「ブックシェルフ 改8」【8】グレンの消息
大学は学園と隣接しているといっても、大学構内に入る前には門があり、大学生でもないわたくしが立ち入るには少しためらいがありました。少し立ち止まって逡巡した後、考えていても仕方ない、と門をくぐりました。当然ですが、誰にとがめだてされることもありません。ほっとして構内図で先生の研究室のある研究室棟を探しました。
芝生の小さな広場を抜けて、ダレス先生の所属する大学の研究室にご挨拶に伺うと、あいにく先生は所用で席を外されておられましたが、研究室所属の大学生の方が2名おられて、ルスカ談議に花が咲きました。
話題になったのはルスカの拠点はどこだったか?です。各地を旅していたらしいルスカですが、ルスカが拠点を持っていたことは定説となっています。しかし、それがどこであるかはまるで分っていないのです。ルスカはもっと多くのメモを作っているはずなのにそれが見つかっていない、ではその拠点を探せば出てくるのではないか?とは研究者の夢と浪漫です。
実は学園の中ではないか、ひとつ掘ってみるか、などと冗談を言い合っていると、先生が帰ってこられました。
お久しぶりです、とご挨拶をして手土産のダニエルズのクッキー詰め合わせをお渡ししました。これがまた美味しいんです。
「お久しぶり。ありがとうね。ダニエルズは人気があるから奪い合って食べることになりそうだ。」
と、うれしいことをおっしゃってから、
「そういえば、中等部に入学するんだよね?そろそろ貴重書の閲覧許可がとれるかな?学園図書館、大学図書館、国立図書館それぞれルールが違うから確認すると良いよ。保証人が必要だったら、書類を持っておいで。」
とのありがたいお申し出をいただきました。実はご相談しようと思っていました。言質いただきました。
後日、僕がごり押しするの・・・?と困惑する先を拝み倒し、本来許可が出る年齢に達していない段階で、ルスカ資料の閲覧許可を取っていただいたりもしました。僕はごり押しもできたんだね・・・。と先生も感動しておられたご様子。わたくしも先生のお役に立てたようです。
また、先生のおっしゃっていた研究室保有資料の一部は、研究室入り口付近のガラスケースで展示してありました。定期的に入れ替えるそうです。定期的に伺いましょう。
「以前ブライト書店で僕の甥っ子にあったことがあるでしょう?グレン。あの子今、ダスラウ王国にいるんだよ。」
一度話が途切れ、ダレス先生がふと思い出したようにおっしゃいました。
グレンはダスラウ王国に留学していました。
グレンはあの後、父母を説得し、ダスラウ王国の方ですが我が国で商会の仕事をされ、仕事の関係で現在もダスラウ王国と頻繁に行き来している方に連絡をとっていただいたそうです。
その方に話を伺った結果、
・ダスラウ王国の教育機関で我が国の学園高等部に該当する王国学院高等部に所属する者が条件を満たせば、正式採用ではないものの研究機関で研究に携わることができること。
・ダスラウ王国では飛び級制度が採用されており、中等部の年であっても学院高等部に入学することが可能であること。
がわかりました。つまり、中等部の年齢であっても飛び級を成功させ、高等部で成績条件を満たせば、限定的でも研究機関で研究に参加することができるのです。
グレンは飛び級制度により、ダスラウ王国の学院高等部に早期入学し、そこで成績条件を満たして研究機関での研究に参加することを望んだのです。他国籍を有する者にはもう一つ、
・恒常的にダスラウ王国に居住し、生活の拠点がダスラウ王国にあるとみなされる状態で3年間滞在していること。
が、研究機関への参加条件として課されています。グレンはそれを知り、早々にダスラウ王国に旅立つことを決めたそうです。
小等部からの留学、中等部の年に飛び級試験を受けて学院高等部へ、そして、学院高等部で成績優秀者となり研究機関への参加条件を得る、そのころには3年間の滞在条件を満たすことになるでしょう。しかし、そこからが研究のスタートになるのです。言語はほぼ同じではありますが、いったいどれだけの努力が必要になるのでしょうか。
学園と話し合い、将来わが国で仕事に就くことを考えて、学園卒業資格も得ておくことになっているそうです。基本的な単位は、これまでの留学制度に準じてダスラウ王国学院の単位で代替するとして、今後、最終的な卒業資格認定のため、学園の方の卒業試験は受けなければならないそうです。
また、グレンの「じいさま」は我が国の将軍職に就かれていた方でした。
知るものは知っています。ラネスタ国の何代前かの政権が、混乱する国内を取りまとめ、国民の不満をそらし、あわよくば穀倉地帯の一部を手にしようと国境線を破り攻め込んできたのです。
その動きを察知していた将軍は、完膚無きまでにラネスタ国軍を打ち破りました。今後同じことを繰り返されては、我が国が疲弊する。だからこの時に、二度と攻め込もうなどと考えないように、考えるだけで悪夢となるように、徹底的に打ち負かしたのです。当時のラネスタ国の政権はこれが原因で倒れました。
その戦いは、「タラム峠の悪夢」と、将軍はタラムの悪魔と、ラネスタ国では呼ばれており、数十年経った今でも恐れられています。国境線を越えて行き来する商人などの人々を、取り締まることなく黙殺するしているのも、その恐怖からでしょう。
ダニエルズのオーナーもその恩恵を受けたひとりです。いくら飽くなき情熱があったとしても、国境が厳格なラネスタ国軍の管理統制下にあったとしたら、カカオ豆を求めて農園に突撃などできなかったでしょう。そのうち、国境近辺の各領で力を持つマダムのお父様の庇護下に入り、より安全に活動できるようになりますが。
マダムのお父様の庇護下にあることが知れ渡ったころ、安全に動けそうだからと、オーナーはもう少し国境から離れたコーヒー農園まで遠出しています。その時コーヒー農園の支配人のお嬢さんに軽く口説かれてきて、マダムにどやされたと言う愉快なエピソードもあります。
マックスは取り立てて美男ではなくても、話を聞くのも話をするのも上手で、笑窪のある笑顔が魅力的だと、だから口説かれてきちゃうのよ、とマダムがこぼしていました。オーナーはマックスさんと言います。
ラネスタ国との戦いは、防衛戦だったこともあり、また、戦いを仕掛けてきた政権が早々に倒れ国内が混乱したため、新たな獲得領地もなく賠償金等もうやむやとなっています。そのため歴史的偉業とは見なされないかもしれません。しかし、知る人からは将軍は英雄と見なされているのです。将軍の職を退いた今も、生涯にわたって「将軍」の名を使用することを国から認められているのです。
将軍ばかりではなく、グレンのご一族は武人のご一族で、年齢にしては背も高く、将軍からもなかなか筋が良いと評価されたグレンが、研究者の道を志すことには反対も多かったそうです。
しかし、その反対を封じたのは将軍ご自身だったそうです。
「一族にはすでに僕という研究者もいたんだけどね。僕の場合は、身長ばかり高くて、武術系がからきし。親族がちょっとこの子どうしたら?将来どうするの?状態だったから、研究者という選択があることに気が付いて周囲が泣いてたよ。この職業があったかって、安堵でね・・・。」
ダレス先生はちょっと遠い目でした。
わたくしはグレンに敬意を表します。どれほどの決意をもって旅立ったのでしょうか。
あのぶすくれ少年にエールを送ります。
感動を噛みしめるわたくしをよそに、ダレス先生が、戸棚をあけてごそごそと何かを移動させています。
「預かったものがあったんだったけどね。研究室に来た時でよいから渡してって。え~と。え~と。」
結局それは戸棚ではなく机の上、本の間でした。
先生、しおり代わりに利用されてましたね?
ハイ、と渡されたのは封筒。手紙を入れる長細めのものとは違い、より縦横比率が1:1に近い封筒です。
表書きに、ミリアム・パークレスター様 と丁寧に書いてありました。
ひっくり返して裏を見ると、グレン・デアギル 拝、とこれまた丁寧に書いてありました。
何でしょうか?
また、ハイ、と声がして顔を上げると、先生がにこにこしながらレターオープナーを差し出してくれました。
ここで開けるのでしょうか?まあ、先生に秘密にしなければならない機密事項もないでしょうし良いでしょう。
レターオープナーを右手に封筒を持ち上げて困りました。レターオープナーを隙間に差し込もうとしましたが、隙間がほとんどないのです。どれだけ厳重に封をしたのでしょう。レターオープナーの先をねじ込むように切り口を開けて、封筒を開けました。
中には薄いクリーム色の厚手のカードが入っていました。
引っ張り出すと、金色の唐草模様に縁どられた優美なカードでした。
そして、そこには
M A L E A №3
と丁寧な飾り文字で書いてありました。
知っています。マレア文書№3に描かれているのは
カ メ ム シ
です。
感動を返せ。ぶすくれ少年。
嫌がらせがグレードアップしています。美しいカードで美しい飾り文字で嫌味を送り付ける。
その落差を、攻撃力に変換しているのです。
もともとこの謎かけ風のメッセージも、ルスカのスタイルを模しているのでしょう。
ルスカは後世のわたくしたちをからかうように、メモの一部を謎かけのような形で残しているのです。
「ルスカのパズル」です。何を意味するのか、今だ分かっていないものも多いのです。
小癪です。
留学前に時限的な嫌がらせを仕込んでいくとは、敵ながらあっぱれ、といったところでしょうか。
い つ か 絶 対 に 泣 か す
心に決めた日でした。
中等部に入ったころ、我が国の政策により北方のダスラウ王国との交流が盛んになり、テニスやポロの親善試合が行われて大いに盛り上がりました。それが、わたくしの学園中等部での生活に影響を与えるなどとは思ってもみませんでした。




