↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽花  作者: 花厳 幽花
PR
3/5

2「ゆび、わ」

 亡くなったはずのナミが彼女の実家に現れてから、おおよそかなりの時間が経過した。

 僕はただ呆然と生きていて、これから何をすればいいのか、何をして生きていたいのか分からなくなった。今年こそはフリーターを卒業して、就職活動をしなければならない。そうだというのに、体はもう動かない。


 ある日の深夜、僕はコンビニへ寄った。缶ビールを一つ手に取り、レジまで持っていく。眼鏡をかけた無愛想な男性店員がバーコードスキャナーで缶ビールのバーコードを読み取る。ぴっという乾いた高音がレジ辺りに響く。代金を支払って淡々と会計を済ませ、僕はコンビニの外へ逃げるように出た。


 大学を卒業してから僕は一人暮らしをしている。一方、ナミは大学を卒業しても実家暮らしだった。


 家へ帰る。帰宅すると同時に玄関の照明を点け、靴を脱ぎ捨てた。洗面所で手を洗ってからリビングの方へ。


 古いアパート。ワンルーム。一応風呂とトイレは付いているが狭い。一人暮らしの家なんてこんなものだろうと思い込んで、僕は部屋の中央にあるテーブルへ缶ビールを置いた。


 焦げ茶色のカーペット、茶渋のような色をしたテーブル、部屋の隅には白いベッド、何かを収納するには心許ない小さな押入れ。


 溜め息が出る。今日はなぜか憂鬱に感じる。ナミの死からはすでにかなりの時間が経っていることから、もう完全に立ち直れたのだろうと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。


 未だに頭の中から、ナミのあの笑顔の花が離れてくれない。同時に、あの日彼女の実家へ弔問しに行った時に見た、亡くなったはずの彼女が座っていた姿もまた忘れられなかった。


 白いワンピース。笑顔の花。


 彼女を思い出していると、乾いたはずの目に熱が集まった。視界がぼやける。僕はその熱を抑え込むように、缶ビールを開け、一気に飲み干した。

 かこん、と缶ビールを叩きつけるようにテーブルへ置く。


 一度、瞬きをする。その瞬間だった。


 目の前に、ナミが現れた。互いに向かい合うように座って、互いに見つめ合って。


「礼二」


 ナミの声だ。間違いない、本物だ。幻ではない。本当に、彼女は生きているのだ。

 そう錯覚してしまう。


「ナミ・・・」


 僕は彼女目がけて手を伸ばす。すると彼女もまた手を伸ばして、瞬間、僕と彼女の手が触れ合った。

 ナミの手は生前のように温かくはなかった。氷のように冷たくて、僕は思わず肩を跳ねさせる。慌てたものだからついつい手を離してしまった。


 僕はそれを後悔する。いつの間にかナミの姿は消えてしまっていたのだから。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 一体どうして、僕は亡くなったはずのナミを見るのだろう。彼女は果たして幻覚なのか、それとも幽霊のような摩訶不思議な存在なのか。

 一つだけ分かるのは、彼女は悪さをしないということだった。


 僕は考える。ナミは何か僕に伝えたいことがあるのではないだろうか、と。だからこそ、何度も僕の前に現れては気を引くように名前を呼んでいる。


 次に彼女が姿を現したら、尋ねてみよう。本当にナミなのか、どうして僕の前に現れるのか。

 僕は今か今かと彼女が現れる瞬間を待った。


 しばらくの月日が経って、ついにその時はやって来た。

 僕がベッドに入り、寝ようとした瞬間だ。不意に冷たい風のようなものが吹いたかと思えば、部屋の中央に、ナミが現れた。

 ナミは何も動かずに立ち尽くしている。目線はベッドで寝転ぶ僕の方へ向いていた。


 僕は飛び起きるように体を起こすと、あらかじめ考えていた台詞を言う。


「ナミなの?」


 ナミは何も反応を示さない。


「礼二」


 ナミがまた僕の名を呼ぶ。


「ゆび、わ」


 不意にナミがそう言葉にした。急いで僕は口を開く。


「指輪?」


『指輪』以外に考えられない。おそらく結婚指輪のことだろうが、しかし僕の記憶には結婚指輪などない。もしかすればナミは生前、密かに指輪を買っていたのだろうか。


「礼二・・・」


 すると、ナミがまたあの笑顔の花を咲かせた。

 彼女のそんな笑顔を見て、僕はベッドから降りる。また、一度瞬きをする。ナミの姿は消えてしまった。


 僕は一つ決意をした。

 ナミの言う指輪を見つけてみせると。


 もう一度、ベッドへ戻る。横になってスマホを手に、ふと連絡先を探る。アルバイトの関係者、何人かの友人・・・。下へ下へ、スクロールしていく。


「あった」


 それ以上下にはスクロールできない。そんな位置に、僕の両親の連絡先があった。

 僕は父へ電話をかける。深夜手前の時間帯だが、まだ起きているだろうか。


 しばらくコール音が鳴った後、唐突に父が応答した。


『もしもし。どうした』

「父さん、ちょっといい?」

『ああ』

「今度、そっちに行っていい?」


 僕は慎重に尋ねる。


『大丈夫だ。いつでも帰ってこい』

「ありがとう、父さん」


 通話はそこで終了する。


 僕はスマホの画面を閉じ、枕元へ添えた。そして天井を仰ぎ見る。


 うざったいほど純白だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。