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元婚約者とその友人(女性)は、ある種お似合いのベストフレンズです(あなたに奪われたものを数えましょう)  作者: 暁
《5》ひとつひとつ

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ひとつひとつ【16】グレンの望み⑥建国の日

 勢いに任せて走りこもうとして気が付きました。

図書館は街の広場に面しているのです。


あ、ここから先は広場。ひ ろ ば 。 



    ひ     ろ     ば



わたくしが入ることができなくなったーー


幻の声。幻の匂い。


暗く澱んだ何かが、じっとうずくまってわたくしを待ち構えているのでしょうか。



考えては駄目。考えては駄目。


何も聞こえない。何も匂いはしない。


悪意を持ったクスクス笑いなど聞こえない。すえた匂いなどありはしない。


石畳をたたく自分の足音に集中すればいい。


石畳を強く蹴って靴音を高く鳴らします。



その石畳に足をとられ、体勢が崩れました。



「叔父さん、先に行ってて。」



「わかった。ミリアム君に無理させるな。」



「わかってる。」



転ぶことはありませんでした。グレンが支えてくれています。



「ミリアム、ミリアム」



何かに押しつぶされるような声です。



以前、広場に入ろうとして、足がすくんでしまったこと。

足の力が抜け、前に進めなかったこと。

すべて話しています。

きっと足の力が抜けてしまったと思ったのでしょう。



大丈夫よ、と言おうとしたとき、グレンの腕が伸びてーー



そっとわたくしをグレンの腕の中に囲いました。



そのままわたくしの頭を優しく押して、グレンの胸に当てさせます。



「大丈夫。大丈夫。」そう言いながら。



緩くわたくしを囲んだ腕が、少し強くなります。

横から包み込まれているようです。

そして、上からも包み込もうとするように、グレンの頬がわたくしの頭にあたるのがわかります。


グレンの胸からは、グレンの心臓の鼓動が伝わってきます。



どくんー間をおいてーどくん



その音はまるで「大丈夫。大丈夫。」と、わたくしに語りかけているようでした。



「大丈夫。大丈夫。」グレンの声。



「大丈夫。大丈夫。」グレンの鼓動。 



その二つでわたくしの耳は一杯になりました。



他の音は聞こえません。



グレンから香るのはデアギル家の石鹸の香りと、ほんの少しの古書の香り。



わたくしを守り、安心させてくれる香り。



デアギル家の香りと古書の香り。



その二つでわたくしは一杯になりました。



他の匂いはしません。



グレンに包み込まれ、守られて、以前わたくしを傷つけてきた暗く澱んだものが、わたくしから興味を失い、わたくしのそばからずるずると引いていくように感じられました。


石畳の上に落ちて、後ずさりして消えて行くように。



「ミリアム。」



呼ばれて顔をあげました。



グレンがひどい顔をしています。

琥珀色の目がとても固い。



「ミリアム。」



呼ばれただけで、グレンの不安が伝わります。

不安気な声が震えています。


わたくしを心配してこんなに不安になっている。

それだけわたくしを大切に思ってくれる人がすぐそばにいる。



「グレン。」



グレンの腕を軽く、ぽんぽんとたたきました。



「大丈夫。多分もう大丈夫。」



グレンの表情は硬いままです。



「じいさまが、心臓の音が効くことがあるって言ってて、試した。何が効果はあるのかは人によって違うんだって。絶対に悲観するな。でも、うまく行ってもぶり返すことがあるから、楽観するな、でも悲観するなって2度言ってた。」



そうかもしれません。

また、暗く澱んだものが忍び寄ってくることがあるのかもしれません。

でも今。

幻は、わたくしを苦しめることを諦め、引いて、消えて行きました。

今、その幻を退けたことが、嬉しいのです。



「わかったわ。でも、今はもう大丈夫。ありがとう。」


「わかった。でもこれは試させて。」



グレンの鼓動が直接伝わる体勢で、すべらかな動きで子供の様に抱えられました。



は?冗談でしょうか?



そのままグレンは大股で歩き出しました。



え?現実でしょうか?何なの?



「グレンっ。グレン!!」



あまりの出来事に動揺して、何も考えられなくなっているうちに、大股で歩くグレンは広場に入っていました。



街の真ん中で、グレンに子供の様に抱えられてしまいました。あり得ません。



「はい。降ろそうか。」



降ろされた今も、ひたすら驚愕中です。



「グレンっ!」



「大声出さない。じいさまによると、驚かせておくとか別のことに注意をひいておくってのも効果があることがあるんだって。」



ありました。



すべてを忘れてました。



ただ、ふざけた口調は無理に取り繕っているのでしょう。

グレンの表情は硬いまま。

わたくしから目が離れません。

わたくしの顔を探るように眺めています。

様子を見極めようとしているのでしょう。



「それから、俺がばあさまから小さいころにもらった片腕サムの絵本は、片腕サムが本当は王子様のやつなんだけど、両腕が使えるようになった片腕サムが、最後の方でお姫様を片腕に抱きあげて戦うんだ。そのお姫様がさ。戦いの中にいるのにすごく安心したような表情なんだよ。だから、こうすればミリアムも安心できるのかなって・・・。」



グレアム叔父様の指導にグレンの物騒なオリジナルが混ざっていたようです。



それにしても、グレンの片腕サムの絵本がまさかの王子様バージョン。

フラン叔母様変化球でこられましたね?


「安心より先に驚愕だったわね・・・。」


お姫様は安心するのかもしれませんが、わたくしでは驚愕度合いが高いのです。下級貴族だからでしょうか?


それから、これは必ず言っておかなければなりません。


「グレン、不安そうな方がいらっしゃるからと言って、むやみに抱っこしては駄目よ。大惨事になるわ。」


デアギル家が。


グレンは、ミリアムだからだよ、ミリアム以外は俺も嫌だ、などと不服そうに言ってはいますが、信用なりません。



でも、グレンありがとう。本当に大丈夫。



今日はグレンがくれた「大丈夫」で、暗く澱んだ何かを退けました。

きっといつか、その「大丈夫」はわたくし自身の「大丈夫」となって、わたくし自身が、暗く澱んだ何かを追いやることができるようになるでしょう。



グレンが手を取ってくれます。


「今、大丈夫でも、またくり返すこともある。その時は言って。」


「わかったわ。」


グレンの手を一度ぎゅっと握ってから、一緒に走り出します。



やらなければならないことがあるのです。



図書館の列柱はすぐ目の前です。



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