ひとつひとつ【4】デアギル家とパークレスター家
パークレスター領の祖父母から手紙が届いたのは、ミリアム写本がわたくしとグレンのもとに返ってきた後でした。
あれから何度かグレンのおうちにお邪魔しています。本当にお邪魔では、と思わないでもなかったのですが、将軍ご夫妻に
「邪魔じゃない。大歓迎。」
と実際に歓待していただいて、遠慮も忘れてしまっています。
今ではご夫妻を、グレアム叔父様、フラン叔母様と呼ばせていただいています。
手紙を開くと、祖母の愛用するバーベナの香りがふわっとわたくしのところまで届きました。
「大切なミリアムへ
デアギル将軍の王都のお屋敷にお邪魔しているのであれば、知っておいてほしいことがあり、急ぎペンをとりました。ダレス先生のお話を以前したかと思うのですが、わたくしたちは長年デアギル将軍ご夫妻と懇意にさせていただいています。このこともお話してるわね?
今日は、懇意にさせていただくことになった経緯を知らせておきたいと思います。
もともと、わたくしと奥様は学園に通っていた時期が重なっていて、面識だけはありました。それが、親しくさせていただくようになったのは、ラネスタ国との戦いの後のことです。
停戦条約が結ばれた後、デアギル将軍も、デアギル将軍に率いられた軍もその功績を称えられ、褒章を受けました。それ以降、ラネスタ国が我が国に刃を向けていないことは知っていますね。
ただ、戦いは、ある方々の間では終わっていませんでした。
家族を戦いで亡くし、残された方々や戦争のために心身を病んでしまった方々です。特に戦場となった国境地帯に暮らす方々に多かった。彼らのうち、少なくない人数が、職を変え、住む場所を変えることを希望しました。育った場所で暮らすことができなくなってしまっていたのです。
その職と住処の手配をなさったのがデアギル将軍ご夫妻です。わたくしたちに連絡をいただいたのも、その関係でした。ちょうどそのころ、わたくしたちの領では織物の集約工業化がはじまり、働き手が必要だったのです。幸い住むところも職場の近くに確保することができました。
デアギル将軍ご夫妻が用意された職と住処は複数の領にわたり、移住を希望する人々の中から、わが領で提供できる職と生活環境を望ましいと判断された方々が、領に移住されてこられました。試用期間もありました。お互いにやっていけるかどうかの期間を持つことをデアギル将軍が希望されたのです。
他の領のことはあまり詳しく聞いておりませんが、デアギル将軍ご夫妻は可能な限り、一人一人の希望が叶うようにと尽力されました。その時に移住してこられた方が中心となって作られたのが、タラナンの街です。街には行ったことがあるでしょう?
それだけでも大変な労力です。しかし、それだけでは終わりませんでした。デアギル将軍ご夫妻は毎年、毎年、移住した彼らの様子を見に来られました。デアギル将軍が、将軍の職を退かれた後もです。世代が変われば、その心遣いも鬱陶しく感じられるものに変わることもあります。それも理解されていて、世代が変わる頃には、遠くから様子を眺め、その地の代官から話を聞くに留められるようになりました。それでも、毎年毎年、様子を確かめに来られるのです。わたくしたちの在所にいらっしゃるので、あなたがお会いしたことはなかったのでしょうね。
きっとわが領だけではなく、移住先となった地をすべて回られているのでしょう。
数年前にデアギル将軍がお体を壊されてからもです。動きにくくなった腕や足をかばいながら時間をかけていらっしゃるのです。
わたくしは、戦術、戦略と言ったことに疎く、デアギル将軍が戦巧者であるかどうかは判断しかねます。しかし、何年たっても、相手に配慮しながら、戦いで傷ついた方々の様子を確かめに来られるデアギル将軍ご夫妻の姿をみると、真の英雄とはこのような方々のことを言うのだ、と強く思うのです。
様子を見に来られる際、デアギル将軍ご夫妻は、わが領のことも気にかけて下さいます。今回の大規模インフラ整備にもデアギル将軍ご夫妻のお知恵を借りているのですよ。
また、あなたがご令孫と親しいことや、あなたの現状を知ってから、お手紙をいただきました。失礼に当たりますから詳しいことは教えることはできませんが、あなたの現状が、ご夫妻が長く見守ってこられた方々と共通するところがあることに心を痛め、今のあなたを暖かく見守って下さっていることには間違いありません。
ミリアム、もしも、あなたがお役に立てることがあるのならば、あなたのお祖父様お祖母様に代わって、グレアム様、フラン様の助けとなって欲しい。勝手ではありますが、わたくしたちの願いです。
常にあなたを誇りに思っています。
ダナント・パークレスター
ルアンナ・パークレスター 」
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タラナンの街は知っています。父母と訪れたことがあります。
顔立ちや言葉のイントネーションが違う住民が多く、移住者の方が中心となったこと、元のお住まいが国境付近だったことは知っていました。
お祖母様は、わたくしの学園祭特別講演が無くなってしまってから、わたくしが気落ちしてしまうのではないかとそれはそれは心配していました。
最後の言葉から、お祖父様お祖母様の思いやりが伝わってきます。
わたくしに笑いかけてくれるグレアム叔父様、フラン叔母様のお姿が浮かびました。
わたくしは、慌ただしくブックシェルフのリーダーを取り出しました。
衝動に突き動かされていました。
先日から再び使い始めたリーダーは、もう手になじんでいます。
グレンの部屋の「ブックシェルフ改8」は、グレンが詰め込んでくれた資料で一杯のはずです。
それでも少しだけ逡巡して、わたくしは、リーダーのスイッチを入れました。本や資料のタイトルが浮かんできます。グレン厳選の本と資料です。
早く早く。
探さなくては。
早く早く。
すでに多くの研究者が動いている。そこでわたくしが役に立てるかどうかわからない。
でもやらずにはいられない。
いったん読み始めると、次から次へと資料を辿って、読むのを止めることができませんでした。
やがて文字を追いすぎて頭痛が始まり、残念に思いながら小休止をとりました。
その時初めて気が付きました。
突き動かされるように読み始めた資料でしたが、読み進めるのが止まりませんでした。
本や資料を辿っていくごとに、確かに、心が躍っていました。
楽しかったのです。間違いなく楽しかった。
わたくしの心にルスカと魔道具が戻ってきました。
そう気が付いたとき、暖かさがゆっくりと全身に広がって行き、幸福感に満たされました。
わたくしは一人、微笑みました。




