かりすぎていたから。領主も鉱山をあきらめるはめになり、鉱山は閉鎖、鉱山と加工場で働いていた人々が島を出ていくと、島にはほとんど人が残らなかったんです。」
「それが今のラナック島の無人島化につながっているんですね。」
ソフィア様はまた頷いています。
「後から採掘され始めた赤い宝石は、赤は赤でも島で産出されていたものとは違っていました。今はレッドライトと呼ばれていますが、皮肉なことに、宝石としての価値は島で採掘されたブラッドライトの方が圧倒的に高かったと現在ではいわれています。
ブラッドライトが産出されていたのはラナック鉱山だけだったんです。少なくともその当時は。
今はブラッドライトの鉱山も他で発見されていて、島の鉱山がコスト的に再開されることはもうないでしょうね。運が悪かったと言えるかもしれないですね。」
「ブラッドライト、他の宝石とどこがちがうのでしょう?」
御夫君が、手のひらで転がしていた、欠けてしまっている部分のある小指の先くらいの宝石を差し出してくれました。
「手に取って、光にかざしてみるとわかります。」
わたくしは、それを手のひらで受け取って、落とさないように慎重に親指と人差し指でつまんで持ち上げて、しっかりつまめていることを確認してから、光にかざします。光が・・・通らない?とても暗い赤に見えます。
「光が吸い込まれてしまうようでしょう?」
ケリーさんがショーケースの裏に移動していて、棚を開けています。
「ここだったかな。」
よいしょ、と積み重なった袋の一つを引っ張り出しています。
「こっちに今の話のブラッドライトではない方、レッドライトがあったはず。欠けていたものを別にしておいたの。」
袋を開けて確認して、ジュエリートレイに載せて渡してくれました。
「本来廃棄対象になるようなものだから、心配せずに見て。」
ソフィア様が受け取って光にかざします。
「うわ、まぶし!」
光を受けて輝いています。
「実際には、土台にはめられている状態で見るからか、あまり違いがあるようには見えなかったようよ。光が当たる状態で比べたら、レッドライトの方が綺麗だと思う人が多いのでしょうね。でも光を吸い込むようなブラッドライトを、血の色に近い原始の赤として尊ぶ文化もあるみたいね。」
わたくしもソフィア様も、ケリーさんが出してくれたジュエリートレイの上に、持っていた宝石を載せてお返ししました。欠けていても宝石は宝石。扱いには慎重になります。
「かつてはラナック鉱山だけがブラッドライトの産出地だったんですね。」
「そうですね。管理は厳重なものだったから、商品として流通したもの以外、島から出されることはなかったそうですよ。」
箱の中を物色していたケリーさんが小さな包みを持ち上げました。包みに細かいほこりがついているのをそっと指で払っています。
「ほら、こんなものもあったわ。」
包みをそっと開けて中身を見せてくれました。
深い赤の粉状の何か、粉よりも大きめの塊も含まれています。
「ブラッドライトの粉末ね。加工場から出たものだと思う。希少な宝石だから破片も粉末も利用したのでしょう。破片さえも管理されていたと書き残されてるわ。」
手で鼻を押さえながら顔を近づけて見てみました。
息で飛びそうで怖いです。
「どう利用したんでしょう?」
「破片であれば、装飾の一部に使うこともあったし、魔道具の小さなパーツになることもあるわ。破片が小さくて粉状であれば研磨剤にもある。たしか絵の彩色にも使われてたわね。」
「絵の彩色・・・。」
「もちろんそのままではなく、絵具にしてからだけど。たしか膠を使ったはず。」
アクセサリーのオーダーを終えてフローリーを辞去した後も、血のような深い赤の宝石が、なぜか心に残って離れませんでした。
このころ学園内の探索が楽しくなっていたわたくしは、資料の閲覧許可についてお伺いしたいこともあり、大学構内のダレス先生の研究室をお伺いしてみることにしました。
そこでわたくしは、グレンの消息を知ることとなったのです。




