婚約解消の後先【1】 フィリップ様①
わたくしのお誕生日のしばらく後、婚約解消に向けて、両家が話し合うことが決定いたしました。領地でのインフラ整備事業の合間を縫って、王都に来て下さるとのことです。間に合わないことが危惧されていた治水工事が、間に合う方向で目途が立ったのだそうです。本当に良かった。
ラデル家のおばさまおじさまも、わたくしを疑うことなく、お伝えした事実を信じて下さいました。ダレス先生や女子寮担当の先生など、状況をご存じの先生方に一筆書いていただいたことも良かったのでしょう。ただ、フィリップ様本人への確認は欠くことができません。そのために両家が王都に集まり、話し合いを行うのです。この頃には、わたくしのレポート作成にフィリップ様は関わっておらず、レポートはわたくしの単独名義であるとの正式な判断も下されていました。
グレンは、いよいよ始まる我が国での実験のために、長期帰国することになりました。学園に登校する必要はないのですが、ダレス先生の研究室や大学図書館、ときには学園図書館に用があるとのことで、ちょくちょく学園に来ては、わたくしと待ち合わせをしてお昼を一緒にしていたりします。ミリアム写本が奪われたことや学園祭特別講演が中止になってしまったことを知っているようで、時折、気がかりな表情で見つめられていることがありました。ルスカについてはあまり語りません。
それでも、グレンの語る留学中の話はとても楽しくて、心の和みタイムです。
「ミリアム、牛って実は可愛いの知ってる?」
本日は牛の話のようです。何故?
「牛?あまり面識はないのだけれど。」
「褐色なんだけど、目と鼻のまわりだけクリーム色で、人懐っこいんだよ。そいつらの部屋の掃除してると、また来たの~って寄ってきてくれて、ホント可愛い。春になると放牧に行けるから、道を作ってやってね・・・。」
まだまだ話は続くようです。グレンは愛牛家でもあったようです。ん?牛のお部屋の掃除?研究所では牛も飼っているのでしょうか。ルスカのスケッチに牛はいたでしょうか?はて?
婚約解消の話し合いの前頃、ダスラウ王国の現親善試合担当者であり、前回親善試合のダスラウ王国代表であった、キャサリン・ゴドン&ケンドール・ゴドン ペアと学園代表候補ペア2組がエキシビションマッチを行うことになりました。
妙に急な話でした。
学園から対戦するのは伯爵家のおいとこ同士のペア、アンネマリー様、カイル様のペア、それからもちろん、フィリップ様、マリエル様のペア2組です。
ゴドンご夫妻は現在は行政官としての仕事をなさっておられますが、前回の親善試合ではダスラウ王国代表選手としてご活躍なさった方々です。
親善試合の後、ご結婚されて、お二人で次回の親善試合のお仕事をなさっているのです。
引退されたといっても、つい先日まで現役の選手であり、今も後続の選手のコーチとしてコートに立つこともあるペアです。まだまだお強いのだろう、ともっぱらの評判でした。
何故我が国のペアと試合をしてくださるのか、何故他のペアではなく学園のペアが対戦相手なのか不思議な思いもありました。
ゴドンご夫妻はマリエル様のお父様と面識があるとのこと、そのご縁かも知れません。
正直あまり興味は無く、関わり合いにもなりたくなかったのですが、ゴドンご夫妻は、ダスラウ王国でグレンがちょとお世話になった方々、とのこと、当日は観戦に行くことになりました。
フィリップ様、マリエル様を取り巻く人々は、
「フィリップ様、マリエル様のご評判が隣国まで届いているのね。」
と、華やかさをいや増してゆくと思われる2人の物語に夢中でした。
実は、フランツ様もテニスをたしなまれます。ソフィア様もお上手らしいのですが、学園代表などはまったく目指していらっしゃいません。ソフィア様ですから。
「あれは凄い。サーブが見えなかった。光速だった。」
フランツ様が、前日に練習風景を見学に行かれた感想です。
当日の観客席は満席で、立ち見の方が出るほどでした。公式な告示など出していないのですが、フィリップ様、マリエル様の人気もあって、口伝えの情報だけでこれだけの人が集まったのです。
「フィリップ様たちが勝ってしまったら、まずいんじゃない。」
「ダスラウ王国の面目を潰してしまうわよね。」
観客席にはフィリップ様、マリエル様の信奉者が多いようです。2人の華やかな物語の続きを夢想してにぎやかに、楽しそうです。
いよいよ試合という時間になり、観客席の興奮が高まります。
アンネマリー様、カイル様が先に対戦します。
ゴドン様ペアが非常にリラックスしているのとは対照的に、アンネマリー様たちの顔がこわばっています。
そして、試合が始まりました。
やはり国を代表する方はお強い。アンネマリー様、カイル様も学園ではフィリップ様たちに次いでの強豪とみなされています。しかし、大人と子供の様です。実際に大人と子供なのです。
アンネマリー様たちも懸命に戦っているのは、球技にあまり詳しくないわたくしにもわかります。アンネマリー様もカイル様も、あまり面識がない方々ですが、その懸命な姿に、声援を送りたくなりました。
お二人とも必死にボールを追うのですが、点を取ることができません。
試合は3セットマッチ。1セットも取ることはできず、終わりました。ゲーム中に獲得できたのはわずか3ポイント。アンネマリー様たちは悔しそうでいて、どこかほっとした様子で試合終了の声を聞いていらっしゃいました。
ゲームセット後、両ペアはネット越しに穏やかに会話を交わし、笑い声も聞こえてきました。
アドバイスでもいただいているのか、アンネマリー様もカイル様も笑顔でうなずいています。
次は休憩時間を挟んでフィリップ様、マリエル様のペアです。
観客席では、さきほどのような楽観的な発言はもうありません。
しかし、
「いくらお強いといってもフィリップ様たちなら、良い試合になるのではない?」
「1セットは取れるでしょう。アンネマリー様たちよりも強いのだから。」
アンネマリー様たちよりもお強い、だからさきほどよりも一方的な試合にはならないだろう、それが大方の見通しの様でした。




