ひとつひとつ【13】グレンの望み③建国の日
建国の日。わたくしはデアギル家のお祝いの席にお招きいただいています。
わが国の祖にあたる国を建て初代国王となった武将が、女神さまに「国を統一したい。」と願いを表明し、剣を賜ったとされる日です。この祖にあたる国が、後年分裂してできた国の一つが我が国です。
アマーリエは朝から婚約者のネイサン様とお出かけです。婚約のピアスをつけているのが気になるのか、時折嬉しそうに耳に手をやりながら出かけて行きました。ネイサン様は寮の門のところで待っておられました。
ソフィア様は婚約者のフランツ様が迎えにいらしていました。珍しく面倒くさそうな顔もせずにお出かけしているのが不思議でしたが、フランツ様とソフィア様、両家の祝いの席に顔を出した後、国立劇場に観劇に行くそうです。建国の日の記念公演をです。主演はダニエル・ファーガソン。
なるほど。
デアギル家では、ご長男一家は領地、ご次男一家は他国に滞在しておられて、本日の席も、正式な祝宴ではなく、肩ひじの張らない気楽な席とのことでした。
グレアム叔父様、フラン叔母様のほか、ダレス先生にアンナさんやナタリーさんたち、デアギル家のスタッフと研究室のエミリ様、イアン様、グレンにわたくし、の内輪の席です。
「アンナたちも皆で楽しめるようにブッフェスタイルにしたから、好きな時に好きなものをとってね。アンナが腕を振るったのよ。」
フラン叔母様が広々としたダイニングルームの壁際にしつらえてあるブッフェテーブルに案内してくださいました。まだ午前中ですが、1日ゆっくり夕方までのお祝いの予定です。
どれもとても美味しそう。お腹を空かせて来るように、ということだったので、寮の美味しい朝食を抜いてきたのです。準備万端です。
生ハムを巻いたフルーツをお皿に盛りました。
何故か、マダム思い出の紫色のフルーツもありました。避けました。あの破壊的な酢ゆさは生ハムパワーがあっても無理です。
ひとまず全員着席。
乾杯です。
わたくしとグレンはお水にワインをほんの少し垂らしたもので乾杯です。
「建国の日おめでとう。望みがかないますように!」
改まって一人一人順番に望みを表明するといったことはありませんが、建国の日ですから、お互いに「望みは何?」と聞きあったりします。
「グレンの望みは何?」
「じいさまの魔道具を起動させること。これ絶対。
それから、俺のベスト猫をお迎えして、ずっと一緒にいること。これも頑張る。」
流石、愛猫家グレン。
グレアム叔父様が苦笑します。
「グレン、それはどれくらいこちらにいられるのかも関わってくるんじゃないのか?」
「うん。その点は考えてる。」
せっかく猫をお迎えしても、グレンがこのおうちからいなくなってしまうのであれば、猫も気の毒です。
フラン叔母様が続けます。
「グレン、猫ちゃんの方の都合もちゃんと考えるのよ。」
「もちろん、分かってる。」
そうです、どうしても環境の変化になじめない猫もいるので、配慮が必要です。
良くわかっていらっしゃる。
グレアム叔父様もフラン叔母様も愛猫家でしょう。
優しいグレンに望まれてお迎えされる猫は、必ず幸せになると思います。
その時、呼び鈴の音がして、アンナさんが対応に立ちました。
「旦那様、奥様、お二人のどちらかのご署名が必要な受取証明付のお手紙でしょうか?書類でしょうか?何通か来ております。」
フラン様が立ち上がって玄関に向かわれて、戻ってこられたその手には、封蠟付きの正式な書状が数通ありました。
「ダレス宛の縁談が3,4件と、あらグレンにも来てるわ。建国の日のイベントね。」
ご自分の席の横に書状を置かれて、わたくしの方をご覧になりました。
「ミリアムちゃん宛のものは領地の方に来てるんでしょうね。」
「はい。事前に何件か打診があったと聞いています。」
「えっ」
グレンが驚いています。失敬な。
「ミリアムちゃん,婚約相手として魅力的ですものね。」
「はい。パークレスター領はなかなか評判が良いのです。領地規模も程よいですし、行政の仕事に興味のある方々にとって魅力的な場所だと思います。婚約の申し込みも就職活動の一つなのでしょうね。自領が評価されて嬉しいです。」
「そんなはずない。だってミリアムはカ、」
グレンは言い淀みました。
またか!言わずともその先は知っています!
カ メ ム シ
です。
『そんなはずない。カメムシに縁談が来るはずが無い。』と言いたいのですね?
言い淀むのも当然でしょう。
グレアム叔父様とフラン叔母様にばれるのは嫌でしょうからね。
他家の令嬢を虫認定していることは!
積年の恨みが甦ります。
「ミリアムちゃんの望みも聞いて良い?」
「グレアム叔父様の魔道具を起動させることと、パークレスター領の繁栄です。それから、とある人を泣かすことです。」
「泣かす・・・。楽しそうね。お手柔らかにね。」
フラン叔母様がにこりと笑まれました。
泣かすのはフラン叔母様のご令孫です。
フラン叔母様が届いた書状を一通一通確認しています。
「グレン宛はダスラウ王国からね。」
「あの、ここで開封しても良いものなのでしょうか。」
「ええ。建国の日の縁談申し込みは、祝いの席で公開されることも許容されているから大丈夫。」
この日グレンに舞い込んだ縁談は、わたくしも知る方からのものでした。
ダスラウ王国のアランデル伯爵家のカレン・アランデル様。
あの眼鏡の知的美人なお姉様です。
ダスラウ王国の大学生であり、成績優秀。研究所にも所属しておられます。
伯爵家の一人娘で、お父様は研究所の副所長。
打診があって断ったとはグレンから聞いていましたが、今回はダスラウ王国の将軍職の方が仲介に入っての正式な申し込みです。
ご本人の条件もさることながら、ダスラウ王国と我が国の融和政策の一助となる良縁だろうと、添え書きにあったそうです。
同じ研究所所属。優秀。伯爵家の一人娘。お父上のご職業。ダスラウ王国との関係。
おまけにご本人は美女。
言うことなしです。
「グレン、評価高いのね。素晴らしい条件の縁談ではない?」
隣のグレンを見上げました。
え、グレン、久しぶりに凄まじいぶすくれ顔です。
「いや、いいから。断る。打診も断ったのになんでさ。」
「一応正式に申し込んでみようということだろう。向こうも良い条件だということは分かっているから、あきらめられないんだろうね。」
「あ、向こうの将軍家通してると何か難しい?」
「大丈夫。条件の良いお嬢さんだから、善意で仲介して下さってるの。こちらが理由あってお断りすることを否定的に思われたりなどなさらないわ。良くあることですもの。」
「グレン、正式にお断りすることになっても良いの?綺麗なお姉様だったじゃない。」
第三者のわたくしでも驚くほど、良い条件のお話です。
「俺は、世間的に美しいかどうかは理解できるけど、それがあんまり心に響かないタイプだから。」
ぶすくれたグレンは、前菜の、生ハムをのっけたトマトを口に運びました。
生ハムが乗っていれば野菜も存在を許されるようです。
などと考えていると、グレンは何かに気が付いたように、目を見開きました。
もぐもぐが高速になりました。次いで、慌てて飲み込んだ様子です。
グレン、よく噛みなさいって教わったでしょ?
「ミ、ミリアム。人それぞれだと思うけど、ミリアムは容姿が心に響くタイプなの?」
「え、違うと思うけど?」
「どんな容姿が好みなの?まさかと思うけど、アレックス様タイプ?!
大人っぽい頼れそうな渋い感じの美丈夫タイプ!」
いや、人の話を聞いて。
「まさか身長も高ければ高いほど良いって人?!」
グレンもダレス先生も長身、家系的に上背がおありなのでしょう。
アレックス様などグレンよりも高身長の方もいらっしゃいますが、少数です。
何の問題が?
背が高いから本棚の高いところの本にもすぐ手が届く。
それでいて、本や資料をテーブルに並べて椅子に座ると、話をするのにほど良い高さにグレンの顔があるのです。
グレンの身長はちょうど良いのです。
「ねえってば!!」
グレン、うるさいです。
グレアム叔父様は腹を抱えて笑っておいでです。
フラン叔母様も噴き出して笑っておられますよ・・・。
ふと気が付くと、もしグレンが今回の縁談をお受けしてしまったら、何と寂しいことだろうかと思うわたくしがいました。
本人に爵位が付随しないといっても、家柄が良く優秀なグレンには、条件の良い縁談がこれからも持ち込まれるでしょう。
懇親会の時、グレンがダスラウ王国の研究所に就職してしまったら、会えなくなって寂しいだろう、とは漠然と思いました。
しかし、それだけではありません。
仮に、国内でのお相手との縁談が持ち上がったとしても、今のように一緒にいることはきっとできない。
その時わたくしは、笑って祝福して、距離を置かなければならないのでしょう。
その日が来ることを少し想像しただけで、寂しくなってしまう自分が少々情けないのです。
心の中ので何かが欠け落ちてしまうような寂しさです。




