ひとつひとつ【6】ルスカ・魔道具学会基調講演②
最近、お休みの日はグレンのおうちにお邪魔することが多いです。
お邪魔した際に、学園で会う時に、じゃあ、次はこの日においでよ、とグレンに誘ってもらうのですが、結果的に間をおかないでの訪問になってしまっています。
わたくしも、お邪魔するのが楽しいのです。
本日もグレンのおうちに来ています。
グレアム叔父様、フラン叔母様もですが、侯爵家で勤務されている方々も、飾り気のない親切な方ばかり。
さきほどは、グレンの部屋に向かうのに台所の前を通ったとき、声をかけられました。
「こんにちは。ミリアムお嬢様。グレン坊ちゃまのお部屋に行かれるのでしたら、こちらをお願いしても?」
オールワークスメイドのアンナさんです。
お茶、お茶菓子一式入ったバスケットを持ってきてくれました。ピクニック用とのことで、さほど重くはありません。バターの良い香りがします。焼きたてでしょうか?
「そういえば、ダニ何とかっていうケーキ屋さんはまだあるのかしら?」
受け取るときに尋ねられました。
「パティスリーダニエルズは絶賛営業中ですよ。」
「あれ、それなのに今回のご滞在では、お使いのご用事がないわねえ。」
こてり、と首をひねっています。
どうやら将軍ご夫妻は以前、ダニエルズを利用されていらっしゃったようです。
もしかして、気を使っていただいているのでしょうか。申し訳ないことです。
その時リネン類を抱えて通りかかったナタリーさんが言いました。
「前に、広場のところで、坊ちゃんがダニエルズに入っていくところ見たわよ?買いに行かれたのかもよ。」
そうなのかしら?
今、グレンの広い部屋に資料を直に引っ張り出して、二人して眺めています。
グレンはすでに学会の聴講参加が決まっています。
研究所に学会の出欠確認が来た時に、出席希望を提出していたそうです。
研究所の方々も当然学会に参加されるのです。
「発表のサポートするよ。報酬は『ルスカの人体補助魔道具一覧集』でどう?研究所にはあるんだけど、俺も1冊持ってたいんだよ。探してもなかなかなくてさ。」
そういえば、マリエル様のお父様からいただいた希少本がありました。
わたくしがゆすり取ったかのような噂を流され、あまりの腹立たしさに開くこともなく放置してありました。
古書に罪はありません。
グレンに持っていてもらったほうが良いでしょう。
「では、お願いしてよい?」
わたくしのサポートはグレンに決定。発表中のミリアム写本の会場投射などをお願いすることになりました。
グレンの部屋はとにかく広い。広くて無駄なものは置いてありません。壁に剣がかかっていて、観賞用かと思ったら、防犯用でした。
実験のために帰国する際に、用意していただいた部屋だそうです。
「グレン、この部屋果てしなく広いんだけど。端っこの方で2,3人遭難してない?」
「果てしなくない。そこに壁がある。」
確かに、クリーム色に調和する淡い緑色のツタ模様がところどころに入った良い感じの壁が見えてはいます。
「あの壁、本当に存在してるの?蜃気楼の可能性が否定しきれない。この部屋色々と移動してるけど接近したことすらないわ。広すぎるわよ。」
「広すぎない。」
グレンはちょっとぶすくれて、何故か小声で言いました。
「俺のベスト猫をいつかお迎えするから・・・。お迎えしてずっと一緒にいたいから・・・。」
そうでした。グレンは愛猫家でした。「ルスカの猫」のマイベスト猫について熱く語っていたことは覚えています。
しかし、猫1匹と人間1人が入るとしても巨大空間です。猫の福利厚生すら充実しているとは。
高位貴族め。
それにしてもどうすれば魔道具がうまく起動するのでしょうか。
グレンは研究所の準職員といっても、2人ともまだ高等部の学生。力足らずかもしれませんが、資料をひっくり返して調べずにいられません。
グレアム叔父様の手が足が以前のように、思うままに滑らかに動くようになりますよう。
言葉には出さなくても、わたくしとグレン、望みは共有されています。
ダレス先生がひょいと顔を出されました。
「あ、いたいた。2人ともちょっといい?」
「何?ダレス叔父さん。」
「2人とも、学会の後の懇親会出席決まったから。」
「懇親会って何ですか?」
「簡単に言うと学会の後の宴会。自分の研究分野と関連のある研究をされている方と顔つなぎをしたり、会場で訊けなかったことを訊いたり、なかなか意義のある集まりだよ。毎回、会場は違うけどごはん美味しいよ。食べられる時間がない時もあるけど。」
「わたくしたちが出席するのですか?学生なのに良いのでしょうか?」
「うん。グレンもミリアム君も出席してくれって理事長からのご連絡。グレンは今の実験関連、ミリアム君はルスカ拠点ラナック島説の関連で、話を聞きたい学会会員が多そうなんだって。」
ダレス先生はお茶のバスケットを見つけて、バターたっぷりの焼き菓子(焼きたて)をひょいと摘まみ上げて口に入れました。
それは、余ったのではなくて、バターがなじんだ段階で食べるために、確保していたんです!先生!
焼きたてと味がまた違って美味しいんです!
「何かめんどくさそう。」
グレンがぼやきました。
「ここで頑張って情報収集すれば、魔道具の起動にも役に立つかもしれないよ。研究所の面々も出席だって聞いてる。」
「そだね。」
「学会の後だから、僕とイアン君やエミリ君と一緒に移動して出席すればよいからね。そういえば服どうするか決めた?
正装じゃなくて、失礼でない程度の服装で大丈夫。僕は、ベストとネクタイとチーフが付くけど普通のスーツで行くよ。」
「グレン何着ていく?」
「どうしよう。ミリアムは?」
「学園高等部の制服。身分は学園高等部の学生なんだから、レポート発表も制服が良いでしょう?」
「制服かあ。学院の制服置いてきたし、学院の制服じゃそもそも変だよね。」
ダレス先生がもう一つ焼き菓子を摘まみ上げました。ダレス先生・・・それ2個目・・・。
「じゃ、僕の制服着る?ちょっと古いけど、まだ着られるよ~。制服ここのとこデザイン変わってないよね?」
変わってません。女子の間では、流行に乗れ!制服をおしゃれに改変せよ!と主張する一派もあります。気持ちはわからないでもありません。
ダレス先生とグレンは、それほど身長の差はありません。
行けるでしょうか?
ダレス先生が部屋に戻って、学園高等部時代にかつて着ておられた制服を引っ張り出してきて下さいました。
戻ってこられてから、またバスケットに手を・・・。先生、それ3個目です・・・。
グレンが今、学園高等部の制服を着て、わたくしたちの前に立っています。
「いいんじゃない?グレンは学園高等部の籍も持ってるし、制服着用には問題ないね。」
ぴったりではないところも少々あるようですが、サイズ調整は必要ないようです。
グレンは着なれない制服に落ち着かない様子で、袖を引っ張ってみたり、ブレザーの片側をめくって内側を覗いたり、ポケットに手を突っ込んだりしています。
ポケットに何か入っていたようです。薄い細長い紙のようなものをポケットから出しています。
絵の描いてあるしおり?
雑に色が塗られています。
緑と茶色?
「?叔父さん、これ入ってた。」
「あ~。懐かしい。ルスカ猫のしおりだよ。ちっさかったグレンに取られてクレヨンで色を塗られて、取り返したやつ。クレヨンついちゃったけどまだ使えるかな?グレン、この猫一番好きだったよね。」
グレンがダレス先生にしおりを手渡しました。両手で包むようにそっと渡しています。
グレンの制服チェックはまだ続きます。
「内ポケットもあるんだね。」
「便利よ。女子のブレザーにもあるんだどね。たまにいろいろ詰め込みすぎてふくら雀になっちゃうのよ。片っぽだけ・・・。」
グレンが片袖を引っ張りながら言いました。
「研究所に入れたことに、心から満足しているんだけど、」
「だけど?」
「時々、あのまま中等部に上がって高等部に上がってたらどうしてたかな?って思うことはあった。学園生活もミリアムと一緒できたろうね。」
「そっか。同級生だものね。」
そうだったら。
もうとっくに、グレンを泣かして復讐するという目的も達成できていたのではないでしょうか。
なかなか良い展望です。
「それも良かったかもしれないわね。」
「だろ?」
グレンは笑顔ですが、思ってることは多分違うから!
「あ、忘れてた。ミリアム君、ご両親とご祖父母はいらっしゃることは決定?」
「はい。領地の方も大分落ち着いたので、絶対に行く、断られても行く、とのことです。」
「了解。聴講参加の登録しておくね。他に、ちょっと宣伝したら、ミリアム君関係で僕の方に直接聴講希望持ってこられた方もあるから、登録しといたよ。
それと、ご両親とご祖父母、この家にぜひお泊り下さいっ、てうちの父母が言ってるよ。社交辞令は言わないからね。うちの父母。客室は余裕あるから泊っていくといいよ。」
「ありがとうございます。4人とも、領地も気になるし夜間も移動して帰る、と言っていて心配だったんです。夜間移動は危険ですから。グレアム叔父様とフラン叔母様からのお招きであれば、王都に宿泊してくれると思います。嬉しいです。」
学会の際に久しぶりに父母や祖父母に会うことができるのです。楽しみです。
制服から私服に着替えてから、「ルスカの拠点に関する一考察」の発表の打ち合わせに入りました。
わたくしの発表部分については、もう準備万端です。レポートはわたくしの頭の中にあります。
何度も何度も繰り返し考えたことがレポートになったのですから。
もっぱらグレンがミリアム写本や資料のどの部分をどのタイミングで投射するのかの打ち合わせです。
資料をピックアップして話し合いです。
何があろうとも、ラナックベチュラワームの大写しははずせません。




