ひとつひとつ【15】グレンの望み⑤建国の日
エミリ様が少し震える声で、写本の右のページの解説部分を読みます。
『出自:アラナン領の領主館、領主館書庫の一角から発見されたルスカのメモ。同領主館書庫からは複数のルスカメモが纏まって発見されている。領主館居住者等からの聞き取りによると、領主館書庫にはもっと多くのルスカメモが保管されていたとのことであるが、その枚数は不明。アラナン領困窮のため売却されたとの証言もあり。元々の保管数が不明のため、売却による散逸数も不明。』
「アラナン領の領主館書庫!ラナック島のルスカの拠点にあったメモが、何らかの形で領主館に移動していたってことか?そうなのか?」
ダレス先生の中では、すでにラナック島にルスカの拠点があったことが確定のようです。
「ルスカ拠点ラナック島説」を唱えた者として嬉しいです。ありがとうございます。
「島から、ルスカの拠点から、どれだけのルスカメモが流出してしまったんだ?そこから売却されたのか?どれだけのルスカメモの行方が分からなくなってしまったんだろう。」
ダレス先生が額に手を当て、それから両手で顔を覆いました。
研究者がルスカの拠点を探し求めるのは、それがどこにあったかが興味深いからという理由ばかりではありません。
発見されているルスカのメモの数は、推定される作成数にはるかに及ばず、ルスカの拠点には、確かにあるはずであるのに発見されていない、ルスカのメモが数多く眠っているに違いないと思われるからです。
その発見は研究者の夢なのです。
拠点に眠っているはずのルスカのメモが領主館に保管されていたとしたら、どのくらいのルスカのメモが拠点から移されてしまったのか、その数量は非常に気になるところです。
考えたくはありませんが、すでに拠点からすべてのルスカのメモが領主館に移されてしまっていたとしたら。発見されているルスカのメモの数が不足しているのは、世界中に散逸してし、またその過程で失われてしまっていたからだったとしたら。
今考えても仕方がありませんが、ぞっとしません。
ルスカの拠点にあると考えられている未発見のルスカメモ。それがどれくらい減ってしまっているのか。領主館から、更にどこに行ってしまっているのか。検討しなければならない新しいファクターです。
「アラナン領から売却されて、人の手から人の手に渡って、ラネスタ国に流れたのか。今回ラネスタ国で発見されて、我が国に贈られた彩色スケッチは。」
イアン様がまたつぶやきます。
「可能性はありますね。」
グレンもじっと本のページを見ています。
エミリ様が解説部分の朗読を再開されました。
『メモ本体スケッチ:スケッチはルスカらしく詳細かつ繊細。人間の上半身左側のみのスケッチ。何故上半身、左半身だけのスケッチかは不明。』
「こっちの右半身と対になっているとしか考えられない。」
ミリアム写本と、アラナン領主館出自の写本のページを、じっくり見比べながらグレンが言います。
「大きさも同じ。形状も左右対称で反転させればほぼ同じ。」
「違っているのは彩色部分とメモの部分か。」
二つの写本はそっくりです。
仮定ではありますが、
ラネスタ国から贈られた彩色スケッチ=アラナン領(ラナック島)=エミリ様の見つけた写本
この3つがつながりました。
解説部分はまだ続いています。
『ルスカメモ本体メモ(文章等):
①意味のとれない文章。「肩」「腕」「つながる」「問題」といった単語は見受けられるが、文章の体をなしていない。
②SUMとあるのは伝説的なアラナン領領主である「片腕サム」のことである可能性が高い。
その根拠:・すべて大文字であることから人名等の名称を示していると推察される。
・通常SAMの綴りとなるところ、片腕サムは好んでSUMと署名していた。
(残された複数の書類から確定。)
スケッチが片腕サムの上半身と想像することはできるが、その根拠はなく、関連性は不明。』
ルスカの字は流麗ですが、読み辛い、スケッチとあわせて、おそらくこうだろうと、おそらくこの部分に記載されている文章はこう書いてあるだろうと、推測に推測を重ねて解釈されることがほとんどです。
ルスカがわざと読みにくく書いたのか、美しさを求めるが故に読みにくくなったのかはわかりません。
「ルスカのパズル」と呼ばれる所以です。
彩色のルスカメモも、簡単に読むことができる内容ではなく、ダレス先生の研究室で解読中。
推測を重ねても文章の形になってくれない「ルスカのパズル」であると、エミリ様もイアン様も嘆いていらっしゃいました。
このメモの文章も読み辛いものなのでしょう。
それよりも、問題は「SUM」です。
「建国の日の伝説の、片腕サムなの?」
「ここで片腕サムがつながってくるのか?」
「逆だろう。片腕サムに関連するルスカメモだから、アラナン領にあったとも考えられる。」
「このルスカメモ、このスケッチと片腕サム、どんな関連があったんだ?」
「片腕サムか。女神さまに願って、動かなかった腕が動くようになったんだったな?」
「スケッチは上半身部分だよね。腕が含まれてるよね。そういうこと?」
「片腕サムはどちらの腕に問題を抱えていたんだったけ?」
「人体補助魔道具なの?人体補助魔道具で腕が動くようになったの?」
「ルスカが人体補助魔道具を完成させていたってことか?そうなのか?」
驚きのあまりか、脈絡もなく言葉が飛び出し、収拾がつきません。
先ほど仮定的につながった
右半身の彩色写本=アラナン領(ラナック島)=エミリ様の見つけた左半身の写本
ここに、同じく仮定的ではありますが、「片腕サム」がつながります。
ルスカによる右半身と左半身の図=女神さまに願い、腕の動きを取り戻したとされる「片腕サム」
このつながりは、人体補助魔道具の存在を強く想起させます。
実は、片腕サムの腕の動きを取り戻したのはルスカによる人体補助魔道具だったのではないか。
「片腕サム」とルスカの人体補助魔道具。
その関連性につながる情報が欲しい。
そして、「片腕サム」と人体補助魔道具がつながるのなら、人体補助魔道具によって「片腕サム」が自由に動く腕を取り戻して海賊を退けたなら、そうであるなら、グレアム叔父様の人体補助魔道具を起動させるための糸口になる何かが隠れているのかもしれません。
ダレス先生が、グレンに尋ねました。
「片腕サムに関しての論文はないのか?民俗学者がまとめたものがあるはずだろう?」
「片腕サムの論文なんて家にはないよ!絵本しかない。」
グレンが叫びます。片腕サムが出てくるとは想定外です。資料など集めていません。
グレンの絵本は何バージョンでしょう。海賊か王子様か平民か、後で訊いてみましょう。
「国立図書館は開いてたな?資料室も大丈夫だな?」
「はい。開いてます。」
国立図書館の休館時間にうっかり図書館まで行ってしまい肩を落としたことが何度かあって、開館時間はがっちり覚えています。
祝日開館のはずです。今はお昼。開館している時間です。資料室の方も開いています。
「資料室には、肖像画のコレクションもあったはずだ。片腕サムの肖像画も含まれているだろう。こちらも何らかのヒントになるはずだ。」
「国立図書館に行ってくる!」
2階から玄関に向かって走りながら、ダレス先生が叫びました。
「あら、行ってらっしゃい。」
ダイニングルームから顔を出したフラン叔母様に見送られながら、珍しく全力疾走するダレス先生を追いかけます。
武芸一般駄目とおっしゃいますが、結構俊足でいらっしゃいます。
デアギル邸は街の中心部に近い場所にあり、デアギル邸から広場では、馬車を準備するよりも走ったほうが早いのです。
勢いに任せて走りながら気が付きました。
あ、ここから先には広場。ひ ろ ば 。
ひ ろ ば
わたくしが入ることができなくなったーー
幻の声、幻の匂い。
暗く澱んだ何かが、じっとうずくまって、わたくしを待ち構えているのでしょうか。




