ひとつひとつ【5】ルスカ・魔道具学会基調講演①
フィリップ様との婚約解消後、学園生活は穏やかです。
フィリップ様の手前勝手な「自然体」、それを助長するマリエル様、そこにするりと入ってきて、わたくしを貶めるお二人の信奉者。
もうわたくしに関わってくることはありません。
ルスカや魔道具に対するわたくしの思いを押しつぶす要素はもうありません。
平穏な学園を楽しみながら、ちょくちょくグレンのおうちにお邪魔して歓待される生活に慣れ、心はすっかり凪いでいます。
ある日、女子寮の方にダレス先生からご連絡があったのは、ソフィア様と一緒にアマーリエの部屋を訪ねていた時でした。
アマーリエの婚約がととのい、婚約者のネイサン様から婚約のピアスを贈られたというのでお祝いにきていたのです。
この度婚約者となったネイサン様とそのご家族からのアマーリエへの婚約申し込みは、高等部入学前になされていたのですが、申し込みを受けたアマーリエのご家族が、交流しつつしばらく様子を見て決めようと返答しておられました。
両家の顔合わせ後、交流を続けたネイサン様とアマーリエが、お互いに好意を抱くようになったのを両家が喜び、婚約の運びとなったのでした。
「ついに婚約決めたのね。アマーリエおめでとう。」
「ありがとう。」
ピアスのケースが、机の中央に置かれています。
わが国および近隣諸国では婚約相手にピアスを贈る習慣があります。ただ、幼いころは使用することもありませんから、人によりますが、幼いころに婚約がととのっても、高等部頃になってから贈ることが多いのです。
わたくしとフィリップ様の場合、高等部に進むころ、すでにピアスを贈りあう関係ではありませんでした。
女子寮の高等部の寮生が「婚約のピアスもらったの。」とうれしそうにジュエリーケースをお友達に見せているほほえましい光景もめずらしくありません。
「あら、これフローリーね。婚約のピアス限定のジュエリーボックス。波目模様ですぐわかるわ。」
ケリーさんのお店、フローリーでもピアスのデザインに力を入れていて、婚約のピアスをオーダーすると、永遠の幸せを祈る波目模様が側面をぐるっと取り巻いているベルベットのジュエリーボックスに入れてくれます。婚約のピアスのみの特別なジュエリーボックスです。
アマーリエの箱は濃紺のベルベット。ネイサン様は目も髪も濃い紺色です。
「そうなの。以前ミリアムに聞いた話が素敵だったから、ネイサンと一度覗きに行ったの。予算的にもちょうど良かったわ。」
「ケリーさんいらした?」
「いらした。相談に乗ってもらって、フローリーでオーダーすることにしたの。
デザインと宝石を決定するまでに4,5回は通ったかしら。ネイサンと通ってあれこれ検討するのも楽しくて。ピアスを贈られることも嬉しいけれど、一緒に通って選んだことが、忘れることのない思い出になったことが嬉しい。
建国の日にこのピアスを付けてお出かけする約束で、今から楽しみなの。」
「見せていただいて良い?」
「是非見て頂戴!見せびらかしかったの!」
アマーリエは嬉しそうな笑顔でジュエリーボックスを手に取って、右手でボックスのふたをそうっと開けました。
「綺麗な濃い青。トパーズ?サファイア?ではないわね?」
「最近ラネスタ国から入ってきた宝石で、あまり出回っていないんですって。
今回の国交樹立で始まった交易の一環で試験的に入ってきているものだから、価格も様子見価格で比較的安価で手に入るって勧められたの。
色がちょうどネイサンの瞳の色で、ケリーさんに見せていただいた瞬間に、これだ、って二人とも思ったのよ。」
「ハイハイ。あの落ち着いたアマーリエがね~。」
ソフィア様がにやにやしています。
「ベースはシルバーカラーにしたのね。」
「ネイサンは、毎日が幸せで金色だからゴールドでも良いんじゃないって言ってたんだけどね。
何故か、会うのをお約束した日が雨になることが多かったの。普通ならお出かけに雨は嫌なものでしょう?だけど、雨のおかげでたくさんお話しすることができて、お互いのことを知ることができたの。
だから、わたくしたちにとって雨は幸運のしるし。雨を思わせるシルバーのカラーをベースにすることにしたの。」
ソフィア様が手でぱたぱたと顔を仰ぎました。
「あ~。のろけるわねえ。
あなたたち、デート後に女子寮まで送ってもらってくるのはいいけど、寮の前で手を握り合って四半時しゃべってるのはどうなのよ?」
「どうしても離れがたくって・・・。」
普段は大人びた言動のアマーリエが赤くなって、身の置き場がないのかもじもじしています。
ネイサン様との仲の良さが伝わってきて、こちらまで幸せな気分になります。
「おんなじ学園に通ってるじゃないの。すぐ会えるでしょ。甘酸っぱいわねえ。青春って。」
ソフィア様があきれたような顔を作って笑います。
甘酸っぱい・・・。甘酸っぱいラズベリーはチョコレートに良く調和します。ラズベリーチョコレートは紅茶にもコーヒーにもよく合う。などと妄想していると、アマーリエが訊ねました。
「ソフィアの婚約のピアスは?」
「高等部入学の日に渡された。何か巨大な奴。ブルーダイヤだったかな?重すぎてつける気にならない。夜逃げするときには便利かもね。」
フランツ様。まさか、色だけでなくサイズまで瞳と同じにしたとか言いませんよね? ね?
その時、女子寮の先生が、ミリアムさん、こちらにいらしたのね、とダレス先生からの呼び出し連絡を伝えて下さいました。
連絡を受けて、研究室に向かいました。ダレス先生とは、グレンのおうち、ということはダレス先生のおうちでもよくお会いしていて、前より親しくなった気がします。先日もお会いしたばかり。
いったい何でしょう?
急ぎ足で学園の敷地を抜けて、大学へ向かいました。
何度も出入りさせていただいていて、研究室は、最早わたくしのなじみの場所になっています。
「ルスカ・魔道具学会」と書いてある、開封済みの封書を手に、ダレス先生はおっしゃいました。
「今度のルスカ・魔道具学会、僕が基調講演の一環で『新発見ルスカメモに関する報告』をすることになってさ。
今回の学会テーマがちょうど『ルスカと人体補助魔道具』だから、あのメモの報告が基調講演に入ってもおかしくない。」
新しく発見されたルスカメモについては、興味を持たない学会員など存在しません。
ダレス先生の研究はまだまだ纏まっていませんが、ルスカの新発見メモの見分についての報告をして欲しいという要望が、学会運営部に殺到していました。
そこで、学会テーマに沿っていることもあり、学会基調講演の一部としてダレス先生の「新発見ルスカメモに関する報告」が行われることになったのです。
「確かに、内容がまだ詳細にわからなくても、人体部分のスケッチとメモがありましたね。『ルスカと人体補助魔道具』が今回の学会テーマなんでしょうか?」
「うん。正に研究真っ最中で、人体補助魔道具も実験段階に入ったでしょ?だからこのタイミングでこのテーマ。
それでね、ミリアム君に急遽来てもらった理由なんだけど。
ミリアム君、君、僕の報告にもらった時間の中で、『ルスカの拠点に関する一考察』ールスカ拠点ラナック島説、発表しちゃわない?」
「学会でレポート発表を・・・。良いのでしょうか?」
「論文発表とは違う扱いだからね。論文にするにはレポートの内容をもう少し掘り下げて行かなければならないし、学会正会員の身分も必要になる。けれど、僕の報告に付随するレポート発表なら大丈夫だよ。学園祭特別講演が中止になったときに、研究室にルスカ・魔道具学会の理事長が来てたでしょ。憶えてる?理事長がレポートの内容を気に入ってて、後押ししてくれた。」
わたくしのレポートは、論文としてはまだ不足の部分があります。学会誌や学会で論文としての発表 は難しいのです。しかし、ダレス先生も、学会理事長も、わたくしが自分の知識・経験をつなぎ合わせて他の人ではなかなか到達できなかったであろう結論に達して仮説を立てたことを高く評価して下さっていて、ルスカ拠点ラナック島説をわたくしの説として、早いうちに発表の場を設けたいと考えて下さったのでした。
本来、学会会員でもない学生がレポート発表をおこなうことは考えられないことです。
理事長の支持、ダレス先生のごり押しがあって、許されたのです。
この上なく名誉なことです。
ダレス先生は、ミリアム君のおかげで覚えたごり押しだしね。と笑っておられました。
「ただ、後々に良くない例外を残すわけにいかないから、大学所属学生以外の正会員3名の署名が要件にはなった。」
わたくしのレポートが発表の機会を与えられる。
「やりたいです。やらせて下さい。ですが、正会員3名の方のご署名は、どなたにどうやってお願いすれば良いのでしょう?」
「大丈夫。まず僕でしょ。」
ダレス先生が自分を指さして、その指で鼻をとんとんと軽くたたきました。
「それから、学会理事長にご署名いただけることになってる。」
「ありがたいことです。あとおひとりですね。」
「うん。それも大丈夫。グレン経由で、ダスラウ王国の研究所の所長が署名してくれるってさ。ゴドンご夫妻のとこでミリアム写本を見て、レポートの骨子も見て、学会の機会にミリアム君と話がしてみたいって。」
わたくしの仮説が早く発表されることに、研究所としても利益があるそうです。
発表されて研究が進み、ルスカの拠点がラナック島であるとの説がより信頼できるものと判断されれば、予算もついて現地での調査が実施される運びとなります。
そこで、研究の参考になるであろう未発見のルスカのメモが発見されることを、研究所として望んでおられるのです。
グレンありがとう。
先日、会ったときに、にまにましていたのはこれが分かっていたからかしら?
信じられないほど名誉なことでした。
わたくしのレポートが、ルスカ・魔道具学会で発表の場を与えられる。
今度こそ、ミリアム写本を添えての発表です。
「ダレス先生、学会は会員以外の方も聴講可能なのでしょうか?」
「うん。基調講演と一部の講演は一般の方も聴講できるよ。あらかじめ申し込んでおけば大丈夫。」
「詳しい日時と場所をお伺いできますか?」
「招待状に書いてあるよ。渡しておくね。
それから、僕の報告にはエミリ君とイアン君がサポートに入ってくれるけど、ミリアム君のサポートも彼らにお願いする?考えておいてね。」
「はい。ありがとうございます。」
良かった。
急いで連絡しよう。
父母に、祖父母に、ソフィア様にアマーリエに、マダムに、ケリーさんに、ガーランドさん、それから、それから・・・。
嬉しい。
羽が生えたのは、心なのか足なのか。
嬉しくて、嬉しくて、研究室からどうやって寮まで戻ってきたのか記憶にありません。




