ひとつひとつ【11】グレンの望み②
4人で魔道具の機動を待ちます。
動きません。
動きません。
「何で。」
グレンがつぶやきました。
「念のため、四半時ほど待ってみましょうか。」
フラン叔母様がのんびり提案しました。
「そうだな。じゃあ、新聞の続きでも読むか。」
グレアム叔父様も落ち着き払っています。
「ミリアムちゃん、建国の日うちにこない?みんなでお祝いをするのよ。正式なパーティーではないから気楽に来てくれると嬉しいわ。午前中からなんだけど、アンナが腕をふるうから、お腹を空かせて来てね。」
「はい、ありがとうございます。楽しみです。」
答えながらも、魔道具が気になって仕方がありません。
グレンもいらいらと歩き回りながら、魔道具を見つめています。
待っても待っても、魔道具は動きませんでした。
「残念だがグレン、うまく起動しないようだな。」
グレアム叔父様は笑って立ち上がりました。指の出血はもうありません。
グレンは全身をこわばらせて立ちすくんでいました。
目を合わせようにも、顔が下を向いていて、目を合わせることができません。
「グレン、グレン。」
名を呼びますが、聞こえているのでしょうか。
呼びかけに反応しないまま、モーニングルームの床にグレンが崩れ落ちました。
床に座り込んでいます。
こぶしを握り締めて、全身がこわばっているのがわかります。
「どうして!!!どうして!!!」
グレンが絶叫するように叫んで床を叩いたとき、グレアム叔父様がグレンの肩をぐいと掴みました。
「フラン、手伝ってくれるかい?」
「もちろん。」
お二人で硬直するグレンをずるずると引っ張って行かれます。力持ちです。
「ミリアムちゃん、グレンの部屋から、トレーニングソード持ってきてくれる?壁にかかってるやつよ。裏庭にお願いできる?」
振り向いたフラン叔母様にお願いされました。
グレンに部屋の壁には、確かにさやに入ったソードがかけられていた気がします。
わたくしも、たしなみ程度ですがトレーニングソードを扱ったことはあります。
重いことは知っていたので、慎重に壁から降ろして、両手でしっかりと持ってから、足早に裏庭に向かいました。
ソードのつかと、さやの部分に、デアギル家の簡略紋に赤い宝石が象嵌されていました。
赤い宝石?
トレーニングソードをグレンに差し出すと、グレンは硬直したまま手に取ってから、何を受け取ったのか気が付いたように、はっとしました。
「トレーニングソードか。」
その時、フラン叔母様がわたくしの肩をとんとんとたたいて、
「ミリアムちゃんはこっちね。」
裏庭の家からの出入り口に近いところに、デッキチェアが置かれています。
フラン叔母様は、ちょっと失礼、とおっしゃって、家の中に入って行かれました。
裏庭には笑顔のグレアム叔父様が、トレーニングソードを片手に構えて立っておられました。
グレンは一瞬でぼこぼこでした。
最初のうち、怒りを、いらだちをぶつけるかのように、トレーニングソードを勢いに任せてたたきつけるようだったグレンの動きは、徐々に、制御された動きになって行きました。
ぼこぼこですが。
片手がままならないのに、なんてお強いのでしょうか。グレンは心得はあるといっても現役兵士ではありません。ぼこぼこです。
片腕サムもかくやあらん、と言った強さです。
ぼこぼこのグレンには悪いのですが、子供時代に読んだ海賊バージョン片腕サムの物語を思い出して、ほのぼのとした気分になりました。
ついでに着替えてこられた笑顔のフラン叔母様にも、ぼこぼこにされていました。
グレンはふらふらと芝生の上に倒れました。
思わずデッキチェアから立ち上がると、フラン叔母様に声を掛けられました。
「世の中、うまく行くときもあれば、うまく行かないときもある。そういうものなの。長年生きてきて私たちそれが身に染みてるのよ。人体補助魔道具の起動にも、期待してなかったわけではないけど、楽観的でもなかったの。だから、魔道具が動かなかったからって、絶望したりしない。希望を捨てたりもしないわ。私たちは大丈夫よ。グレンの方がショックだったようね。後を、お願いしてよいかしら?」
久しぶりにいい汗かいたわーと伸びをしながら、フラン叔母様はおうちに入って行かれました。
落ち着きはしたのでしょうが、グレンはぼこすかにされて芝生に落ちています。
近づいて、寝転ぶグレンの横にぽすんと座り込みました。
グレンが顔だけこちらに向けます。体は動かせないようです。
「ミリアム。」
「うん。」
「びっくりしたよね。ごめん。久しぶりに癇癪おこしちゃったよ。小さい頃は時々あったけど、大きくなって落ち着いたと思ってたのに。小さい頃は、癇癪起こして悪態ついて、ダレス叔父さんに口元ひねり上げられることもあった。あれ痛いんだ。」
知ってます。目撃してます。
「じいさま、ばあさまから、癇癪を押さえることできればそれに越したことは無いが、万が一癇癪起こした時に、受け流す方法を作っとくようにって言われてて、トレーニングソードの訓練もその一つだったんだ。ミリアムのご家族は皆穏やかだから、こわかったんじゃない?俺、ミリアムのご家族とは違っちゃってるね。ごめん。」
グレンは顔をそむけました。
「こわくはないわ。理由のあることだもの。グレンの失望もわかるもの。本当に残念。ただ今後、理不尽なことで癇癪起こすようなことがあったら・・・」
「あったら?」
「ぶちのめすから。」
グレンの顔がぐりんとこちらを向きました。
「え、そうなの?どうやって?」
「今から考えておくわ。」
考えるのも楽しそうです。
「わかった。その時は大人しくぶちのめされます。」
グレンはちょっと嬉しそうでした。
グレンは、わたくしの家族とグレンが違っている、と言います。
でも、わたくしは、グレンはわたくしの家族とそっくりだ、とずっと思っていました。
人の心を思いやって動けるところがまるで同じなのです。
黙ったまま、そうっと手を伸ばして、グレンの頭をなでます。
思った通り、ふわふわでさらさらです。
ちょっと汗臭いけど。
「グレン、トレーニングソードの紋が赤いのだけれど、デアギル家の紋は赤なの?」
「違うんだよ。俺の色。グレンって名前は、じいさまがつけてくれたんだけど、古語で炎の色って意味 なんだって。だから、家では赤は俺の色ってことになってる。」
「そうなのね。どうして炎なの?強そうだから?」
「いや。炎がないと生活大変だから、炎に困らないようにってことらしい。
じいさま、火の使えない戦場で、冷たいわ固いわ不味いわの食料をかじるのがほとほと嫌になったんだって。炎があればあったかいご飯がたべられるだろう、って説明された。」
深いのか浅いのかわからない話です・・・。確かに暖かいごはんは大切です。
もう、頭を撫でられるのも嫌ではないでしょうか?
手をひっこめようとして
「もうちょっと。」
グレンにねだられました。
まあ、いいでしょう。もう少し撫でてあげたい気もしています。
そういえば、何故グレンはうちの家族の性格のことを知っているのでしょう。
わたくしの家族とは先日握手したくらいですが。
飛び級するレベルの知能だと、握手で相手の性格が分かるのでしょうか?
はて?
見上げると空が青くて、理由もなく、きっと解決策はある、という思いが滲んで来ました。
帰寮前、念のためフラン叔母様に伺いました。
「グレンにぶちのめす宣言をしてしまったのですけれど、グレンが嬉しそうなんです。グレン、まさかいじめられて喜ぶ傾向があるのでしょうか?」
フラン叔母様、そんなにお笑いになると酸素の供給が絶たれそうで不安です。




