3「思い出の場所」
僕は実家に帰省した。
両親の顔は昔と変わらない。やはりナミのことについて訊かれた。僕は両親に「もう大丈夫」と立ち直れたことを、自分にも言い聞かせるように伝えた。
「本当はまだ立ち直れてないんだけどな・・・」
僕は家を出て開口一番、そう呟いた。見慣れた住宅街の景色。懐かしさと悲しさの入り混じる感情に胸を突き刺される。
ナミと育ったこの町の美しさが、僕の心に重くのしかかって来る。
胸が窮屈だ。僕は両手をぎゅっと握りながら、とある場所へと向かう。
住宅街を外れた。もうそろそろ、そのお目当ての場所へと辿り着く。高台、背の高い柵が見えた。
階段を上り、敷地内へと足を踏み入れる。
ここは『待凪公園』だ。
昔見た時よりもさらに寂れた気がする。屋根付きベンチ、パンダとウサギの薄汚れたスプリング遊具。あるものは昔から今まで変わっていない。人の手入れもきちんとされているようで、背の低い雑草以外景観を乱すようなものは生えていない。
僕はゆっくりと屋根付きベンチの方へ向かう。ベンチに腰を下ろす。木の独特の硬さ。その硬さの中に感じる温かみ。僕はふと隣を見やった。
いつも隣にはナミがいたというのに。
僕はまた気が鬱がる。
一度、瞬きをする。もしや来るのではないかと、心なしか僕は期待していた。
期待通り、僕の隣にはナミが座っていた。
ナミはどこか遠くの方を見つめている。そんなの決まっている。海だ。彼女は海を見ているのだ。
僕もまた海を眺める。
しばらくして、ふと、僕は空を見上げた。飛行機が通った跡に、一筋の飛行機雲が誕生している。僕はあの日、ナミと部活をサボった時の光景を鮮明に思い出した。
「ナミ」
僕は隣に座るナミへ声をかけた。白いワンピースだけでなく今度は麦わら帽子を被っている。あの日、海へ行った時の服装と同じだった。
ナミがゆっくりとこちらを向く。目が合うと同時に、ナミは笑顔の花を咲かせた。
「礼二・・・!」
「そうだ。僕は礼二だよ」
「礼二・・・!!」
ナミは、はしゃぐ子供のように何度も僕の名前を呼ぶ。僕はそんな彼女を見つめながら、
「海に行こう」
と、提案した。
いつ彼女が消えてもおかしくない。早めに、行動を起こしておきたかった。
なぜかナミは消えなかった。目を離せど、ずっと側にいる。そのままバス停まで共に歩いて、乗車した。
交通系のカードでタッチをして乗り込む。ナミはもちろん何もしなくても乗ることができた。
後ろの方の席に座る。特に僕が窓際、ナミが通路側に座った。
バスが発進する。僕はバスの揺れにゆらゆらと身を委ねて、窓の外の景色を眺めていた。そんな僕のことをナミもまたじっと眺めている。
目的地へと降りる。この道はやはりどことなく寂しい。ぽつんと、バス停だけが佇んだ道に、カーブしている広い道路。そんな道路を横断して、海岸に繋がる階段を降りる。もちろん、僕はナミの手を引いた。
ナミの手は相変わらず氷のように冷たかった。ただ、それでも僕は彼女の手をしっかりと握る。もうこの手を離したくない。そう思うほどに。
砂浜に降りる。やはり、僕の靴の中に砂が入ってきた。
景色は昔と変わらない。視界の左には岩肌を露出した崖が、右には遠くの方に防波堤が見える。
地平線まで続く青海原。耳心地の良い波のさざめき、ぱりっとした潮風、幽かに香る磯のにおい。
僕はナミと手を繋いだまま、海を眺めていた。手がかじかんできたが、僕は必死に堪える。
「礼二・・・」
不意にナミが僕の名を呼んだ。耳を擽るような鈴の声だった。
「ゆび、わ」
「大丈夫。指輪のことは忘れてないから」
僕は海を眺めながら返事をする。ふと、ナミとの写真を撮ろうと思い、ポケットに入るスマホへと手を伸ばした。スマホを取り出し、カメラアプリを起動する。
レンズ越しにナミを探す。どうやら彼女はカメラに映らないようだった。
僕は諦めてスマホをポケットに仕舞う。
写真には残さなくとも、記憶にさえ残すことができれば、それでいい気がした。




