ひとつひとつ【10】ルスカ・魔道具学会懇親会③
懇親会終了間際、ダスラウ王国の研究所所長が、グレンに紙袋に入った茶封筒を渡していらっしゃいました。実験担当の研究所の方が言っておられた資料でしょう。
「業務連絡。今日はもう遅いが、明日の朝には見たほうが良いな。それから、リンダとマリリンが寂しがってるぞ。」
ん?リンダとマリリン?
「リンダは研究所の猫!」
そういえば、灰色の猫とお友達になったことを聞いていました。
「マリリンはスイスブラウン!牛なの!!」
そういえば、グレンは愛牛家でした。
「グレンったら叫ばないの。恥ずかしいでしょう?」
所長もにやりと笑っておいでです。
学会の懇親会は楽しくも、有意義でもあり、結局夜遅くの帰宅となってしまいました。
わたくしも本日は、グレンのお宅に泊めていただくことになっています。父母も同じデアギル邸に宿泊するため、寮の外泊申請もすんなり通りました。
父母も祖父母も翌日は早朝に出発して馬車の旅です。帰宅したときには、フラン叔母様が、将軍の体調を口実に、4人とも寝室に送り込んでいて下さいました。
グレンとダレス先生におやすみなさいと言ってから、わたくしも、疲れ切って、しかし満ち足りて眠りにつきました。清潔な客室のシーツの間に潜り込むと、ほのかにデアギル家愛用の石鹸の香りが漂い、心が安らかになります。守られているような気持になるからでしょうか。
翌朝はまだ暗いうちに領へ向かう父母と祖父母を見送ります。
馬車の中でつまめるように、軽食と飲み物を用意していただいています。
アンナさんがあくびをかみ殺しながら、美味しそうな香りのするバスケットを持ってきてくれました。
早朝出発の父母・祖父母のために、深夜に用意していただいたようで、感謝するばかりです。
お見送りにはグレンも一緒に、起きて来てくれました。
何故か、今にも倒れて床で眠りそうなくらい眠そうです。
あれから本でも読み始め、ついつい夜更かししたのでしょうか。
父母や祖父母が2階から降りてくると、目が覚めたようです。
グレンは背筋をのばして、どこか緊張したように父母と祖父母と握手をしています。
笑顔の父にはぎゅうぎゅうと手を握られて、痛そうにしていました。
お父様、未来ある少年の手を握りつぶしてはいけません。
笑顔も少し引きつっています。
グレンと何かあったのでしょうか。
父母も祖父母もわたくしを争うように抱きしめてくれました。
母が「ミリアム、ミリアム、急いで大きくならなくて良いのよ。あなたが幸せであることをいつも祈っているわ。」と言って目に涙を浮かべています。
お母様、お言葉が少々深刻すぎやしませんか?今生の別れではないですよね?
おばあさまが「いつの間にか大きくなって・・・。」と言葉を途切らせてから、こちらも目に涙を浮かべました。
お祖母様、ひょっとして領地で何かあったのですか?今生の別れですか?
「領地の方は大丈夫ですね?」
何度も何度も問題のないことを確認して、馬車に運び込む手荷物を持ち上げました。
お手伝いです。
持ち上げると、高級紙の束が目に入りました。
「お母様!これ!学会パンフレットですわね?どうして束に!!」
「だって、ミリアムの名前が出てるじゃない。昨日、会場を出るときに受付で伺ったら、今日でもう使えなくなるから、持ち帰って良いとおっしゃってたのよ。」
だからって束。
「あなたもいただいてたの?わたくしの方でもいただいたのよ。」
お祖母様も束。
「永久保存版が5部。額装分2部その予備2部、親戚一同にも送らないと。」
「そうそう。これだけでは足りなかったかしらね?」
ハイわかりました。
朝もやの中、領へ向かう馬車を見送りました。
道中無事でありますように。
学会も終わり、家族を見送って、お腹の底に寂しい気持ちもあります。
「どうする?二度寝しに客室に戻る?」
グレンが聞きます。今日は学園はお休みです。
グレアム叔父様は
「フラン、久しぶりに朝釣り行くか?」
と玄関に向かわれようとしたところ、
「寝不足の今、うっかり落ちて流されると海まで行くわよ。」
と、フラン叔母様に追い立てられて2階に向かわれました。
「もう寝られそうにないわ。このまま起きてるわ。」
「じゃ、俺も起きてる。カフェオレでも飲もうか?昨夜所長から預かった資料も見てみたいし。」
台所へ移動です。デアギル邸では、早朝や深夜のご用事の時は、いちいちメイドにお願いしないで自分で何とかしてしまいます。台所も、スタッフの仕事の邪魔にならない時間帯なら、出入り自由です。
グレンは上手にカフェオレを淹れることができます。
「研究所で訓練した。ブラックのコーヒーの方が得意。何時でも淹れるから言って。」
とのことでした。
「あつっ。」
「あっちっ。」
良い香りのするカフェオレを、ふーふーふいたところであまり温度は下がっていませんでした。
目が覚めます。
台所で作業に使われたり、ちょっと一服に使われたり、大活躍の大きなテーブルの角を挟んで二人で座っています。
「そういえばね。」
「ん?何?」
「この間ケリーさんのところ、フローリーに行ったのだけれど、ラナック島から出たブラッドライトの破損していたもの、売れてしまったんですって。」
そうなのです。欠けたブラッドライトの他に大きめの破片もあったはずで、もしかすると何か素敵なものに出来ないかと、ケリーさんに相談してみようかとフローリーを訪れたのです。
ここのところ、ダニエルズにも古書店にも行っていません。お小遣いはある程度まとまった額になっています。
アクセサリーのメインとはなりませんが、破片と言っても、何かの装飾として使うことがあるとケリーさんがおっしゃっていた気がします。何かささやかながら素敵な品になるようであれば、オーダーしたいと思っていました。
ブラッドライトの粉末を、絵具1本分の値段で分けて下さったケリーさんへの感謝の気持ちもありました。
ところがです。
フローリーにお邪魔すると、ケリーさんは、慌ただしくお出かけ準備中でした。
「うちでは、高価な宝石はあまり扱わないのだけれど、思いっきりグレードの高い宝石で、かつ面倒くさいぐらい細かいカラーの指定が入ってしまったの。だからこれまでにも何度か取引のある卸売店に、良い品があったら、って声をかけておいたのね。そしたら今日、良さそうな品物が入ったって連絡があって、これから見てくるの。
もし、本当にオーダー条件に合う品質だったら早めに押さえないと。せっかく来ていただいたのに、時間が取れそうになくてごめんなさい。」
「いえ、こちらこそ、予約も取っていませんでしたから。
お出かけ前に恐縮ですけれど、ブラッドライトの破片についてご相談したいんです。
ご相談は後日で良いので、ブラッドライトの破片だけでも購入予約できますでしょうか?」
「ブラッドライトの破片?あ~あれ・・・。うちの店での参考用に少し残して、それ以外全部売れてしまったの。」
「どこかから話が漏れて、面白いと思った方があったのでしょうね。残念です・・・。」
「大丈夫よ。」
がっくり気落ちしたわたくしの頭を、ケリーさんが笑って撫でて下さいました。
落胆のため、何が大丈夫なのかは聞いていません。
「あ~そうだったんだー。あ、所長の。資料。資料。」
グレン、同情なら、もう少し心を込めて下さい!。
グレンはがさがさと大きめの封筒から、研究所所長にいただいた資料を出しています。
ばさりと開いて、カフェオレをすすりながら読み始めーーー叫びました。
「嘘だーーー!」




