「ブックシェルフ 改8」【12】ルスカの彩色スケッチ~卒業試験②
グレンは卒業資格を得るために一時帰国していました。
留学後、グレンは目論見通り学院高等部に飛び級入学し、入学後優秀な成績をおさめたことにより、研究所での研究に参加することを許されたのです。学院高等部からはグレン以外にも2名が研究所所属の肩書を与えられているそうです。
卒業試験の結果は、わたくしが3位、グレンが5位。順位はわずか2位差、いくらグレンが飛び級で高等部にいるとしても、教科書も違う授業内容も違う、そんな中での順位です。わたくしはソフィア様のサポートもついていました実質グレンが勝ったようなものだと思いました。
しかし権利は絶対に譲りません。
そもそもわたくしが勝ったのです!
いつか誓った・・・泣かすことはできたでしょうか?
グレンは大きくなっていました。大きくなった「窓辺の少年」です。
でも、わたくしにとっては紙に描かれたスケッチではなく、生き生きと笑うぶすくれ少年です。
「気持ちが良い天気だし、外行こう。」
グレンは、研究室で時々ランチピクニックに使うという敷物を、部屋の隅から取ってきて
「さ、行こう。」
わたくしの方を向いて笑いました。
大学構内の芝生の広場は、学生のなごみスペースになっていて、敷物をしいて話をしたり、本を読んだり、寝ている人すらいます。高等部に比べずいぶんとフリーダムが蔓延しています。
研究棟のすぐそばのこの広場に向かいながら、聞きました。
「グレン、泣いた?」
「え?なんで?泣かないよ。」
グレンは泣いていません。それどころかずっと笑っています。
今回泣かすことはできなかったようです。まあいいでしょう。
空が透き通るような水色でどこまでも高く見えました。
風は穏やかです。
敷物を引いて座ります。
積もる話はもちろん発見されたルスカのメモから。
「ミリアムの作った写本を必ず見せて。できれば俺にくれる?叔父さんの研究が纏まってからでいいから。」
真剣な表情のグレンに願われて、わたくしは承知しました。
本当は、グレンも実物が見たいに違いないのです。
「そういえば、グレン写本なんてできたの?」
「うん。今では一通りできる。研究所の報告書に必須でね。最初のころは悲惨だった。」
グレンは、話ができる範囲は限定的なんだけど、と前置きしてから、話せる範囲で現在携わっている研究について話してくれました。ルスカのメモにあった回路を参考に開発が進められていること。開発は進んでいるが、最後の仕上げ部分が難航していること。
グレンはもちろんまだ10代です。補助的立場で研究に携わる立場です。しかし、軽んじられることはなく、疑問に思う点を尋ねると、事細かな説明が・・・止まらなくなるそうです。研究者の方々はそれぞれ自分の専門分野にこだわりがあるのです。
「楽しいしとても勉強になる。」そうです。
研究所には灰色の猫もすんでいて、グレンのよき友。この猫との交流で色々と考えさせられることがあったとのこと。人生の大事なことはみんな猫に教わった、的な何かでしょうか?人はそれぞれです。
「ルスカのメモがまだまだあるはず。全部見られたらなあ。研究のヒントになるだろうに。拠点はどこだったんだろう・・・。」
学園内じゃないか?という都市伝説で話がはずみました。
卒業試験、上位5名の記念メダルとご褒美。わたくしもグレンもメダルとご褒美の対象です。
このご褒美をグレンから譲ってもらいました。学園のカフェテリアのクーポン券は、仮に我が国に戻ってきたとしても学園にはおそらく通わないため、使用する機会がないとのことです。
それではせっかくのクーポンが可哀そうです。クーポン救済のためわたくしが尽力いたしましょう。
楽しい!楽しい!
実は会うのが2回目だと思うと驚いてしまいます。グレンというのは本当に楽しい。
意見が合わないことが楽しい。議論が楽しい。
この時ばかりは、ここのところ常に澱のようにたまって、心を重くしているフィリップ様とのことを忘れていました。
程よく暖かく、心がほどかれるような安堵感に試験の疲れもありました。わたくしはうつら、うつらと、座ったままグレンにもたれて少しまどろんだようでした。
夢と現実の間で、グレンが手のひらをそっとあてて、わたくしの髪を何度も優しくなでたような気がしました。
「ほんとに、マレアの3・・・。」
カメムシに頭髪はありません。幻聴でしょう。してみると、そのつぶやきの後で、グレンが優しく低く笑ったのも夢なのでしょう。
まどろんだのはわずかな時間のようでした。グレンにつんつんつつかれました。
明日にはダスラウ王国に戻るグレンはもう、王都の家に帰らなくてはなりません。
ご家族との時間も限られています。
研究室に戻る間の時間も惜しくて、ずっと話をしていました。
戻る間に生じた疑問を解消しようと、2人でダレル先生の机の上をひっくり返して本を漁り、あとで先生を困惑顔にしてしまいました。場所が移動して、何がどこにあるかわからなくなるそうです。
グレンは一旦ダスラウ王国に戻りますが、近いうちに実証実験のために我が国に戻ってくる可能性が高いそうです。
研究室を後にするときグレンは、
「ミリアム写本、研究室の役割終えたら絶対にくれよ。へたくそでも良いからな!出来悪くても隠すなよ!」
手を振って、走っていきました。
なんと失礼な。
そのうち 絶 対 に 泣 か す 。
再度心に誓いました。
わたくしはダレス先生にこぼしました。
「グレン、泣かそうと思ったのに泣きませんでした。笑ってました。少々不本意です。」
「何で泣かすのさ・・・?グレン笑ってた?
ミリアム君がマリエル嬢に成績で勝ったからかなあ。マリエル嬢のお父上が、将軍にあこがれていて、以前グレンをマリエル嬢の婚約者に望んでいたからね。グレンが嫡男ではなく、確定した財産もないから軽い打診だけで終わったけど。研究所やらなんやらで、グレン自身の価値が上がってしまって状況が変わるとやっかいだからね。ま、アレックス・ゴードン君とマリエル嬢は相性がよさそうだから、マリエル嬢は婚約者の変更なんて拒否するだろうし大丈夫かな。念のためってとこ?」
グレンはマリエル様とは婚約したくないということでしょうか?マリエル様の客観的価値を下げておけってことでしょうか?
「イアン君がさっき、『ミリアム様とグレン様芝生のところで見かけたけど仲良いんですね、。』って言ってたよ。芝生のとこだと人目につくし、ミリアム君とグレンが仲良いことも学園に広まりそうだねえ。」
わたくしは知りませんでしたが、この時マリエル様は7位。ちょうど、グレンとわたくしが入ったために下がったともいえる順位です。マリエル様はメダルを狙っておられたそうです。
マリエル様は愚かな方ではありません。
しかし、順位発表でわたくしやグレンの順位を知った、マリエル様を囲む人の中には、「いやがらせでは」と訳の分からないことを言う方もあったそうです。いやがらせにしては壮大すぎます。
試験後にマリエル様とすれ違ったとき、別人を見るような、何か観察するような視線を投げかけられました。これまでは、フィリップ様の婚約者だとご存じでしたからでしょう、何気ない軽いご挨拶をするばかりでした。




