ひとつひとつ【1】デアギル家と「ブックシェルフ改8」
フィリップ様との婚約解消後、学園生活は穏やかです。
フィリップ様の手前勝手な「自然体」、それを助長するマリエル様、そこにするりと入ってきて、わたくしを貶めることを楽しむ無責任なお二人の信奉者。
もうわたくしに関わってくることはありません。
本日、大学のカフェテリアでグレンとダレス先生とランチです。学園から足を延ばしました。お昼の時間が少々目減りしますが、たまには良いのです。大学のカフェテリアも美味しいことは実証済みです。
そういえば、聞いておきたいことがありました。
本日のランチ、鮭のパイ包みにナイフを入れます。さくっと音がして、パイ皮がぱりっぱり!
やはりパイ皮はこうでなくてはなりません。
「わたくしの祖母と祖父がダレス先生のご両親と懇意にさせていただいていると聞いておりますが・・・。」
ダレス先生のチョイスは、オムライス。
ぼーっと考え事をしながら食べても事故の危険性が低いとのこと。
フォークとナイフとか、2本以上は面倒くさいし危険だそうです。
「あれ、言ったことなかった?グレンの『じいさま・ばあさま』が僕の両親でね。将軍将軍呼んじゃうんけど、将軍夫妻が僕の父母になるんだよ。」
グレンがフォークを止めました。グレンは海鮮パスタ、メガ盛り。野菜はどこ?影も形もありません。
「本当、言ってなかった?俺の父がじいさまの長男に当たってて、俺はその次男。兄は学園を卒業してて、両親と兄は領地。兄が後継ぎって決まってるから、俺も心置きなく研究所に行けてありがたいと思ってる。」
話の途中ですが気になります。
「グレン、野菜はどこ?」
「ん。パセリ乗ってる。」
その緑の点々ですか?点です。微細ドットです。
「1ミリ平方もないじゃないの。」
「全部合わせれば、1センチ平方くらいはあるんじゃない?」
「足りないことには変わりないでしょ。肌荒れするわよ。」
「それがしないんだよなあ。肌荒れ。」
見たところつるつるですね。
「僕もしないねえ。家系かなあ。」
二人そろってつるつる・・・つるつるの二重奏。憎い。
わたくしの憎悪のまなざしに気づくことなく、ダレス先生がのんきに続けました。
「長男次男が年子ときて、年齢的に少し間が空いて三男の僕ってわけ。」
「ダレス先生、将軍のご子息だったんですね。」
「言われるのやだから黙っててね。隠してはないけど。だって、武術まるでだめだからねえ。手合わせとか言い出した奴が数年前にいてね。理由を言って断ってるのに納得してくれないんだよ・・・。」
眉を下げて顔をしかめています。かなり嫌な記憶だったようです。
「うふふ・・・。」
ここは力なく笑ってしのぎましょう。
「それと、俺が我が国の実験担当になったのは、被験者がじいさまだからなんだよ。」
グレンが何かを思い出したのか、ご機嫌になっています。
わが国には人体補助の魔道具開発を担当する研究所がなく、同様の研究を行っている大学の研究室とも連携をとっています。
「え、デアギル将軍が被験者でいらっしゃるの?そういえば、ダスラウ王国の研究所主導なのに、我が国で実験しても良いの?」
「なぜじいさまが被験者かって?
留学先の学院の方で、ダスラウ王国の歴史も相当やらされたんだけど、あの国も周辺国からの侵攻に脅かされることが多々あったらしい。」
「だから、他国の侵攻に対して、徹底的に勝ち戦をやってのけた将軍が、あの国でも人気があるんだよ。昔っから、将軍のファンだって隣国の方が突然いらっしゃって、握手だサインだと興奮される事件が年に何回かあってね。将軍もげんなりしてるよ。もう嫌だ~、って。」
ダレス先生、オムライスのついたスプーンを振り回されると色々と危険です。
「実験中は、将軍夫妻が王都に滞在することになるから、やっかいかもね。観光スポットになりそう。」
グレンが引き取って続けます。メガパスタどこ行った?
「我が国として、ダスラウ王国と連携を取っていくことが方針として決まっただろ。ダスラウ王国と我が国の協力のもと、両国で人気のある将軍が最新魔道具の被験者になるって流れ。実験自体で怪我する可能性もごくごく低いしね。」
ランチが終わり、研究室へ戻るダレス先生とは手を振ってお別れです。
まだ少し時間があるので、グレンと芝生の広場に行きました。
敷物もないし、今日はベンチです。幸い木陰に一つ、空きがありました。
そよ風があって気持ちが良い。
やはり気になるのは、実験のこと。
「実験うまく行きそうなの?」
「正直、わからない。回路自体は完成しているはずなんだよ。ただ、実は他の被験者での実験がうまく行っていない。今回手の動きに問題を抱えている方のために、手首に装着する魔道具を開発したのだけど、起動しないんだよ・・・。」
「その状態で、我が国で実験を始めて大丈夫なの?」
「うん。それなんだよ。あまりよくはない。だけど研究所も背水の陣に近くて。研究期間が長かったろ?ダスラウ王国の王族からの支持は厚いんだけど、議会の方がね。早く結果を出さないと納得してもらえない。予算が下りなくなる。研究所も藁にもすがる思いで、じいさまの精神力と基礎体力に期待してる。魔道具機動の良いファクターになる可能性が高いから。」
グレンは我が国で将軍を被験者とした実験を進め、同時に研究所でも、急ピッチで実験が進められるそうです。
「ねえ、ミリアム。」
「何?グレン。」
「ミリアムのブックシェルフなんだけどさ。」
「『ブックシェルフ改8』がどうかしたの?」
ブックシェルフは、慰謝料の一環として、もともとラデル子爵家のものだった2分の一の所有権をわたくしにいただき、わたくしの単独所有になっています。
フィリップ様の共同使用設定は解除しました。
そして、今のところ、保管庫にそのまま設置してあります。
「ミリアム今、ブックシェルフ使ってないよね。」
「写本を奪われて、嫌になってしまって。ブックシェルフから教科書も引き上げて寮においてあるの。本ごと持ち歩くのも慣れたわ。」
「だったらさ、ミリアムのブックシェルフ、うちに置いといても良いかな。」
「グレンの家?王都の?」
「うん。ミリアムとの共有設定にしちゃダメかな。俺のブックシェルフはダスラウ王国にあるから。使用料は払うよ。・・・ミリアム、今は保管庫に入るのも嫌なんじゃないか?」
「そこまでではないわ。保管庫には入れる。でも、ブックシェルフどうするの?」
「実験と研究に使う俺の資料と本を入れておきたい。共同使用設定にすれば、ミリアムも見たくなったら見れるだろう?」
「そうね。」
ルスカや魔道具への思いが蘇るのかどうか、いつになるかはまだ分からないけれど・・・。
話し合いの結果、「ブックシェルフ改8」はグレンの王都のおうちに行くことになりました。
「ブックシェルフも設置するし、近いうちに必ず遊びに来て。」
「何?何かあるの?」
「ん。ま、遊びにおいでよ。」
「それは良いけど。」
数日後に、王都のグレンのおうちにお邪魔することが決まりました。




