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元婚約者とその友人(女性)は、ある種お似合いのベストフレンズです(あなたに奪われたものを数えましょう)  作者: 暁
《1》 ザッハトルテ

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ザッハトルテ【4】 愚かな人々


 誕生日の翌日から、愚かな人々が熱心に、楽しそうに活動を始めました。


 「バックドア」と呼んでくすくす笑う人。

「わたしだったら耐えられない。」と声高に話す人。

「マリエルと比べると容姿がなあ・・・。」とにやにやしながらわたくしに視線を送る人。

通りすがりに、「ぷぷっ」ただ見せつけるように笑う人。


 フィリップ様は昼頃やってきて、

「誕生日プレゼント受け取っただろ?父上か母上に俺からの誕生祝いのことを聞かれたら、ちゃんと受け取ったって言っといてくれよ。」と念押ししていきましたね。

 やはり、おばさま、おじさまに注意されていたのですね。 


フィリップ様の友人が2人ついてきていて、わたくしをちらちら見ながら

「バックドア」「バックドア」

としたり顔でうなずきあっていました。笑いが止まらない様子で、楽しそうです。


 愚かです。2重の意味で愚かです。


 フィリップ様がわたくしを粗雑に扱い、わたくしがそれに対する抗議などを行っていないことから、わたくしを一段下に見て良い人間であると判断したのでしょう。わたくしが愚弄されることを受け入れていると。愚弄されて当然の人間であると。


 愚かです。


 何の事情があるのかは外部からは分からない場合も多いのです。

わたくしが抗議などを行わなかったのは、婚約解消が見込める以上、フィリップ様と関わって更に不快な思いをすることを避けていたから。それだけです。

これは読めない状況ではありません。

現に、幼い頃から状況を読むことを訓練されてきている高位貴族の方は理解しておられるようでした。


 また、わたくしを一段下の人間と判断することと、判断に従ってわたくしを貶める行動に出ることの間には、行動に移すというもう一つの判断が働いているはずです。

その判断が愚かなのです。

仮に、必要があって挑発的な行動を取らなければならない場合があるとしても、それは今では無い。

ただただ、誰かを下に見て貶め、悪意を向けることそのものを楽しんでいる。その衝動が止められない。

そんな下劣な人間であることを声高に叫んでいるようなものです。


 無論、愚かな人々は一部です。

貶める行為を冷ややかに無視して通常通り接して下さる人や

穏やかな同情を持って接して下さる方がほとんどです。


 全く別の独自のやり方で接して下さる方もありました。 

お隣の席のソフィア様はその別枠。ソフィア様は、一貫して「笑わせてくれる人」。

ずいぶんと心を軽くして頂きました。


 愚かな人。賢明な人。味方になって下さる人。

信頼すべき方、尊敬すべき方がこのときに分かったのは皮肉なことです。

また、同情というものは、与えるにも受け取るにも賢明さが必要であることもこのとき理解しました。

同情を与える側が一歩間違えると、同情を受けるべき立場に立たされたことを相手に嘆かせてしまう。

また、受け取る側も、同情を受け取るだけの度量を持っていなければ、同情を向けられることを辛く感じてしまうと言うことです。



 愚かな人々に反応しても、彼らに楽しみを与えるだけです。

わたくしは無視を決め込みました。

幸い、通常通り接して下さる人や守ろうとして下さる人と過ごしていれば

大過なく学園生活はおくれたのです。


 誰に貶められても、わたくしが自分を貶めることは決してありません。

あの父母に育てられたわたくしは簡単には折れません。 

わたくしは弱くは無い。そう思っていました。


 しかし、今回彼らは執拗でした。

何分、彼らに与えられた「楽しい物語」が派手でした。


誕生日に、婚約者や恋人に贈るとされている最上級のプレゼントを贈られ、パーティーを主催してもらう美しい「お友達」と、

誕生日に、同じ店の通常貴族は購入しない商品を粗雑に渡される冴えない(と彼らが断ずる)「婚約者」。


繰り返し繰り返し、彼らが消費してもすり切れない物語だったのです。


 彼らの幼稚な言動そのものよりも、複数の誰かに悪意を向けられ続けることにわたくしは心を少しずつ抉られていっていたようです。

昨日も今日も明日も。きっと明後日も。

いつどこで悪意にさらされるのかわかりません。

一つ一つはささやかであっても悪意をぶつけられ続けることに疲れていしまったようです。


 自分の不調を感じたわたくしは、お休みの日、市街へと足を向けました。

ダニエルズカフェに向かおうと思ったのです。あのいつものテーブルでゆっくりしよう。

ダニエルズカフェに行こう、と思うだけでいつもは心が弾んでいたのに、なぜか心が動かない。

何か嫌なものを感じつつ、わたくしは、気を引き立てるように華やかなトートバッグを選んで本を入れ、女子寮の先生に行き先を告げて出かけました。


 ダニエルズは市街地の中心、広場に面した場所にあります。学園のある場所からまっすぐに歩いて行っくと、広場です。ただ、学園側の道とダニエルズの間に、立派な石造りの銀行があるため、広場に入るまでダニエルズは見えません。


 青い空が遠く見えるその日、同じくどこか外出先に向かう学園の顔見知りの方々と挨拶しながら歩いて行ったのですが、私は広場に入れませんでした。

あと少しで広場に入るという場所で動けなくなりました。


 足がすくんだのです。

どうしても銀行の見える角から広場に入ることが出来ない。

角を曲がろうとすると、ひざから下の力が入らないのです。


 くすくすと笑いが聞こえるような気がしました。

楽しい笑いでは無く、誰かを馬鹿にした笑いです。

はじめは、広場に向かう曲がり角で誰かがおしゃべりをしているのかと思いましたが、誰もいません。 

「バックドア」「バックドア」とあざ笑う声です。

夏が近づいてきたあたたかい風に乗って、すえたにおいが感じられます。


 もう分かりました。これは現実のにおいでは無いのでしょう。

わたくしだけが聞き、わたくしだけがかいでいる音とにおいなのです。


 わたくしはダニエルズの店に行き着くことはできませんでした。


 どうしようもなく、女子寮に戻りました。先ほど送り出してくれた先生が、不思議そうな顔でわたくしを見ておられましたが、事情を説明するのも億劫で、無言で頭を軽く下げて自室に戻りました。


 マダムにも「ごめんなさい。行けなくなりました。」とだけ、魔鳥メッセンジャーでメモを送りました。魔道具で直接お話も出来たのですが、マダムなんと言って良いのか、自分でもわからなかったのです。マダムが取っておいてくれたはずの、わたくしのお気に入りのあの小さなテーブルは、今日誰が使うのでしょう。



 わたくしはダニエルズに近づくことも、ダニエルズのケーキを食べることもできなくなっていました。


 ここでは誕生日前後の件のみに焦点を絞ってまとめていますが、フィリップ様の言動に貶められるのはこれが初めてではありませんでした。これまでにも、何度も何度も繰り返されてきたのです。

 

 寮の自室に入ると、外がまぶしく感じられてカーテンを引きました。

ここにあったはず、と引き出しの奥から久しぶりに常夜灯を取り出してスイッチを入れました。

そばに置いておきたくて、幼い頃に使っていたものを寮に持ってきていたのです。

持ってきたものの、寮で使うことはこれまでありませんでした。

 影絵の子猫も小鳥もうさぎも踊り出します。かごを持った女の子がやってきて一緒に踊ります。


 わたくしはその日、寮の部屋でお行儀悪く膝を抱えながら、領地の父母のことを想いました。


 わたくしにとって幸福、愛情、信頼、安寧と平穏を意味していたザッハトルテ。オーナーとマダムの長年の努力の結晶である世界一のザッハトルテ。

 そして、ダニエルズカフェ。両親と離れ学園生活を送るわたくしをささえてくれていた大切な場所。


 それが今、愚弄、軽視、侮蔑、嘲笑を押しつけられて載せられて、悪意の道具に貶められている。

わたくしを傷付ける人たちの道具にされてしまった挙げ句、わたくしから奪われてしまった。




 これが1つ目 あなたはわたくしが大切にしてきた記憶を汚し、置き換え、心を癒やす場所とともに奪いました。




◆◆◆




 取り纏めていると、あの頃の辛さ、混乱、やるせなさ、悲しみそして怒りが思い出されて疲れはしましたが、気持ちを整理する一助になった気がしました。





 ただ、わたくしはしっかり者のつもりでいましたが、このかつての出来事のとりまとめに対して反応が返ってくる可能性を失念していました。

まだまだですね。

 



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