レポート ルスカの拠点についての一考察【3】奪われた名誉
先生方の中には、フィリップ様との共同名義での発表が望ましいかのような発言をされる方もありました。フィリップ様贔屓で、フィリップ様の唖然とするような態度にもかかわらず、フィリップ様が学園の代表に選ばれることを強く望んでおられるのでしょう。
学園祭特別講演を許されるということは、学園として公式に高い評価を与えていることの現れです。フィリップ様の総合評価を上げることにつながることは間違いありません。
華やかなフィリップ様、マリエル様が代表となることを望んでいるのは、彼らのファンだけでなく、一部先生方も同じでした。選ばれた人々は、対外的に、いわば学園の顔となるのです。華やかな物語の主人公のようなフィリップ様とマリエル様が代表となって、学園を舞台に更に素晴らしい物語が続いていくことを望んでおられたのでしょう。
ダニエルズの、マダムがわたくしのために整えてくれるいつもの席で、通りを見ながら考えます。
確かに、わたくしが共同名義での発表を認めるならば、フィリップ様の主張に矛盾が無くなる。
異論を持つ者がいなくなれば、発表は可能なのかもしれません。
深夜目を覚まして考えます。
ここのところ、とぎれとぎれの眠りも浅くて、眠れないままに特別講演のこと、これまでのことを考えることも多いのです。
わたくしは納得できません。納得いたしません。
ラナックベチュラワームを知ったのはグレンに復讐するため。
ブラッドライトを知ったのは、ラナック島の歴史を知ったのは、ソフィア様とフローリーに行って、ケリーさんたちに教えてもらったから。
画用木炭についての証明は、ガーランドさんに資料をいただいて、実証もお手伝いしていただいたから。
ルスカの彩色スケッチにいち早く接することができたのは、ダレル先生が後押ししてくれたから。
それがかなったのはソフィア様やアマーリエ、フランツ様が助けてくれたから。
それだけではありません。たくさんの人々や物事との出会いが、レポートにつながっているのです。
みんなみんなわたくしの大切な物語です。
わたくしの大切な物語から生まれた私のレポートを、土足で踏み込んできたフィリップ様に奪わせることは絶対に認められません。フィリップ様の価値を上げるために利用させることはさせません。
わたくしのレポートはわたくしのもの。
たとえ、学園祭での発表という名誉を失ったとしても、それだけは絶対にできません。
わたくしの心は決まりました。
ただ、わたくしが、名誉ある機会を与えられて喜んでくれた、講演を楽しみにしていてくれた人々に何といえば良いのでしょう。
それが最も苦しいことでした。
父に母に、祖父母に、ダレス先生、ソフィア様、アマーリエ、ケリーさん、マダムとオーナー、ガーランドさん・・・。
フィリップ様の発言については、公式の真偽判断が未決であることもあって、外部に出すことを戒められています。
わたくしは、原因を説明することなく、学園祭特別講演の中止を連絡しなくてはなりません。
皆様お忙しいのに予定を開けて下さったのです。
早く連絡しなければならないことは分かっています。でも、手が動いてくれません。
申し訳なくて仕方がありません。
謝罪の言葉を添えた講演中止のご連絡を、1通1通仕上げて行きます。
すべて書き上げて机の上に積んでから、机の上に頭をのせました。
机の冷たさをありがたく思いました。
わたくしの決断と講演の中止をお伝えするために、ダレス先生の研究室にも伺いました。
足が進まず、遠くなどない研究室にたどり着けない気がしました。
正直なところ、もうすべてがつらかったのです。
ダレス先生のところにはお客様がいらっしゃいました。
「ルスカ・魔道具学会の理事長先生だよ。」
ご挨拶はできたと思います。
「レポートは高等部の生徒が書いたと考えると、とても面白いし、良い視点だった。」
「ひどい話だね。研究者の間でも稀に同様の話を聞くのだけれど、苦しむのは濡れ衣を着せられた方だからね・・・。」
いたわりの言葉をかけていただきました。
わたくしは他人事のようにぼんやりと伺っているばかりでした。
学園祭特別講演が中止となったことで、名誉を得る機会が無くなったというだけではなく、中止となったのはわたくしに何らかの問題があったためではないかという憶測が蔓延するようになりました。
フィリップ様の信奉者によれば、わたくしが偏屈で偏狭な感謝を知らない人間であることが中止の理由だそうでした。
ダニエルズの小さなテーブルに肘をついて、学園の外には広い世界があるのだと、何度も何度も、自分に言い聞かせました。
◆◆◆
父母、おじさまおばさまにお伝えできるよう、経緯を手紙にまとめます。
フィリップ様への手紙の続きに加えます。
フィリップ様、あなたはわたくしに与えられるはずだった名誉まで奪ったのです。
きっと、わたくしが何をお伝えしようとしたところで、伝えることはできないのでしょう。
フィリップ様は今、おじさまおばさまから、テニスを禁じられ、仮に代表選手の打診があったとしても辞退すると告げられておいでだと聞きました。
それはわたくしにどうにかできることではありません。
フィリップ様はテニスへの情熱は失っておられないのでしょう?
昨日まで自分の人生を彩っていたものが、ある日なくなってしまう恐怖、その上に名誉を奪われる屈辱はお分かりにならないでしょう。




