ひとつひとつ【7】ルスカ・魔道具学会基調講演③
ルスカ・魔道具学会の日、万一寝過ごしては大変と、ソフィア様が、朝起こしに来てくれました。
学園は、今日明日とお休みの日程です。
いつも寝坊助さんのソフィア様がいったいどうやって?
「ソフィア、朝弱かったでしょ。わたくしよりも早く起きるなんてどうしたの?
寝具もカウチもガーランドさん推奨の、ぐっすりソフィア仕様でしょう?」
「昨日、ガーランドのじじいが、新型の目覚まし寮に送り付けてきた。」
そうですか。いつものお買い上げコースですか。
納得です。
それから何度も言いますが、ガーランドさんはじじいではありません。
起きてきたアマーリエと一緒に寮の食堂で朝食をとります。
「ミリアム、建国の日、どうする? 寮のお祝いに参加? アマーリエはネイサン様とお出かけだったわね。婚約のピアス付けて。」
もうじき建国の日です。わが国の祖にあたる国を建て初代国王となった武将が、女神さまに「国を統一したい。」と願いを表明し、剣を賜ったとされる日です。この祖にあたる国が、後年分裂してできた国の一つが我が国です。
この日は祝日で、学園はお休みです。
初代国王にちなんで、この日に自分の望みを強く願うと、それがかなうという言い伝えがあります。
そのため、親しい人が集まってお祝いするのですが、その中で自分の望みを宣言するしきたりがあるのです。
かつてがどうだったかは知りませんが、今ではそのしきたりも深刻なものではなく、その内容は冗談めいたものでもよいし、心に秘めておきたい望みを明かすことを強制されることもありません。
願いが叶う日ということで、国によっては、婚約の申し込みをこの日に行う慣習があるそうです。
「まだ決めてないの。例年通り寮のお祝いに参加かしらね?」
寮でも毎年この日に、小さなお祝いの会を開きます。
寮生たちが表明する、それぞれの願いの中には楽しいもの、笑わせてくれるものも沢山あって、なかなか楽しい集いなのです。
カフェオレも飲み終えました。時間です。
「行ってきます。」
2人に手を振ります。
「うん。また後でね。」
2人は後から、会場に来てくれます。
ダレス先生やエミリ様、イアン様、グレンと研究室で待ち合わせて、発表準備を確認後、会場に向かいますした
一緒でよかった。
ホテルの大会場を借りての学会ですが、研究者らしい風貌の方が高密度でうろうろしておられて、なんとなく近づきにくいのです。
この方々の前でレポート発表するのでしょうか。
未熟者!などと叫ばれて、何か固いものでも投げられてしまいそうです。
「グレン、傘持ってきた?」
「こんなに晴れてるのに?何で?」
外は稀に見る快晴です。雨予報などしようものなら、正気を疑われるでしょう。
「うん。防御用にと思ったんだけどね。」
別の方法を考えましょう。
割り振られていた席のエリアを見つけて、荷物を置いて、もう一度グレンと最終確認。
そのころには、もう学会は始まります。
以前ダレス先生の研究室でお会いした学会理事長の開会のご挨拶がありますが、そろそろわたくしたちは移動です。挨拶後、基調講演が1本あり、その後にダレス先生の報告があるのです。その報告の後がわたくしたちの出番。
ダレス先生の報告も、写本を投射しながら行われます。
論文発表ではないので反論・異論は出てきませんが、質疑応答では挙手が殺到し、新発見のルスカ文書に対する会員の方々の興味が深いことが良くわかりました。
「何故人体のスケッチなのでしょう?」
「すでに発見されている他のメモにも同様の人体部分のスケッチがあったと思いますが、関連性は分かっていますか?」
「これまでに発見されている人体部分のスケッチのメモも謎めいていましたが、新発見のスケッチのメモ部分は明確な意味を持っていたのですか?」
「何故ブラッドライトによる彩色が行われているのか理由は判明していますか?」
「メモ部分全体の解読はできているのでしょうか?」
発見されたのは謎の多い「ルスカのパズル」です。研究はこれからになるのでしょう。
客席で軽い議論も始まっています。
ダレス先生の報告に関する質疑応答はそろそろ終了です。
わたくしのレポート発表開始のアナウンスがあり、客席はしん、と静かになりました。
近くの方と議論をしていた方々も、正面に体を向け直し、注目して下さっていることがわかります。
わたくしの発表にもう不安はありませんでした。レポートは頭の中にあります。
暗記以前に、考えて考えて頭の中にまとめたものがレポートになっているのですから。
たとえ、緊張で我を忘れたとしても、説明しきる自信があります。
そう確信すると、逆に緊張することもありません。
彩色がブラッドライトであること。
ラナック島外への持ち出しが禁止されていたブラッドライトの特殊性。
ルスカのメモの端のラナックベチュラワームのはみ跡。その形状と色。
ラナックベチュラワームの限定的な生息域。
筆圧の強さ。ベチュラを原料とする強度の強い画用木炭の、ラナック島における生産。
ラナック島の、島民、鉱山・加工工房関係者以外の厳しい立ち入り制限。
物資の搬入も限られていたこと。
そして、ラナック島がルスカの拠点である可能性について。
お話ししたいことが山のようにあります。
発表は滞りなく進みます。
未熟者!の声とともに何かが投げられるのではないか、という恐れもすっかり忘れていました。
気持ちのゆとりがあったために、客席に座っている人の顔が識別できました。
学会講演ですので、客席の明かりは落としてありません。
父母が、祖父母が座っています。顔がこわばり、緊張していることが見て取れます。わたくしが最後まで満足のゆく発表をすることができるかどうか、心配なのでしょう。
大丈夫です。
ソフィア様もアマーリエも、ケリーさんもダニエルズのマダムもガーランドさんも、聴講者の席から見て下さっています。ケリーさんとマダムは、こちらに向かって周囲に分からないよう小さく手を振ってくれました。ソフィア様の近くに、天使の様な美少女と第3王子がいらっしゃったような気もしますが、気の迷いでしょう。
それだけではありませんでした。女子寮の先生も、中止になってしまった学園祭特別講演を担当して下さっていた先生も、学園の他の先生も数人、聴講席にいらっしゃいました。学園祭特別講演の担当であった先生は、実を乗り出すようにして聞いてくださっています。
グレアム叔父様、フラン叔母様もです。
わたくしを支えて下さってありがとうございます。
わたくしはやり遂げます。見ていて下さい。
まだまだ伝えたいことがあるのに、と思いながら、ラナック島がルスカの拠点であった可能性があるとの結論を最後に、発表をまとめました。
これで、わたくしの「ルスカ拠点ラナック島説」が正式に世に出たことになるのです。
ミリアム・パークレスターが「ルスカ拠点ラナック島説」を立てたことは、もう誰にも否定されることはありません。
永遠に残るのです。
わたくしにとっては何物にも代えがたい栄誉です。
幼いころからのルスカと魔道具の思いが、ここで一つの大きな結実となったのです。
幼いころからの多くの人や物との出会いが導いてくれた実りです。
父母や祖父母、ダレス先生、マダムにオーナー、ソフィア様、アマーリエ、ケリーさん、ガーランドさん、エミリ様、イアン様、グレアム叔父様、フラン叔母様・・・数えきれない方々。
そしてグレン。
レポートの発表が終わっても質疑応答が残っています。
ただ、レポートは話の流れとして無理がなく、可能性の指摘にとどまっているため、反論などは出にくいだろうとダレス先生が予測されていらっしゃいました。
実際に、質問に上がったのは、ブラッドライトの存在やラナックベチュラワームの存在をどこで知ったのですか?という類の優しい質問ばかりでした。
むしろ、今後どのように研究を進めるべきか、と言った事項が興味の対象になっているようで、質疑応答の途中から、客席内での意見交換の方が盛んになっていったような気がします。
発表の途中、ラナックベチュラワームのくだりで、大写しになった艶のあるミルクティーベージュのラナックベチュラワームの投射と、その前に立つつやつやしたミルクティーベージュの髪のグレンを見て、
「おお。」
という声が会場の数か所で上がっていました。類似性に気が付いて下さった方があったに違いありません。
その後、ラナックベチュラワームによる「本を含む紙の食害」のくだりでは、怒気を含んだ
「なんと。」
という声が数か所から上がっていました。研究者の皆様のヘイトを買ったに違いありません。
「お前はラナックベチュラワームだ!」
という罵倒が、罵倒として成立する日が来るのかもしれません。楽しみです。
質疑応答が終了し、発表を締めくくるご挨拶の、最後の言葉を申し上げる前に、会場からの拍手が始まりました。
ぱらぱらと始まった拍手が大きな拍手となり、会場中に広がります。
わたくしが高等部の学生だということもあるのでしょう。
励ますように、褒めて下さるように、温かい拍手が鳴り止みません。
グレンと二人、ステージの上で、深く頭を下げました。
ありがとうございます。
レポートの発表が終わって、わたくしは一旦会場を出ました。
聴講もしたかったのですが、聞きに来てくれていた父母や祖父母、ソフィア様たちに挨拶したかったからです。
ロビーで待っていてくれた皆様の姿を見ると胸がいっぱいになって何も言えず、ただ、お一人お一人と固く握手をして感謝を伝えました。
父母と祖父母はいつものように、苦しいほど抱きしめてくれました。
これから、父母と祖父母は、グレアム叔父様とフラン叔母様と一緒にデアギル家に移動します。ボードゲーム大会の後、夕食を一緒にとる約束だそうです。
父母は、領地からのお土産をお渡しするのがとても楽しみだと言っています。
ですが。
お母様、お父様、木彫りの鮭獲り熊は持ってきておりませんよね?
あれは好みが分かれるのです。
熱狂的なコレクターになってくださる方々は、ごく稀なのです。
皆様を見送ってからは、学会の聴講を楽しみたいと思います。
会場の扉のところから見守っていてくれたグレンと、満ち足りた気持ちで会場に戻りました。




