レポート ルスカの拠点についての一考察【2】生じた疑義
学園祭が近づいてきたころ、学園祭でわたくしの特別講演を担当してくださっている先生からご連絡がありました。
会場設営のお話だろうか?と思いつつ職員室に伺うと、職員室脇の半個室を手で示されました。先生の顔がこわばっています。
怪訝に思いながら、生徒の座る側の席について、先生が向かいにお座りになるのを待ちました。
先生は疲れたようにどさり、と席に着くと、困ったことになった、とおっしゃいました。
フィリップ様が、わたくしのレポートを、フィリップ様との共同制作だと主張されたということでした。学園祭での発表は共同名義で行うべきである、と。
ありえません。
咄嗟に反応できませんでした。
フィリップ様がわたくしのレポートのどこに関与しているというのでしょう。
かけらもありません。
ミリアム写本を奪い、足を引っ張った事実しかありません。
先生も半ば呆然としながら、おそらく、と話してくだいました。先生はダレス先生とも親しく、わたくしがレポートを完成させた経緯をご存じです。
親善試合の学園代表に関して、フィリップ様マリエル様を追い上げてきている、伯爵家のおいとこ同士のアンネマリー様、カイル様のペアがここにきて急速に伸びているのです。そして、学園代表選出手段として、テニスの実力が拮抗していた場合、学園での成績を考慮に入れることが定められています。
マリエル様は、努力の末、常に総合成績10位くらいにつけておられます。問題はフィリップ様です。
フィリップ様も落第を危惧されるほどの成績ではありませんが、平均位の成績でした。スポーツに打ち込みながらのこと、それも立派な成績なのですが、不足でした。
代表選手の選出に際して考慮されるほどのレベルではありません。
学園祭は生徒たちにとっても大きな行事です。わたくしのレポートが学園祭で発表の場を与えられることは皆が知っており、当然フィリップ様も知っていました。それが、レポートが高く評価されている証であることも。
マリエル様同様、付加的に考慮される対象となり得る、優秀な成績を必要とするフィリップ様が、レポートの共同制作を主張されたのではないか、ということでした。
そして、執筆者の疑義がある状態では学園祭で特別講演を行うことはできないのです、と続けて、先生は唇をかんでいらっしゃいました。
先生も楽しみにしてくださっていたのです。
次の日に、フィリップ様とわたくしと先生方数名で会合が開かれました。フィリップ様の主張を検証するためでした。
検証も何もフィリップ様は何一つレポートには関りはありません。ダレス先生も出席して下さっています。フィリップ様の不関与を証明することは簡単です。しかし、フィリップ様です。
何を言い出されるのか全く分からず、不愉快で不安な気持ちをかかえて会合に出席いたしました。
フィリップ様に先生が問いかけました。
「ミリアム嬢のレポートを共同作成したという主張ですが、本当ですか?」
フィリップ様は落ち着いて答えました。
「本当です。」
「では、レポートを書くにあたって、どのような役割をされたのですか?」
「僕は彼女の婚約者です。」
「はい。それは知っています。ですが今は、レポートに関する役割を聞いています。」
「ですから、婚約者ですので、レポートが共同名義になるのは当然なのです。僕名義であってもおかしくないのです。」
「理解ができません。婚約者のレポートが自動的にフィリップ君のレポートにはなりません。学園ではそのような制度は取っておりません。」
「マリエルに聞いたのです。マリエルは婚約者のアレックス様のために、資料を集めたり分析したりしていますが、それはアレックス様の名義となって、アレックス様が仕事に利用しています。ですから、彼女のレポートも、僕の名義で発表されても良いのです。」
これには、皆さま唖然とするばかりでした。フィリップ様を擁護する先生方も含めて、です。フィリップ様の主張から、最低限、資料の収集くらいは手伝ったのではないかと思い込んでいらした様です。その最低限すら存在せず、存在すらしないのに、フィリップ様は極めて自然体で堂々となさっているのです。わたくし自身を含め、唖然とするほかありません。
「マリエル嬢はあらかじめ、アレックス君と話し合って仕事を分担して、そのように計らっているのでしょう。レポートとは状況が違います。」
「それはおかしいと思います。レポートは僕のものであるはずです。」
「学園ではそれは通りません。ミリアム嬢が単独で作成したレポートならばミリアム嬢のレポートで、作成に貢献がないのであればフィリップ君のレポートとはなりません。」
これまでの経験で、わたくしには分かっています。
先生方が言葉を尽くしたところでフィリップ様が相手では、話にならないでしょう。
しばらくフィリップ様と先生方で押し問答になりましたが、らちが明かないため、わたくしは帰ってよいことになりました。
翌日、担当の先生に伺ったところ、フィリップ様は昨日の主張を変えず、そのままだというのです。
学園としては、フィリップ様のレポートへの貢献をみとめることは現状ありえないとのことですが、フィリップ様が主張を取り下げるか、学園内で正式に組織された調査チームによる判定を受けるまでは疑義がある状態が持続するというのです。
疑義がある状態では、学園祭での特別講演はできないのです。
到底間に合いません。
あんなにも楽しみにしてくれていた人々がいるというのに。
レポートは、わたくしにとって、ルスカと魔道具に向けていた思いの一つの総括であるのに。
これまで支えてくれた方々に感謝を伝える大きなチャンスであるのに。
このころには、とっくにフィリップ様との未来はないものと考えておりました。
早く婚約を解消しておけばよかった、そうすれば婚約者の立場を主張されてしまうことは無かった、そうは思うものの、タイミングが悪かったのです。
領地で一部河川の工事が遅れ、雨の増水の季節に間に合わないのではないかという問題が発生していました。間に合うのか、間に合わないのか、間に合わせるための手立てはないのか、間に合わない場合の次善の策は何か、遠く離れていても、父母が精神的、肉体的に疲弊していくのが理解できる状態で、わたくしの婚約解消の意思はまだ伝えておりませんでした。
また、学園としても、フィリップ様の主張が正しいとは考えていないが、フィリップ様の主張については、学園内の関係者の間のみに留めておいてほしいとのことでした。
学園祭は、小等部の生徒たちも中等部の生徒たちも高等部の生徒たちも楽しみにしており、その準備にはすべての学園生が参加しています。何らかの発表に選ばれた生徒やその家族にとっては名誉ある場です。卒業された方々にとっても誇ることのできる行事です。
公式に判断が下されていない段階で、話を広げてはならないという道理もあるのですが、誇るべき学園祭に関してトラブルが発生したという印象を与えたくないのでしょう。フィリップ様を守ろうとする方々の意思も働いているのかもしれません。
フィリップ様の主張について内輪に留めるということは、わたくしが反論する機会も奪われるということです。
内輪に留めるといっても、フィリップ様の信奉者の一部はフィリップ様の主張を知っています。彼らはもともとフィリップ様びいきである上、フィリップ様がおっしゃる以上、先生方と同じく、せめて資料の収集等の協力の実態はあっただろうと思い込んでいました。
そして、それならば、共同制作と言えなくもないだろうと考えたのです。
彼らは、フィリップ様の代表選出実現のため、婚約者であるわたくしが、共同名義での発表を自ら申し出るべき、ぐらいに思っていたのです。
「なんでフィリップ様との共同名義にしないんだ?」
「フィリップ様が選ばれるのは間違いないだろうけれど、成績要件があれば安心だよなー。」
「フィリップ様の名前書くだけだろ?簡単なことじゃないか。」
「嫌がらせなんじゃないの?」
「嫌がらせ?」
「ほら、マリエル様とフィリップ様が仲が良いから・・・。」
「嫉妬か。お二人の友情を邪推するなんて、醜いな。」
「アレックス様はわかっておられるのにね。みっともないわねえ。」
この時、わたくしがフィリップ様とマリエル様の仲の良さに嫉妬して、嫌がらせのためにフィリップ様との共同名義を認めないかのような話が出来上がってしまいました。
マリエル様の婚約者のアレックス様の方は、フィリップ様、マリエル様の間に恋慕の情がないことをよくご理解されているために、嫉妬などされない。
お二人の間にはさわやかな友情があるのみで恋慕の情などないのに、嫉妬するわたくしが偏屈で偏狭で愚かな人間なのだと。
フィリップ様が恋慕の情の有無を、責任の有無の基準の様に思いこまれたのはこの時だったのでしょうか。




