「ブックシェルフ 改8」【15】ルスカの彩色スケッチ~ミリアム写本・ミリアムレポート
レポートの最後の言葉を書いて、わたくしはペンを置きました。
虚脱感が心地よく、心からの満足を感じました。
カーテンの隙間から薄い光がさしていて、もう朝になろうとしています。
一晩中レポートを書き続けていたようです。でもわたくしは眠くありませんでした。
午後に、と言っていただいていましたが、写本とレポートを早くダレス先生のところに持っていこう、
そのことしか考えられませんでした。
夢中なようでいて、学園の欠席届を寮の事務室のかごに入れておくのを忘れなかったのは、我ながら秀逸です。
はじめてのおさぼりでした。
写本を厚紙のファイルに挟んで保護して、袋に入れました。レポートも別のファイルに挟み、レポートを作るときに使った資料も数点、一緒に別の袋に入れました。
朝早かったのですが、もう自分が止められませんでした。
先生もエミリ様、イアン様もいらっしゃらないでしょう。その時は研究室の前で待てばよいのです。
2つの袋を大切に抱えて学園の敷地を横切って、研究室に急ぎました。
昼間はもう暖かい季節ですが、朝の空気はまだ冷たさを含んでいて、すがすがしさを感じました。
いつもは寮の部屋から聞く早起き鳥の声が、近くから聞こえます。
袋を大切に抱えなおして、研究室の前に立ちました。
念のためノックしました。
なんと返答がありました。
ドアは開いていて、ダレス先生もイアン様もエミリ様もいらっしゃったのです。
仮眠は取ったとのことですが、ほぼ徹夜で作業されておられたそうです。
研究棟には、男女別の仮眠室とシャワールームがあるそうです。そういえば、雑に拭いたのか、ダレス先生の髪は半分くらい濡れています。
「朝からどうしたの?」
「学園は?」
「何かあった?」
意外そうな顔で、口々に訊かれました。
黙って抱えていた袋を共同のテーブルの上に置いて、中に入れておいたファイルを一つ取り出しました。テーブルの上は綺麗ですので、このまま出せるでしょう。
「写本ができましたので、確認をお願いしたいのです。」
ルスカのメモ1枚につき、写本1枚。合計3枚。1枚づつテーブルに載せました。
3人に見分していただきます。昨日とられたご自分のメモを持ってきて照合して下さっています。
「大丈夫じゃない?」
「記憶ともメモとも矛盾はないようよ。」
「色もこの色じゃないかな。」
順番に1枚1枚写本に目を通していただきました。
「がんばったね。ミリアム写本は完成だね。」
イアン様がおっしゃいました。
「うん。ミリアム写本だね。」
ダレス先生は笑顔です。
「ここの文字やっぱりRかLか悩む。写本で元の形が分かってありがたいわ。」
エミリ様はマイペースです。写本を熱心にご覧になっています。嬉しいです。
「ありがとうね。」
ダレス先生です。
皆さま、ミリアム写本と呼んでくださるようです。嬉しいです。
「しかし、昨日も思ったけど、この赤は何というか独特の赤だよね。」
イアン様がつぶやきました。
「それは、宝石の粉末からできた色なんです。」
そうなんです。お応えします。
「宝石の粉末?」
ダレス先生が顔を上げました。
そしてわたくしは、机の上のもう一つの袋からファイルを出しました。
「昨日気が付いたことがあって、レポートにまとめてみたんです。こちらも見ていただけますか?」
まずダレン先生から。レポートをお渡しします。先生はレポートを受け取って、表題を見て驚いたように目を見開きました。真剣な表情で読み進み、時折前のページをめくって何かを確認されています。
途中、
「それは、資料?」
と同じ袋に入れていた資料を指さされました。
「資料です。」
とお答えすると、
「貸してくれる?」
と手に取られて、参照しながらレポートを読んでいます。
読み終わると、何か思案顔で、ばらばらになったレポートをきれいに重ねなおし、とんとんとテーブルの上で整えて、黙ってエミリ様にレポートを手渡しました。
「ブラッドライト?」
エミリ様はつぶやきながらレポートを読んでいます。時折前のページに戻りながら読み終わると、こちらも黙ってイアン様にレポートを手渡します。
待ち構えていたイアン様は手に取ったレポートを目の前に持って行きました。
「ルスカの拠点に関する一考察。拠点の場所の仮説につながったの!?どこ?!」
「面白いねえ。」
ダレル先生がうなずきます。
「面白い。実に面白い。」
わたくしのところまでやってこられて、頭をなでて下さいました。
「まだ検証は必要だけど。素晴らしいよ。ちゃんと証拠が結びついている。
これは早いうちに発表しよう。ミリアム君が自分の知識と経験を組み合わせて自分なりの答えを導き出したことが、僕は素晴らしいと思う。発表してしまおう。発表することでその先にもつながる。」
ダレス先生は頬に手を当てて思案されています。
「高等部だからなあ。学会誌はまだ無理かなあ。論文と言うにはまだ色々と必要なんだよねえ。でも早く発表してしまいたいよなあ。どこが一番いいだろう。学園の方だと・・・。」
「ラナック島って今は無人島だよね?寒い地方だったかしらね。」
エミリ様は夢見るように両手を握り合わせています。
「ラナック島かあ。そうかも知れないね。どおりで見つからないわけだよね。」
イアン様は地図を探されているようです。
「ラナック島って定期船ないよね?じゃ、船頼むってこと?どこに頼めばいいの?」
すぐにラナック島に行って残されたルスカのメモを探したい、と騒ぐお二人を現実に戻してから、先生がわたくしに近づいて来られました。
何事?と思っていると、小さな小さな声で で、ミリアム君。君ちょっとさ・・・臭くない? とおっしゃいました。
昨日の朝から、ルスカのメモの見分に参加し、戻ってから街に走って資料の調達と実験。街でも走って移動。走って学園に帰ってブラッドライトの粉末から絵具の作成、写本の彩色、レポート作成、研究室。着替えることなく、制服のまま今に至るのです。わたくし、昨日かなり走りました。そしてお風呂は、お風呂は・・・。言えません。
シャワールームをお借りして、タオルと石鹸と着替えをエミリ様からお借りしました。
シャワーを浴びている間に営業を開始した大学のカフェテリアから、朝食サンドイッチとアイスカフェラテをイアン様が買ってきてくださって、朝食をいただいきました。
イアン様は気の利く方で、カフェテリアに行く前に、サーモン&チーズとベーコン&エッグとどっちがいい?と聞いていただきました。
昨日の夕食も今朝の朝食も食べずに走り回っていたのです。これまで興奮のあまり気づきませんでしたが、お腹は減っていたようです。サンドイッチ美味しかったです。大学のカフェテリアも高レベルです。
食べ終わるころには眠くて眠くて動くことすら億劫になり、研究棟の仮眠室で夕方まで眠ってしまいました。
夕方になって女子寮にこっそり帰ろうと思っていたところ、裏口のところで女子寮の先生に取っつかまりました。
ダレス先生が先回り連絡して下さっていたようです。女子寮の先生は、
「ダレス研究室の研究作業に参加していた、ということで、準公務による欠席に切り替えておきましょう。」
と、ため息とともにお許しいただけました。
ダレス先生に一つ貸しね、とつぶやいていらしたのが少し怖いです。
それから1月ほどたってから、ミリアム写本はわたくしの手元に戻ってきました。もともと研究のために作った写本です。この間、研究室に置いてありました。それが、ありがとう、とても役に立ったよ、必要な時はまた貸してね。という言葉とともに返ってきたのです。
この1か月の間に、ダレス先生のチームが新発見のルスカのメモの調査に入ったことが新聞でも報道されました。その記事の中で、研究用の簡易版写本が作られ、それがいったん役割を終えたことにも触れられていました。わたくしの名は出ておりません。ただ、学園内でわたくしがダレス先生の研究室にお邪魔していることは隠しておらず、わたくしが写本を作ったことも、なんとはなしに、学園内に広まっていました。
わたくしは、寮の部屋にミリアム写本を置いておくことすら不安で、「ブックシェルフ改8」の教科書スペースを少し開けて、ミリアム写本をそこに保管することにしました。「ブックシェルフ改8」の中なら安心です。
そう思っていました。
いつかグレンに渡すのです。写本を見てグレンは何と言うでしょう?




