「ブックシェルフ 改8」【14】ルスカの彩色スケッチ~ミリアムレポート
写本の彩色を終えた時、もう夜遅くだったのでしょう。
寮は静まり返っていました。いつもなら、夜であっても、部屋を出入りする扉の音、低いおしゃべりの声、水の流れる音などが聞こえているのです。
カーテン越しに寮の外の街灯の明かりがぼんやり差し込んできていました。
しかし、わたくしにはそれはどうでもよかったのです。
やらなければならないことだけが心にあって、やらなければならない。
早く早く。
極度の興奮状態でした。疲れも何も感じません。
今日発見したことが、一つ一つ組み合わさって、わたくしの中で一つの仮説が完成していたのです。
早く早く。
書き記さないといけません。他のことなど出来ません。
わたくしは、、机の脇に持ってきた小テーブルに集めてきた資料やわたくしの作ったメモをどさりと置き、机に向かいました。レポートを書き始めたのです。
ルスカの拠点はどこだったのか・・・それが分かった気がしたのです。
◇◇◇
【1】ブラッドライト
今回発見されたルスカのスケッチの彩色は、その光を吸収するかのような特徴からブラッドライトの粉末でなされていると考えられる。その当時ブラッドライトが産出したのはラナック島のみであり、島外への移動は粉末に至るまで厳しく管理されていたため、ラナック島で彩色された可能性が高い。
補足:宝飾品として完成し島外に出たブラッドライトは非常に希少かつ高価であったため、これを粉末状に砕き彩色に利用した可能性は低いと考えられる。
◇◇◇
ブラッドライトの粉末とラナック島の規制については、フローリーの総支配人ケリーさんに助けていただきました。
研究室の前で馬車を降りてわたくしは、まず、街へ、フローリーへ走りました。
重い入り口のドアを、体当たりのように体重をかけて開けると、中へ飛び込みました。
「ケリーさん!ブラッドライトの粉末はまだありますか?!」
早口で事情を悦明します。
唖然としていたケリーさんも、説明の途中で状況を理解して下さったようでした。
奥から脚立を持ってきて、戸棚の端から小さな箱を出して急いで脚立を降ります。
あの古い箱ではありません。
「あのぼろぼろの箱の中を仕分けして、傷の入ったブラッドライトと破片はこちらに入れておいたのよ。」
欠けているブラッドライトとは別に、破片と粉末は新しい紙に包まれて、袋に入っていました。
「もう袋ごと渡す。不要なものはあとで返してね。」
「お代は後日相談ね。」
ケリーさんは片目をつむってみせました。
◇◇◇
【2】ラナックベチュラワーム
同紙(彩色ルスカメモ)に残された、特徴的なハート形の上部に類似する咬み跡、咬み跡付近に残る青い色から、メモに使われた紙はラナックベチュラワームの食害を受けたと考えられる。
ラナックベチュラワーム以外に、同様の咬み跡および色を残す虫は報告されていない。
咬み跡を避けるようにルスカのメモが書かれていることから、食害の後にルスカがメモを書いたと推定される。
ラナックベチュラワームはラナック島でのみ生息が確認されている。
すなわち、メモはラナック島で作成された可能性が高い。
ブラッドライト鉱のために物資の搬入が限られていた時期であったとすれば、咬み跡のある紙を使う選択をせざるを得なかったと考えることも自然である。
補足 他の紙の選択を排除する状況は限られるため、メモが食害にあった後で島外に出、その紙にルスカがメモを記した可能性は低いと考えられる。
◇◇◇
グレンに復讐するために調べたことが、ここで役に立ったのです。
復讐には役に立ちませんでしたが。
ありがとう昆虫図鑑。無駄に詳しいなんて思ってごめんなさい。
◇◇◇
【3】画用木炭
観察者4名により、高い筆圧でメモ、スケッチが作成されたことが確認された。
一般に画用木炭の強度は低く、高い筆圧に耐える画用木炭は少ない。
更なる検証は必要であるが、ラナック島に生育するベチュラが、その数少ない画用木炭の素材の一つである。画用木炭はラナック島でも生産されていたことが確認されている。
【1】【2】を補強する事実として【3】を付加する。
◇◇◇
フローリーを出たわたくしはメリダ百貨店に走りました。
閉店間際で、人もまばらな百貨店に走り込み、驚くクラークさんを無視してガーランドさんを探します。
「ガーランドさん!何種類かの画用木炭の特徴を比較した表はありますか!?」
ガーランドさんには、何かの購入を迷っているとき、複数の商品の比較表を見せていただくことが多いのです。こちらも早口で事情を説明します。
ガーランドさんは
「こちらへ」
とバックヤードに案内して下さいました。
大きな事務机の前で待つことしばし。
画用木炭の特徴比較表と、メリダ百貨店に在庫のあるすべての種類の画用木炭を集めて走ってこられました。
走るガーランドさん。貴重です。
ルスカのメモに使用された紙に類似する紙は持参していました。
筆圧をかけて画用木炭で「メリダ百貨店」と書いてみます。
ルスカのメモの紙にできていたくぼみとおなじくらいのくぼみができる筆圧はかなりのものです。
筆圧をかけていくと、折れることなく残ったのはベチュラの画用木炭だけでした。
気が付くと、ガーランドさんは残業して下さっていました。
◇◇◇
【1】【2】【3】より、ルスカのメモがラナック島で作成された可能性が高いと考えられる。
【4】ラナック島の入島制限
ブラッドライト産出当時、厳しい入島制限がなされており、鉱山あるいは加工場関係者、島民以外の入島は極めて困難であった。ルスカが鉱山あるいは加工場で労働に従事していたと考えるよりも、当時島民
としての資格を有していたと考える方が自然である。
◇◇◇
メリダ百貨店でガーランドさんと画用木炭の実験しているところに、ケリーさんが走ってこられました。
息がはあはあいっています。
「まだこちらにいてくれて良かったわ。これも使えるんじゃない?」
ラナック島の歴史を面白く思った御夫君が、あの古い箱を入手したあと、資料を探されたそうなのです。
それを貸して下さるそうです。
次はメリダ百貨店に行くんです!と何気なく言っておいてよかった。
「お代は・・・。」
はい、わかってます!ありがとうございます!
◇◇◇
【1】【2】【3】【4】より
メモはラナック島において、ラナック島民の資格を有したルスカによって作成されたと推察され、ルスカの拠点はラナック島であった可能性があると考えることができる。
◇◇◇
ラナック島!ラナック島!ラナック島!
ラナック島は現在公式に無人島であり、多数の研究者の探索にも関わらず、いまだにルスカの拠点が発見されていないこともこれで説明がつきます。
拠点には、未発見のルスカのメモが眠っているかもしれません。
わたくしは飲むことも食べることも時間も忘れて書き続けました。
わたくしは幸せだったのです。




