ひとつひとつ【14】グレンの望み④建国の日
建国の日、デアギル家のお祝いの席。
ダレス先生、エミリ様、イアン様の研究室組も楽しそうです。
「イアン君の望みは?」
「ラナック島へ行くこと!行って調査すること。公式な調査の前に僕がルスカの未発見資料を見つけます。アルバイト頑張ります。」
イアン様は研究の合間を縫って、アルバイトで家庭教師をしておられます。親しみやすいお兄さんの家庭教師として学園小等部では大人気です。
わたくしも、できることならラナック島に行きたい。自費ででも行きたい。イアン様の願いは良くわかります。
「それで、エミリ君の望みはなに?」
「LかRか判別することです。『ルスカの人体補助魔道具一覧集』早く見せて下さい~。待ちきれません~。」
「朝からこればっかりなんです。」
イアン様がため息をつきました。
つい昨年魔道カメラが実用化されましたが、高価で貴重であるため国家が管理するレベルです。ルスカの研究はまだまだ写本頼りなのです。
「良いから早く見せて下さいよ~。」
ダレス先生もため息をつきました。
「これはもう限界っぽいね。グレン、ミリアム君良い?」
エミリ様は典型的な研究者気質でいらっしゃいます。もちろん、研究室に所属する方々は多かれ少なかれ研究者気質をお持ちの方が多いのですが、その中でもエミリ様はトップオブザ研究者気質、群を抜いています。
何かが気になると、それについて「調べる」「考える」ことに全力傾注するタイプで、それ以外のことが目に入らなくなるのです。
イアン様が、やれやれ、といった風情でエミリ様のお世話をする姿は研究室では珍しくありません。
グレンがフォークとナイフをきちんとお皿に置いてから、答えました。
「はい。実は俺もまだきちんと全部には目を通してないんです。ページ数が多すぎて。一度全部に目を通さないと、と思ってミリアムに譲ってもらったんです。人体補助魔道具に関係があるのかどうか疑わしいものまで含まれていて、強烈な厚みになってますよね。」
わたくしもグレンに続きます。
「はい。わたくしも問題ありません。」
『ルスカの人体補助魔道具一覧集』については、いただいた経緯の不愉快さがあり、そもそもルスカや魔道具への思いが押しつぶされていたこともあって、本を開いたことすらありません。
しかし今、グレンや研究室の方々と一緒に『ルスカの人体補助魔道具一覧集』を開いて資料を検討することは、楽しいに違いないと思えるのです。
楽しいに違いないと思えるようになったことが、嬉しくてなりません。
フラン叔母様が口を挟みます。
「こちらも問題ないわよ。グレンの部屋ね?行ってらっしゃい。」
「久しぶりにダーツでもやろう。アンナはうまいんだ。投擲の腕も凄いから。当たると痛いんだよ。」
「あら、グレアムも左手で射るのだけれど、なかなかの腕前よ。」
グレアム叔父様は、利き腕である右手に問題を抱えていらっしゃるので、トレーニングソードも左手で巧みに操っておいででした。左手を使ってのダーツがお上手でも不思議はありません。
それにしても。アンナさんが投擲?当たると痛い?
二階のグレンの部屋。
念のため全員石鹸で手を洗って、水気を丁寧にぬぐって待機する中、グレンが 『ルスカの人体補助魔道具一覧集』を持ってきました。
資料の取り散らかせる大きなテーブルに『ルスカの人体補助魔道具一覧集』を広げています。初めて目にしたときにも思いましたが、相当分厚い。武器になりそうなぐらい分厚い。
タイトルは人体補助魔道具、とありますが、人体のスケッチがあるものは、魔道具の要素が含まれているかどうか不明であっても幅広く収録されているため、分厚くなっているのでしょう。
当然のようにエミリ様が本の前に座り、丁寧に表紙を開きました。
「ついに、見ることができるのね。」
つぶやきながら、これもまた丁寧にページを繰って行きます。わたくしたちはその背後から、また横から覗き込んでいます。
いつも笑っているようなエミリ様の目元が引き締まり、眼差しが鋭くなっているのがわかります。
お互いに視界を不自由にしているのですから、ページは良く見えませんが、エミリ様を止める人などおりません。エミリ様があんなにも見たがっていらっしゃったのです。
「グレン、左側のページが写本になっていて、右のページが解説になっているみたいね。」
「うん。そう。」
良く見えないながらも、『ルスカの人体補助魔道具一覧集』は、左のページに写本、右のページにその事細かな解説という構成になっているようでした。
「回路図もかなりある。」
「グレンお得意の?」
「うん。回路『図』の方はね。」
「というと?」
「設計(回路図)の方は得意なんだけど、回路を引くのはちょい苦手。」
略図を使って行われる設計の方は、字が汚くても図が少々雑でもかまいません。
しかし、特殊なペンを使って実際の回路を引くのには正確性が必要になるのです。図にゆがみがあれば回路として機能しません。
グレンについては、デッサンもできるけれど、元は悲惨だったときいています。設計図を正確に写し取って回路を描くのはデッサンに似ています。苦手でも不思議はありません。
エミリ様は本に没頭中で、周囲の様子など気にかけておられない様子です。
写本集とはいえ『ルスカの人体補助魔道具一覧集』自体が古いもので。少し黄ばんでしまっているページもあるようです。
破損を恐れてのことか、エミリ様の本の取り扱いはとても丁寧なものでした。
途中、持参されたらしい、ごくごく薄い紙のしおり数枚とメモ帳と鉛筆を取り出され、そのとき読んでいたページにしおりをはさみ、メモを取って、また次に進まれています。
定期的に聞こえて来ていた、ページを繰る音が中断しました。
ページを繰る手が止まっています。また何か興味深い写本があったのでしょうか?
ページに顔を近づけて、エミリ様が動かなくまりました。
周囲で見守っているわたくしたちも固唾をのみます。
「これ。同じだわ!絶対に!」
エミリ様は、不意に、大声で言いながら勢いよく立ち上がりました。
立ち上がった拍子に、座っていらした椅子が、がたん、と倒れました。
いつも所作まで温厚なエミリ様には、珍しいことです。
「ミリアム写本はどこ!?彩色のあるやつ!」
ミリアム写本が壁に掛けられた部屋は実はグレンの部屋のすぐ横です。
「とってきます。」
「俺も行く。」
グレンの部屋を出て、出窓のある部屋に入ります。グレンが壁にかかっているミリアム写本の彩色のあるものを下ろします。写本を両手で抱えるグレンの先に立ち、部屋の戸を開けてグレンを通して、一緒にグレンの部屋に戻ります。
何があったのでしょうか。
エミリ様は何を見つけたのでしょうか。
額装してあるミリアム写本をテーブルのはしに置いて、額からそっと外しました。額は離れた場所で壁に立てかけました。
彩色の写本を、待ち受けていたエミリ様に手渡します。
写本を受け取ったエミリ様は、先ほど開いたページの横に彩色のミリアム写本を置きました。『ルスカの人体補助魔道具一覧集』の写本の載っている左ページに合わせるようにして、本そのものの左側に彩色の写本を置かれたのです。
エミリ様の勢いに押されて、その時まで、エミリ様のじっと眺めていらしたページは見ておりませんでした。それが、今見えています。
そのページにあったのは。
人 体 の 上 半 身 左 側 の ス ケ ッ チ でした。
その大きさ、形ーー今回発見された彩色のスケッチと左右対称で、よく似ています。
「これ、対になってるでしょ!2枚で1組ではない?!」
息を飲みました。
エミリ様のおっしゃる通りに思えます。
このたび、ラネスタ国から引き渡された彩色のルスカメモ。そのメモと、『ルスカの人体補助魔道具一覧集』のこのページに写されているルスカメモは、一対のものに見えるのです。
「どういうことなんだ?一対だったのか?ばらばらにされたのか?」
疑問が一度に湧いてきます。
スケッチにはルスカのメモ、書き付けが添えられています。そして、スケッチの斜め下には
「SUM」
と流れるような字で書かれていました。
「SAMでなくてSUM?」
イアン様がつぶやきました。
「この写本の出自はどこになる?ミリアム君、何と書いてある?」
ダレス先生が焦ったように訊ねました。
右のページには、その写本の元となった文書が記載されています。
エミリ様が、ゆっくりと読み上げました。
「原典:アラナン領 領主館 書庫 収蔵 ルスカのメモ」
アラナン領。ラナック島の所属する領です。




