ひとつひとつ【8】ルスカ・魔道具学会懇親会①
学会懇親会会場は、同じホテルの別の大広間でした。交流目的ですので、立食パーティー形式です。
始まるや否や、グレンもわたくしも会員の方々に囲まれました。
「ルスカ拠点ラナック島説、面白い発想で良かったよ。是非掘り下げて検討してみたいね。」
「高等部の君たちが熱意を持って研究を続けていることが、素晴らしいことだと思うよ。」
「ブラッドライトの粉末がルスカの手に渡った経緯が知りたいな。当時、何があったんだろうね。」
「ラナックベチュラワームはラナック島にしかいないのは不思議だね。」
「ルスカが島民であった証拠が何か手に入ると良いな。」
「そうなんです。戸籍が残っているのかいないのか。残っていれば調べてみたいです。公的な書類でなくても、何かの文書に残っていれば、と思うのですけれど。」
「ラナック島への管理が厳しかったのなら、管理するための名簿なりサインなりはどうだろう?」
「乗船名簿があれば可能性ありそうじゃない?ルスカは良く旅に出ていたのだから、島と本土を結ぶ船は利用したのではない?」
「ルスカ、が本名か本名の一部であればよいけれど、本名でなかったら問題だね。」
「ラナック島のどこかにルスカの未発見資料があるんだろうな。すぐにでも行ってみたいよ。」
楽しい!
自分の考えたことを伝えて、自分では思いつかなかったようなことを伺う。懇親会って有意義なんですね。ダレス先生。
グレンの所属する研究所の所長とお会いすることもできました。研究所の方々数名と一緒に動いておられました。
「レポート発表のためのご署名ありがとうございました。」
「いや、写本も興味深いし、ルスカ拠点ラナック島説も有意義なものだった。これからの研究ネタが続々出てきて嬉しいよ。」
「今後の皆様の研究も是非、追っていきたいです。」
「研究はもちろん、ラナック島に行ってみたくてたまらないよ。ラナック島の所在はアラナン領だったか。アラナン領も『片腕サム』以外の新しい観光資源が手に入ったね。」
「『片腕サム』懐かしいです。」
片腕サムというのは、アラナン領伝説の領主です。子供たちにも人気のヒーローで、どの家庭にも1冊は片腕サムの絵本があるとまで言われています。
「建国の日も近いから、うちも『片腕サム』の絵本探そうかと思ってるんだよ。小さい子供がいてね。どの絵本が良いのか悩みどころだね。」
片腕サムは、若いころから片腕が不自由だったにもかかわらず、海に面するアラナン領を海賊の手から守り抜いた名領主です。
彼については、建国の日にまつわる不思議な伝説が残っているのです。
片腕サムが領主となって繫栄するアラナン領に、とある極悪非道な海賊が目を付けます。それを知った片腕サムが、建国の日、女神さまに「アラナン領を守り切れるよう、この腕がもう一度動くように」願ったところ、女神さまが片腕サムの真摯な願いに心打たれて、サムの片腕を元通り動くようにしてくださったというのです。
実際、このころ沿岸を荒らしまわっていた海賊が、片腕サムに討伐されたということは、史実として疑いのないものです。また、領主となった頃のサムの腕が不自由だったということも明らかです。ですが、女神さまによって腕が元に戻ったというくだりについては解釈が分かれています。
病気により、腕が不自由だったがこの時期に治ったという説。片腕は不自由なままだったが、海賊討伐があまりに鮮やかで、腕は治っていたのだろうと誤った認識が広まったのではないかという説。様々です。
「わたくしのうちの『片腕サム』はひげもじゃ海賊バージョンでした。冒険物語風になっていて、いつも、絵本を開く前からわくわくしていました。」
片腕サムの出自も謎です。本当はサミュエルという名で、王の庶子であったというものから、サム自身が海賊であった、だから海賊対策に秀でていたというもの、アラナン領の平民であったが、住民による自衛組織のメンバーから頭角を現していったのだというもの、そもそも領主の子だったという穏当なものまで、諸説紛々です。
ですから、絵本も、作者の思いが暴走するまま、王子様風であったり、庶民風であったり、海賊風であったりするのです。
従妹の絵本は王子様風「片腕サムの物語~隠された王子」だったように思います。片腕サムも、王子様風の華やかな衣装にすっきりとした美しい顔立ちのヒーローでした。
何故わたくしの絵本は海賊バージョン「片腕サムの物語~大海にはばたく元海賊の英雄」だったのでしょうか?ひげもじゃの。ねえ、お祖母様?
「片腕サムの時代の後、アラナン領も低迷続きだから、観光で持ち直すと良いね。ラナック島に行きたくても、やとえる船すらないと不便だし。不便だからこそ、今行けば研究者として一番乗りできるかな?」
「そうですね。わたくしも行ってみたいです!」
とはいえ、長年無人の島ですから、準備なく飛び込むことはできません。
ラナック島のお話を中心に話がはずみます。
「もし、我が国への留学や研究所への派遣を希望されるようであれば、連絡しなさい。協力しよう。」
「光栄です!ありがとうございます。」
グレンは、研究所での実験を担当していらっしゃる研究員の方と打ち合わせ中でした。
「研究室での実験の進捗状態はいかがでしょう?」
「あ、それについては、所長から資料もらってくれる?今日か明日の早いうちに読むと良いよ。」
「はい。」
「それとグレン、発表のサポートお疲れ。結構笑った。」
ラナックベチュラワームですね。慧眼です。
「は?笑った?『ルスカの人体補助魔道具一覧集』が報酬なので頑張ったんですけど。何故笑い?笑うところが?」
知らぬは本人ばかりなり。
そこにエミリ様が乱入しました。
「え、『ルスカの人体補助魔道具一覧集』あるの?あの希少本。見せて。是非とも見せて。絶対見せて。確か、非公開資料の写本がいくつか含まれてるって聞いたことがある。作者はかなりの伝手がある人か、権力者じゃないかって言われてるほどよ。」
人体補助魔道具は、これまで、非現実的と評価されてきました。そのためか、人体補助魔道具に関連ある資料をまとめたものは少ないのです。
エミリ様によると、個人所有で非公開のルスカメモの写本が『ルスカの人体補助魔道具一覧集』には含まれているとのことでした。
「それはかまいませんが、持ち歩きは少し怖いですね。古いですし。」
学会の前日学園に来たグレンに、『ルスカの人体補助魔道具一覧集』を持って帰ってもらっています。破損や紛失、盗難のことを考えると希少本を持ち歩くのは怖いのです。グレンは古書をやわらかい布で包んで持ち帰ってくれました。
「じゃあ、今度の建国の日にダレス先生にお招きいただいてるから、その時に見せて。絶対。約束。」
「いいですよ。」
興奮気味に食い下がるエミリ様に、グレンは笑って答えました。建国の日は間もなくです。
皆様との話が一段落ついて、周囲を見渡し、ダレス先生方を探しました。
イアン様はちゃっかりと、他の大学の研究室のお姉さま方と歓談中。
ダレス先生は、数名の研究者に捕まっています。おそらくは新発見のルスカメモについて問われているのでしょう。
そろそろ良いかな、とビュッフェテーブルを物色しに行こうと考えました。
確かこの季節にしか出回らない高級きのことチーズのかかったお肉があったはずです。
先ほど、他の方が持っておられるお皿の上で目撃しました!
凝視しないように頑張りました。
パークレスター領の威信にかかわりますから。
お肉万歳。わたくしは博愛主義の食いしん坊なのです。愛するのはスイーツばかりではありません。
「ミリアム・パークレスターさん?パークレスター子爵家の方ね。」
わたくしの後ろから、声が掛かりました。




